私わたし は 、 その 男おとこ の 写真しゃしん を 三さん 葉よう 、 見み た こと が ある 。
一葉いちよう は 、 その 男おとこ の 、 幼年ようねん 時代じだい 、 と で も 言ういう べき で あろ う か 、 十じゅう 歳さい 前後ぜんご か と 推定すいてい さ れる 頃ころ の 写真しゃしん で あっ て 、 その 子供こども が 大勢たいせい の 女おんな の ひと に 取りとり かこま れ 、 ( それ は 、 その 子供こども の 姉たちあねたち 、 妹いもうと たち 、 それから 、 従姉妹いとこ 《 いとこ 》 たち か と 想像そうぞう さ れる ) 庭園ていえん の 池いけ の ほとり に 、 荒いあらい 縞しま の 袴はかま 《 はかま 》 を はい て 立ちたち 、 首くび を 三さん 十じゅう 度ど ほど 左ひだり に 傾けかたむけ 、 醜くみにくく 笑っわらっ て いる 写真しゃしん で ある 。 醜くみにくく ? けれども 、 鈍いにぶい 人ひと たち ( つまり 、 美醜びしゅう など に 関心かんしん を 持たもた ぬ 人ひと たち ) は 、 面白くおもしろく も 何ともなんとも 無いない よう な 顔かお を し て 、
「 可愛いかわいい 坊ちゃんぼっちゃん です ね 」
と いい加減いいかげん なお 世辞せじ を 言っいっ て も 、 まんざら 空そら 《 から 》 お 世辞せじ に 聞えきこえ ない くらい の 、 謂いい 《 い 》 わ ば 通俗つうぞく の 「 可愛らしかわいらし さ 」 みたい な 影かげ も その 子供こども の 笑顔えがお に 無いない わけ で は ない の だ が 、 しかし 、 いささか で も 、 美醜びしゅう に 就いつい て の 訓練くんれん を 経へ て 来き た ひと なら 、 ひと め 見み て すぐ 、
「 なんて 、 いや な 子供こども だ 」
と 頗 《 すこ ぶ 》 る 不快ふかい そう に 呟 《 つぶ や 》 き 、 毛虫けむし でも 払いのけるはらいのける 時とき の よう な 手つきてつき で 、 その 写真しゃしん を ほうり 投げるなげる かも 知れしれ ない 。
まったく 、 その 子供こども の 笑顔えがお は 、 よく 見れみれ ば 見るみる ほど 、 何ともなんとも 知れしれ ず 、 イヤいや な 薄気味悪いうすきみわるい もの が 感ぜかんぜ られ て 来るくる 。 どだい 、 それ は 、 笑顔えがお で ない 。 この 子こ は 、 少しすこし も 笑っわらっ て は い ない の だ 。 その 証拠しょうこ に は 、 この 子こ は 、 両方りょうほう の こぶし を 固くかたく 握っにぎっ て 立ったっ て いる 。 人間にんげん は 、 こぶし を 固くかたく 握りにぎり ながら 笑えるわらえる もの で は 無いない の で ある 。 猿さる だ 。 猿さる の 笑顔えがお だ 。 ただ 、 顔かお に 醜いみにくい 皺しわ 《 しわ 》 を 寄せよせ て いる だけ な の で ある 。 「 皺くちゃしわくちゃ 坊ちゃんぼっちゃん 」 と でも 言いいい たく なる くらい の 、 まことに 奇妙きみょう な 、 そうして 、 どこ か けがらわしく 、 へん に ひと を ムカムカ さ せる 表情ひょうじょう の 写真しゃしん で あっ た 。 私わたし は これ まで 、 こんな 不思議ふしぎ な 表情ひょうじょう の 子供こども を 見み た 事こと が 、 いちど も 無かっなかっ た 。
第だい 二に 葉よう の 写真しゃしん の 顔かお は 、 これ は また 、 びっくり する くらい ひどく 変貌へんぼう 《 へんぼう 》 し て い た 。 学生がくせい の 姿すがた で ある 。 高等こうとう 学校がっこう 時代じだい の 写真しゃしん か 、 大学だいがく 時代じだい の 写真しゃしん か 、 はっきり し ない けれども 、 とにかく 、 おそろしく 美貌びぼう の 学生がくせい で ある 。 しかし 、 これ も また 、 不思議ふしぎ に も 、 生きいき て いる 人間にんげん の 感じかんじ は し なかっ た 。 学生がくせい 服ふく を 着き て 、 胸むね の ポケットぽけっと から 白いしろい ハンケチはんけち を 覗 《 の ぞ 》 かせ 、 籐椅子とういす 《 とう いす 》 に 腰かけこしかけ て 足あし を 組みくみ 、 そうして 、 やはり 、 笑っわらっ て いる 。 こんど の 笑顔えがお は 、 皺くちゃしわくちゃ の 猿さる の 笑いわらい で なく 、 かなり 巧みたくみ な 微笑びしょう に なっ て は いる が 、 しかし 、 人間にんげん の 笑いわらい と 、 どこ やら 違うちがう 。 血ち の 重おも さ 、 と でも 言おいお う か 、 生命せいめい 《 いのち 》 の 渋しぶ さ 、 と でも 言おいお う か 、 その よう な 充実じゅうじつ 感かん は 少しすこし も 無くなく 、 それ こそ 、 鳥とり の よう で は なく 、 羽毛うもう の よう に 軽くかるく 、 ただ 白紙はくし 一いち 枚まい 、 そうして 、 笑っわらっ て いる 。 つまり 、 一いち から 十じゅう まで 造りつくり 物ぶつ の 感じかんじ な の で ある 。 キザ と 言っいっ て も 足りたり ない 。 軽薄けいはく と 言っいっ て も 足りたり ない 。 ニヤケ と 言っいっ て も 足りたり ない 。 おしゃれ と 言っいっ て も 、 もちろん 足りたり ない 。 しかも 、 よく 見み て いる と 、 やはり この 美貌びぼう の 学生がくせい に も 、 どこ か 怪談かいだん じみ た 気味悪いきみわるい もの が 感ぜかんぜ られ て 来るくる の で ある 。 私わたし は これ まで 、 こんな 不思議ふしぎ な 美貌びぼう の 青年せいねん を 見み た 事こと が 、 いちど も 無かっなかっ た 。
もう 一いち 葉よう の 写真しゃしん は 、 最ももっとも 奇怪きかい な もの で ある 。 まるで もう 、 としの 頃ごろ が わから ない 。 頭あたま は いくぶん 白髪はくはつ の よう で ある 。 それ が 、 ひどく 汚いきたない 部屋へや ( 部屋へや の 壁かべ が 三さん 箇所かしょ ほど 崩れ落ちくずれおち て いる の が 、 その 写真しゃしん に ハッキリはっきり 写っうつっ て いる ) の 片隅かたすみ で 、 小さいちいさい 火鉢ひばち に 両手りょうて を かざし 、 こんど は 笑っわらっ て い ない 。 どんな 表情ひょうじょう も 無いない 。 謂わいわ ば 、 坐っすわっ て 火鉢ひばち に 両手りょうて を かざし ながら 、 自然しぜん に 死んしん で いる よう な 、 まことに いまわしい 、 不吉ふきつ な におい の する 写真しゃしん で あっ た 。 奇怪きかい な の は 、 それ だけ で ない 。 その 写真しゃしん に は 、 わりに 顔かお が 大きくおおきく 写っうつっ て い た ので 、 私わたし は 、 つくづく その 顔かお の 構造こうぞう を 調べるしらべる 事こと が 出来でき た の で ある が 、 額がく は 平凡へいぼん 、 額がく の 皺しわ も 平凡へいぼん 、 眉まゆ も 平凡へいぼん 、 眼め も 平凡へいぼん 、 鼻はな も 口くち も 顎あご 《 あご 》 も 、 ああ 、 この 顔かお に は 表情ひょうじょう が 無いない ばかり か 、 印象いんしょう さえ 無いない 。 特徴とくちょう が 無いない の だ 。 たとえば 、 私わたし が この 写真しゃしん を 見み て 、 眼め を つぶる 。 既にすでに 私わたし は この 顔かお を 忘れわすれ て いる 。 部屋へや の 壁かべ や 、 小さいちいさい 火鉢ひばち は 思い出すおもいだす 事こと が 出来るできる けれども 、 その 部屋へや の 主人公しゅじんこう の 顔かお の 印象いんしょう は 、 すっと 霧きり 消しけし て 、 どうしても 、 何なに と し て も 思い出せおもいだせ ない 。 画が に なら ない 顔かお で ある 。 漫画まんが に も 何なに も なら ない 顔かお で ある 。 眼め を ひらく 。 あ 、 こんな 顔かお だっ た の か 、 思い出しおもいだし た 、 という よう な よろこび さえ 無いない 。 極端きょくたん な 言い方いいかた を すれ ば 、 眼め を ひらい て その 写真しゃしん を 再びふたたび 見み て も 、 思い出せおもいだせ ない 。 そうして 、 ただ もう 不愉快ふゆかい 、 イライラいらいら し て 、 つい 眼め を そむけ たく なる 。
所ところ 謂いい 《 いわゆる 》 「 死相しそう 」 という もの に だって 、 もっと 何なに か 表情ひょうじょう なり 印象いんしょう なり が ある もの だろ う に 、 人間にんげん の からだ に 駄馬だば の 首くび で も くっつけ た なら 、 こんな 感じかんじ の もの に なる で あろ う か 、 とにかく 、 どこ という 事こと なく 、 見るみる 者もの を し て 、 ぞっと さ せ 、 いや な 気持きもち に さ せる の だ 。 私わたし は これ まで 、 こんな 不思議ふしぎ な 男おとこ の 顔かお を 見み た 事こと が 、 やはり 、 いちど も 無かっなかっ た 。
✦ Peek恥はじ の 多いおおい 生涯しょうがい を 送っおくっ て 来き まし た 。
自分じぶん に は 、 人間にんげん の 生活せいかつ という もの が 、 見当けんとう つか ない の です 。 自分じぶん は 東北とうほく の 田舎いなか に 生れうまれ まし た ので 、 汽車きしゃ を はじめて 見み た の は 、 よほど 大きくおおきく なっ て から でし た 。 自分じぶん は 停車場ていしゃじょう の ブリッジぶりっじ を 、 上っのぼっ て 、 降りおり て 、 そうして それ が 線路せんろ を またぎ 越えるこえる ため に 造らつくら れ た もの だ という 事こと に は 全然ぜんぜん 気づかきづか ず 、 ただ それ は 停車場ていしゃじょう の 構内こうない を 外国がいこく の 遊戯ゆうぎ 場じょう みたい に 、 複雑ふくざつ に 楽しくたのしく 、 ハイカラはいから に する ため に のみ 、 設備せつび せら れ て ある もの だ と ばかり 思っおもっ て い まし た 。 しかも 、 かなり 永いながい 間ま そう 思っおもっ て い た の です 。 ブリッジぶりっじ の 上っのぼっ たり 降りおり たり は 、 自分じぶん に は むしろ 、 ずいぶん 垢あか 抜 《 あか ぬ 》 け の し た 遊戯ゆうぎ で 、 それ は 鉄道てつどう の サーヴィス の 中なか でも 、 最ももっとも 気き の きい た サーヴィス の 一つひとつ だ と 思っおもっ て い た の です が 、 のち に それ は ただ 旅客りょかく が 線路せんろ を またぎ 越えるこえる ため の 頗るすこぶる 実利じつり 的てき な 階段かいだん に 過ぎすぎ ない の を 発見はっけん し て 、 にわかに 興きょう が 覚めさめ まし た 。
また 、 自分じぶん は 子供こども の 頃ころ 、 絵本えほん で 地下鉄ちかてつ 道どう という もの を 見み て 、 これ も やはり 、 実利じつり 的てき な 必要ひつよう から 案出あんしゅつ せら れ た もの で は なく 、 地上ちじょう の 車くるま に 乗るのる より は 、 地下ちか の 車くるま に 乗っのっ た ほう が 風かぜ がわり で 面白いおもしろい 遊びあそび だ から 、 と ばかり 思っおもっ て い まし た 。
自分じぶん は 子供こども の 頃ころ から 病弱びょうじゃく で 、 よく 寝込みねこみ まし た が 、 寝ね ながら 、 敷布しきふ 、 枕まくら の カヴァ 、 掛蒲団かけぶとん の カヴァ を 、 つくづく 、 つまらない 装飾そうしょく だ と 思いおもい 、 それ が 案外あんがい に 実じつ 用品ようひん だっ た 事こと を 、 二に 十じゅう 歳さい ちかく に なっ て わかっ て 、 人間にんげん の つまし さ に 暗然あんぜん と し 、 悲しいかなしい 思いおもい を し まし た 。
また 、 自分じぶん は 、 空腹くうふく という 事こと を 知りしり ませ ん でし た 。 いや 、 それ は 、 自分じぶん が 衣食住いしょくじゅう に 困らこまら ない 家いえ に 育っそだっ た という 意味いみ で は なく 、 そんな 馬鹿ばか な 意味いみ で は なく 、 自分じぶん に は 「 空腹くうふく 」 という 感覚かんかく は どんな もの だ か 、 さっぱり わから なかっ た の です 。 へん な 言いいい かた です が 、 おなか が 空いあい て い て も 、 自分じぶん で それ に 気がつかきがつか ない の です 。 小学校しょうがっこう 、 中学校ちゅうがっこう 、 自分じぶん が 学校がっこう から 帰っかえっ て 来るくる と 、 周囲しゅうい の 人ひと たち が 、 それ 、 おなか が 空いあい たろ う 、 自分じぶん たち に も 覚えおぼえ が ある 、 学校がっこう から 帰っかえっ て 来き た 時とき の 空腹くうふく は 全くまったく ひどい から な 、 甘納豆あまなっとう は どう ? カステラかすてら も 、 パンぱん も ある よ 、 など と 言っいっ て 騒ぎさわぎ ます ので 、 自分じぶん は 持ち前もちまえ の おべっか 精神せいしん を 発揮はっき し て 、 おなか が 空いあい た 、 と 呟いつぶやい て 、 甘納豆あまなっとう を 十じゅう 粒つぶ ばかり 口くち に ほうり込むほうりこむ の です が 、 空腹くうふく 感かん と は 、 どんな もの だ か 、 ちっとも わかっ て い やし なかっ た の です 。
自分じぶん だって 、 それ は 勿論もちろん 《 もちろん 》 、 大いにおおいに もの を 食べたべ ます が 、 しかし 、 空腹くうふく 感かん から 、 もの を 食べたべ た 記憶きおく は 、 ほとんど あり ませ ん 。 めずらしい と 思わおもわ れ た もの を 食べたべ ます 。 豪華ごうか と 思わおもわ れ た もの を 食べたべ ます 。 また 、 よそ へ 行っいっ て 出さださ れ た もの も 、 無理むり を し て まで 、 たいてい 食べたべ ます 。 そうして 、 子供こども の 頃ころ の 自分じぶん にとって 、 最ももっとも 苦痛くつう な 時刻じこく は 、 実にじつに 、 自分じぶん の 家いえ の 食事しょくじ の 時間じかん でし た 。
自分じぶん の 田舎いなか の 家いえ で は 、 十じゅう 人にん くらい の 家族かぞく 全部ぜんぶ 、 めいめい の お 膳ぜん 《 ぜん 》 を 二に 列れつ に 向い合せむかいあわせ に 並べならべ て 、 末っ子すえっこ の 自分じぶん は 、 もちろん 一いち ばん 下か の 座ざ でし た が 、 その 食事しょくじ の 部屋へや は 薄暗くうすぐらく 、 昼ひる ごはん の 時とき など 、 十じゅう 幾いく 人にん の 家族かぞく が 、 ただ 黙々もくもく として めし を 食っくっ て いる 有様ありさま に は 、 自分じぶん は いつも 肌寒いはださむい 思いおもい を し まし た 。 それに 田舎いなか の 昔むかし | 気質きしつ 《 かたぎ 》 の 家いえ でし た ので 、 おかず も 、 たいてい きまっ て い て 、 めずらしい もの 、 豪華ごうか な もの 、 そんな もの は 望むのぞむ べく も なかっ た ので 、 いよいよ 自分じぶん は 食事しょくじ の 時刻じこく を 恐怖きょうふ し まし た 。 自分じぶん は その 薄暗いうすぐらい 部屋へや の 末席まっせき に 、 寒さむ さ に がたがた 震えるふるえる 思いおもい で 口くち に ごはん を 少量しょうりょう ずつ 運びはこび 、 押し込みおしこみ 、 人間にんげん は 、 どうして 一いち 日にち に 三度々々さんどさんど ごはん を 食べるたべる の だろ う 、 実にじつに みな 厳粛げんしゅく な 顔かお を し て 食べたべ て いる 、 これ も 一種いっしゅ の 儀式ぎしき の よう な もの で 、 家族かぞく が 日ひ に 三度々々さんどさんど 、 時刻じこく を きめ て 薄暗いうすぐらい 一いち 部屋へや に 集りたかり 、 お 膳ぜん を 順序じゅんじょ 正しくただしく 並べならべ 、 食べたべ たく なく て も 無言むごん で ごはん を 噛 《 か 》 み ながら 、 うつむき 、 家中いえじゅう に うごめい て いる 霊れい たち に 祈るいのる ため の もの かも 知れしれ ない 、 と さえ 考えかんがえ た 事こと が ある くらい でし た 。
めし を 食べたべ なけれ ば 死ぬしぬ 、 という 言葉ことば は 、 自分じぶん の 耳みみ に は 、 ただ イヤいや な おどかし と しか 聞えきこえ ませ ん でし た 。 その 迷信めいしん は 、 ( いま でも 自分じぶん に は 、 何だかなんだか 迷信めいしん の よう に 思わおもわ れ て なら ない の です が ) しかし 、 いつも 自分じぶん に 不安ふあん と 恐怖きょうふ を 与えあたえ まし た 。 人間にんげん は 、 めし を 食べたべ なけれ ば 死ぬしぬ から 、 その ため に 働いはたらい て 、 めし を 食べたべ なけれ ば なら ぬ 、 という 言葉ことば ほど 自分じぶん にとって 難解なんかい で 晦渋かいじゅう 《 かいじゅう 》 で 、 そうして 脅迫きょうはく めい た 響きひびき を 感じかんじ させる 言葉ことば は 、 無かっなかっ た の です 。
つまり 自分じぶん に は 、 人間にんげん の 営みいとなみ という もの が 未み 《 いま 》 だに 何なに も わかっ て い ない 、 という 事こと に なり そう です 。 自分じぶん の 幸福こうふく の 観念かんねん と 、 世よ の すべて の 人ひと たち の 幸福こうふく の 観念かんねん と が 、 まるで 食いくい ちがっ て いる よう な 不安ふあん 、 自分じぶん は その 不安ふあん の ため に 夜々よよ 、 転うたて 輾 《 てんてん 》 し 、 呻吟しんぎん 《 しんぎん 》 し 、 発狂はっきょう しかけ た 事こと さえ あり ます 。 自分じぶん は 、 いったい 幸福こうふく な の でしょ う か 。 自分じぶん は 小さいちいさい 時とき から 、 実にじつに しばしば 、 仕合せしあわせ 者しゃ だ と 人ひと に 言わいわ れ て 来き まし た が 、 自分じぶん で は いつも 地獄じごく の 思いおもい で 、 かえって 、 自分じぶん を 仕合せしあわせ 者しゃ だ と 言っいっ た ひと たち の ほう が 、 比較ひかく に も 何なに も なら ぬ くらい ずっと ずっと 安楽あんらく な よう に 自分じぶん に は 見えるみえる の です 。
自分じぶん に は 、 禍わざわい 《 わざ わ 》 い の かたまり が 十じゅう 個こ あっ て 、 その 中なか の 一いち 個こ でも 、 隣人りんじん が 脊 負まけ 《 せ お 》 っ たら 、 その 一いち 個こ だけ でも 充分じゅうぶん に 隣人りんじん の 生なま 命取りいのちとり に なる の で は ある まい か と 、 思っおもっ た 事こと さえ あり まし た 。
つまり 、 わから ない の です 。 隣人りんじん の 苦しみくるしみ の 性質せいしつ 、 程度ていど が 、 まるで 見当けんとう つか ない の です 。 プラクテカル な 苦しみくるしみ 、 ただ 、 めし を 食えくえ たら それ で 解決かいけつ できる 苦しみくるしみ 、 しかし 、 それ こそ 最ももっとも 強いつよい 痛苦つうく で 、 自分じぶん の 例れい の 十じゅう 個こ の 禍わざわい い など 、 吹っ飛んふっとん で しまう 程ほど の 、 凄惨せいさん 《 せいさん 》 な 阿鼻地獄あびじごく な の かも 知れしれ ない 、 それ は 、 わから ない 、 しかし 、 それ に し て は 、 よく 自殺じさつ も せ ず 、 発狂はっきょう も せ ず 、 政党せいとう を 論じろんじ 、 絶望ぜつぼう せ ず 、 屈せくっせ ず 生活せいかつ の たたかい を 続けつづけ て 行けるいける 、 苦しくくるしく ない ん じゃ ない か ? エゴイストえごいすと に なり きっ て 、 しかも それ を 当然とうぜん の 事こと と 確信かくしん し 、 いちど も 自分じぶん を 疑っうたがっ た 事こと が 無いない ん じゃ ない か ? それなら 、 楽らく だ 、 しかし 、 人間にんげん という もの は 、 皆みな そんな もの で 、 また それ で 満点まんてん な の で は ない かしら 、 わから ない 、 … … 夜よる は ぐっすり 眠りねむり 、 朝あさ は 爽快そうかい 《 そう かい 》 な の かしら 、 どんな 夢ゆめ を 見み て いる の だろ う 、 道みち を 歩きあるき ながら 何なに を 考えかんがえ て いる の だろ う 、 金きむ ? まさか 、 それ だけ で も 無いない だろ う 、 人間にんげん は 、 めし を 食うくう ため に 生きいき て いる の だ 、 という 説せつ は 聞いきい た 事こと が ある よう な 気き が する けれども 、 金きん の ため に 生きいき て いる 、 という 言葉ことば は 、 耳みみ に し た 事こと が 無いない 、 いや 、 しかし 、 ことに 依るよる と 、 … … いや 、 それ も わから ない 、 … … 考えれかんがえれ ば 考えるかんがえる ほど 、 自分じぶん に は 、 わから なく なり 、 自分じぶん ひとり 全くまったく 変っかわっ て いる よう な 、 不安ふあん と 恐怖きょうふ に 襲わおそわ れる ばかり な の です 。 自分じぶん は 隣人りんじん と 、 ほとんど 会話かいわ が 出来でき ませ ん 。 何なに を 、 どう 言っいっ たら いい の か 、 わから ない の です 。
そこで 考え出しかんがえだし た の は 、 道化どうけ でし た 。
それ は 、 自分じぶん の 、 人間にんげん に対するにたいする 最後さいご の 求愛きゅうあい でし た 。 自分じぶん は 、 人間にんげん を 極度きょくど に 恐れおそれ て い ながら 、 それでいて 、 人間にんげん を 、 どうしても 思い切れおもいきれ なかっ た らしい の です 。 そうして 自分じぶん は 、 この 道化どうけ の 一線いっせん で わずか に 人間にんげん に つながる 事こと が 出来でき た の でし た 。 おも て で は 、 絶えずたえず 笑顔えがお を つくり ながら も 、 内心ないしん は 必死ひっし の 、 それ こそ 千せん 番ばん に 一番いちばん の 兼ね合いかねあい と で も いう べき 危機一髪ききいっぱつ の 、 油あぶら 汗あせ 流しながし て の サーヴィス でし た 。
自分じぶん は 子供こども の 頃ころ から 、 自分じぶん の 家族かぞく の 者もの たち に対してにたいして さえ 、 彼等かれら が どんなに 苦しくくるしく 、 また どんな 事こと を 考えかんがえ て 生きいき て いる の か 、 まるで ちっとも 見当けんとう つか ず 、 ただ おそろしく 、 その 気まずきまず さ に 堪えるこたえる 事こと が 出来でき ず 、 既にすでに 道化どうけ の 上手じょうず に なっ て い まし た 。 つまり 、 自分じぶん は 、 いつのまに やら 、 一言ひとこと も 本当ほんとう の 事こと を 言わいわ ない 子こ に なっ て い た の です 。
その 頃ころ の 、 家族かぞく たち と 一緒いっしょ に うつし た 写真しゃしん など を 見るみる と 、 他た の 者もの たち は 皆みな まじめ な 顔かお を し て いる のに 、 自分じぶん ひとり 、 必ずかならず 奇妙きみょう に 顔かお を ゆがめ て 笑っわらっ て いる の です 。 これ も また 、 自分じぶん の 幼くおさなく 悲しいかなしい 道化どうけ の 一種いっしゅ でし た 。
また 自分じぶん は 、 肉親にくしん たち に 何なに か 言わいわ れ て 、 口くち 応 《 くち ご た 》 え し た 事こと は いちど も 有りあり ませ ん でし た 。 その わずか な おこ ごと は 、 自分じぶん に は 霹 靂 《 へきれき 》 の 如くごとく 強くつよく 感ぜかんぜ られ 、 狂うくるう みたい に なり 、 口くち 応えこたえ どころか 、 その おこ ごと こそ 、 謂わいわ ば 万世ばんせい 一いち 系けい の 人間にんげん の 「 真理しんり 」 とかいう もの に 違いちがい ない 、 自分じぶん に は その 真理しんり を 行うおこなう 力ちから が 無いない の だ から 、 もはや 人間にんげん と 一緒いっしょ に 住めすめ ない の で は ない かしら 、 と 思い込んおもいこん で しまう の でし た 。 だから 自分じぶん に は 、 言い争いいいあらそい も 自己じこ 弁解べんかい も 出来でき ない の でし た 。 人ひと から 悪くわるく 言わいわ れる と 、 いかにも 、 もっとも 、 自分じぶん が ひどい 思い違いおもいちがい を し て いる よう な 気き が し て 来き て 、 いつも その 攻撃こうげき を 黙しもだし て 受けうけ 、 内心ないしん 、 狂うくるう ほど の 恐怖きょうふ を 感じかんじ まし た 。
それ は 誰だれ でも 、 人ひと から 非難ひなん せら れ たり 、 怒らおこら れ たり し て いい 気持きもち が する もの で は 無いない かも 知れしれ ませ ん が 、 自分じぶん は 怒っおこっ て いる 人間にんげん の 顔かお に 、 獅子しし 《 しし 》 より も 鰐わに 《 わに 》 より も 竜りゅう より も 、 もっと おそろしい 動物どうぶつ の 本性ほんしょう を 見るみる の です 。 ふだん は 、 その 本性ほんしょう を かくし て いる よう です けれども 、 何なに か の 機会きかい に 、 たとえば 、 牛うし が 草原そうげん で おっとり し た 形かたち で 寝ね て い て 、 突如とつじょ 、 尻尾しっぽ 《 しっぽ 》 で ピシッ と 腹はら の 虻あぶ 《 あぶ 》 を 打ち殺すうちころす みたい に 、 不意ふい に 人間にんげん の おそろしい 正体しょうたい を 、 怒りいかり に 依っよっ て 暴露ばくろ する 様子ようす を 見み て 、 自分じぶん は いつも 髪かみ の 逆立つさかだつ ほど の 戦慄せんりつ 《 せんりつ 》 を 覚えおぼえ 、 この 本性ほんしょう も また 人間にんげん の 生きいき て 行くいく 資格しかく の 一つひとつ な の かも 知れしれ ない と 思えおもえ ば 、 ほとんど 自分じぶん に 絶望ぜつぼう を 感じるかんじる の でし た 。
人間にんげん に対してにたいして 、 いつも 恐怖きょうふ に 震いふるい おののき 、 また 、 人間にんげん として の 自分じぶん の 言動げんどう に 、 みじん も 自信じしん を 持てもて ず 、 そうして 自分じぶん ひとり の 懊悩おうのう 《 おうのう 》 は 胸むね の 中なか の 小しょう 箱はこ に 秘めひめ 、 その 憂鬱ゆううつ 、 ナアヴァスネス を 、 ひたかくし に 隠しかくし て 、 ひたすら 無邪気むじゃき の 楽天らくてん 性せい を 装いよそおい 、 自分じぶん は お 道化どうけ た お 変人へんじん として 、 次第にしだいに 完成かんせい さ れ て 行きいき まし た 。
何なに でも いい から 、 笑わせわらわせ て おれ ば いい の だ 、 そうすると 、 人間にんげん たち は 、 自分じぶん が 彼等かれら の 所ところ 謂いい 「 生活せいかつ 」 の 外そと に い て も 、 あまり それ を 気き に し ない の で は ない かしら 、 とにかく 、 彼等かれら 人間にんげん たち の 目障りめざわり に なっ て は いけ ない 、 自分じぶん は 無む だ 、 風かぜ だ 、 空そら 《 そら 》 だ 、 という よう な 思いおもい ばかり が 募りつのり 、 自分じぶん は お 道化どうけ に 依っよっ て 家族かぞく を 笑わせわらわせ 、 また 、 家族かぞく より も 、 もっと 不可解ふかかい で おそろしい 下男げなん や 下女げじょ に まで 、 必死ひっし の お 道化どうけ の サーヴィス を し た の です 。
自分じぶん は 夏なつ に 、 浴衣ゆかた の 下した に 赤いあかい 毛糸けいと の セエター を 着き て 廊下ろうか を 歩きあるき 、 家中いえじゅう の 者もの を 笑わせわらわせ まし た 。 めったに 笑わわらわ ない 長兄ちょうけい も 、 それ を 見み て 噴き出しふきだし 、
「 それ あ 、 葉よう ちゃん 、 似合わにあわ ない 」
と 、 可愛くかわいく て たまらない よう な 口調くちょう で 言いいい まし た 。 なに 、 自分じぶん だって 、 真夏まなつ に 毛糸けいと の セエター を 着き て 歩くあるく ほど 、 いくら 何なに でも 、 そんな 、 暑あつ さ 寒さむ さ を 知らしら ぬ お 変人へんじん で は あり ませ ん 。 姉あね の 脚絆きゃはん 《 レギンスれぎんす 》 を 両りょう 腕うで に はめ て 、 浴衣ゆかた の 袖口そでぐち から 覗かのぞか せ 、 以 《 もっ 》 て セエター を 着き て いる よう に 見せかけみせかけ て い た の です 。
自分じぶん の 父ちち は 、 東京とうきょう に 用事ようじ の 多いおおい ひと でし た ので 、 上野うえの の 桜木さくらぎ 町まち に 別荘べっそう を 持っもっ て い て 、 月つき の 大半たいはん は 東京とうきょう の その 別荘べっそう で 暮しくらし て い まし た 。 そうして 帰るかえる 時とき に は 家族かぞく の 者もの たち 、 また 親戚しんせき 《 しん せき 》 の 者もの たち に まで 、 実にじつに おびただしく お 土産みやげ を 買っかっ て 来るくる の が 、 まあ 、 父ちち の 趣味しゅみ みたい な もの でし た 。
いつか の 父ちち の 上京じょうきょう の 前夜ぜんや 、 父ちち は 子供こども たち を 客間きゃくま に 集めあつめ 、 こんど 帰るかえる 時とき に は 、 どんな お 土産みやげ が いい か 、 一いち 人にん 々 々 に 笑いわらい ながら 尋ねたずね 、 それ に対するにたいする 子供こども たち の 答こたえ を いちいち 手帖てちょう 《 て ちょう 》 に 書きとめるかきとめる の でし た 。 父ちち が 、 こんなに 子供こども たち と 親しくしたしく する の は 、 めずらしい 事こと でし た 。
「 葉は 蔵ぞう は ? 」
と 聞かきか れ て 、 自分じぶん は 、 口ごもっくちごもっ て しまい まし た 。
何なに が 欲しいほしい と 聞かきか れる と 、 とたんに 、 何なに も 欲しくほしく なく なる の でし た 。 どう でも いい 、 どうせ 自分じぶん を 楽しくたのしく さ せ て くれる もの なんか 無いない ん だ という 思いおもい が 、 ちら と 動くうごく の です 。 と 、 同時にどうじに 、 人ひと から 与えあたえ られる もの を 、 どんなに 自分じぶん の 好みこのみ に 合わあわ なく て も 、 それ を 拒むこばむ 事こと も 出来でき ませ ん でし た 。 イヤいや な 事こと を 、 イヤいや と 言えいえ ず 、 また 、 好きすき な 事こと も 、 おずおず と 盗むぬすむ よう に 、 極めてきわめて にがく 味あじ 《 あじ わ 》 い 、 そうして 言いいい 知れしれ ぬ 恐怖きょうふ 感かん に もだえる の でし た 。 つまり 、 自分じぶん に は 、 二に 者しゃ 選せん 一いち の 力ちから さえ 無かっなかっ た の です 。 これ が 、 後年こうねん に 到りいたり 、 いよいよ 自分じぶん の 所ところ 謂いい 「 恥はじ の 多いおおい 生涯しょうがい 」 の 、 重大じゅうだい な 原因げんいん と も なる 性癖せいへき の 一つひとつ だっ た よう に 思わおもわ れ ます 。
自分じぶん が 黙っだまっ て 、 もじもじ し て いる ので 、 父ちち は ちょっと 不機嫌ふきげん な 顔かお に なり 、
「 やはり 、 本ほん か 。 浅草あさくさ の 仲店なかみせ に お正月おしょうがつ の 獅子しし 舞いまい の お 獅子しし 、 子供こども が かぶっ て 遊ぶあそぶ の に は 手頃てごろ な 大きおおき さ の が 売っうっ て い た けど 、 欲しくほしく ない か 」
欲しくほしく ない か 、 と 言わいわ れる と 、 もう ダメだめ な ん です 。 お 道化どうけ た 返事へんじ も 何なに も 出来でき やし ない ん です 。 お 道化どうけ 役者やくしゃ は 、 完全かんぜん に 落第らくだい でし た 。
「 本ほん が 、 いい でしょ う 」
長兄ちょうけい は 、 まじめ な 顔かお を し て 言いいい まし た 。
「 そう か 」
父ちち は 、 興きょう 覚めさめ 顔がお に 手帖てちょう に 書きとめかきとめ も せ ず 、 パチぱち と 手帖てちょう を 閉じとじ まし た 。
何なに という 失敗しっぱい 、 自分じぶん は 父ちち を 怒らおこら せ た 、 父ちち の 復讐ふくしゅう 《 ふくしゅう 》 は 、 きっと 、 おそるべき もの に 違いちがい ない 、 いま の うち に 何とかなんとか し て 取りかえとりかえ し の つか ぬ もの か 、 と その 夜よる 、 蒲団ふとん の 中なか で がたがた 震えふるえ ながら 考えかんがえ 、 そっと 起きおき て 客間きゃくま に 行きいき 、 父ちち が 先刻せんこく 、 手帖てちょう を しまい 込んこん だ 筈はず の 机つくえ の 引き出しひきだし を あけ て 、 手帖てちょう を 取り上げとりあげ 、 パラパラぱらぱら めくっ て 、 お 土産みやげ の 注文ちゅうもん 記入きにゅう の 個所かしょ を 見つけみつけ 、 手帖てちょう の 鉛筆えんぴつ を なめ て 、 シシしし マイまい 、 と 書いかい て 寝ね まし た 。 自分じぶん は その 獅子しし 舞いまい の お 獅子しし を 、 ちっとも 欲しくほしく は 無かっなかっ た の です 。 かえって 、 本ほん の ほう が いい くらい でし た 。 けれども 、 自分じぶん は 、 父ちち が その お 獅子しし を 自分じぶん に 買っかっ て 与えあたえ たい の だ という 事こと に 気がつききがつき 、 父ちち の その 意向いこう に 迎合げいごう し て 、 父ちち の 機嫌きげん を 直しなおし たい ばかり に 、 深夜しんや 、 客間きゃくま に 忍び込むしのびこむ という 冒険ぼうけん を 、 敢えてあえて おかし た の でし た 。
そうして 、 この 自分じぶん の 非常ひじょう の 手段しゅだん は 、 果してはたして 思いおもい どおり の 大だい 成功せいこう を以てをもって 報いむくい られ まし た 。 やがて 、 父ちち は 東京とうきょう から 帰っかえっ て 来き て 、 母はは に 大声おおごえ で 言っいっ て いる の を 、 自分じぶん は 子供部屋こどもべや で 聞いきい て い まし た 。
「 仲店なかみせ の おもちゃ 屋や で 、 この 手帖てちょう を 開いひらい て み たら 、 これ 、 ここ に 、 シシしし マイまい 、 と 書いかい て ある 。 これ は 、 私わたし の 字じ で は ない 。 はてな ? と 首くび を かしげ て 、 思い当りおもいあたり まし た 。 これ は 、 葉は 蔵くら の いたずら です よ 。 あいつ は 、 私わたし が 聞いきい た 時とき に は 、 にやにや し て 黙っだまっ て い た が 、 あと で 、 どうしても お 獅子しし が 欲しくほしく て たまらなく なっ た ん だ ね 。 何せなにせ 、 どうも 、 あれ は 、 変っかわっ た 坊主ぼうず です から ね 。 知らん振りしらんぷり し て 、 ちゃんと 書いかい て いる 。 そんなに 欲しかっほしかっ た の なら 、 そう 言えいえ ば よい のに 。 私わたし は 、 おもちゃ 屋や の 店先みせさき で 笑いわらい まし た よ 。 葉は 蔵ぞう を 早くはやく ここ へ 呼びよび なさい 」
また 一方いっぽう 、 自分じぶん は 、 下男げなん や 下女げじょ たち を 洋室ようしつ に 集めあつめ て 、 下男げなん の ひとり に 滅茶苦茶めちゃくちゃ 《 めちゃくちゃ 》 に ピアノぴあの の キイきい を たたか せ 、 ( 田舎いなか で は あり まし た が 、 その 家いえ に は 、 たいてい の もの が 、 そろっ て い まし た ) 自分じぶん は その 出鱈目でたらめ 《 でたらめ 》 の 曲きょく に 合せあわせ て 、 インデヤン の 踊りおどり を 踊っおどっ て 見せみせ て 、 皆みな を 大笑いおおわらい さ せ まし た 。 次兄じけい は 、 フラッシュふらっしゅ を 焚 《 た 》 い て 、 自分じぶん の インデヤン 踊りおどり を 撮影さつえい し て 、 その 写真しゃしん が 出来でき た の を 見るみる と 、 自分じぶん の 腰布こしぬの ( それ は 更紗さらさ 《 さら さ 》 の 風呂敷ふろしき でし た ) の 合せあわせ 目め から 、 小さいちいさい お チンちん ポぽ が 見えみえ て い た ので 、 これ が また 家中いえじゅう の 大笑いおおわらい でし た 。 自分じぶん にとって 、 これ また 意外いがい の 成功せいこう と いう べき もの だっ た かも 知れしれ ませ ん 。
自分じぶん は 毎月まいつき 、 新刊しんかん の 少年しょうねん 雑誌ざっし を 十じゅう 冊さつ 以上いじょう も 、 とっ て い て 、 また その他そのた 《 ほか 》 に も 、 さまざま の 本ほん を 東京とうきょう から 取り寄せとりよせ て 黙っだまっ て 読んよん で い まし た ので 、 メチャラクチャラ 博士はかせ だの 、 また 、 ナンジャモンジャ 博士はかせ など と は 、 たいへん な 馴染なじみ 《 なじみ 》 で 、 また 、 怪談かいだん 、 講談こうだん 、 落語らくご 、 江戸えど | 小咄こばなし 《 こ ばなし 》 など の 類るい に も 、 かなり 通じつうじ て い まし た から 、 剽軽ひょうきん 《 ひょうきん 》 な 事こと を まじめ な 顔かお を し て 言っいっ て 、 家いえ の 者もの たち を 笑わせるわらわせる の に は 事こと を 欠きかき ませ ん でし た 。
しかし 、 嗚呼ああ 《 ああ 》 、 学校がっこう !
自分じぶん は 、 そこ で は 、 尊敬そんけい さ れ かけ て い た の です 。 尊敬そんけい さ れる という 観念かんねん も また 、 甚 《 はな は 》 だ 自分じぶん を 、 おびえ させ まし た 。 ほとんど 完全かんぜん に 近くちかく 人じん を だまし て 、 そうして 、 或ある る ひとり の 全知全能ぜんちぜんのう の 者もの に 見破らみやぶら れ 、 木き っ 葉は みじん に やら れ て 、 死し ぬる 以上いじょう の 赤恥あかはじ を かか せ られる 、 それ が 、 「 尊敬そんけい さ れる 」 という 状態じょうたい の 自分じぶん の 定義ていぎ で あり まし た 。 人間にんげん を だまし て 、 「 尊敬そんけい さ れ 」 て も 、 誰だれ か ひとり が 知っしっ て いる 、 そうして 、 人間にんげん たち も 、 やがて 、 その ひとり から 教えおしえ られ て 、 だまさ れ た 事こと に 気づいきづい た 時とき 、 その 時とき の 人間にんげん たち の 怒りいかり 、 復讐ふくしゅう は 、 いったい 、 まあ 、 どんな でしょ う か 。 想像そうぞう し て さえ 、 身の毛みのけ が よだつ 心地ここち が する の です 。
自分じぶん は 、 金持ちかねもち の 家いえ に 生れうまれ た という 事こと より も 、 俗ぞく に いう 「 できる 」 事こと に 依っよっ て 、 学校がっこう 中ちゅう の 尊敬そんけい を 得え そう に なり まし た 。 自分じぶん は 、 子供こども の 頃ころ から 病弱びょうじゃく で 、 よく 一いち つき 二に つき 、 また 一いち 学年がくねん ちかく も 寝込んねこん で 学校がっこう を 休んやすん だ 事こと さえ あっ た の です が 、 それでも 、 病み上りやみあがり の からだ で 人力車じんりきしゃ に 乗っのっ て 学校がっこう へ 行きいき 、 学年がくねん 末まつ の 試験しけん を 受けうけ て みる と 、 クラスくらす の 誰だれ より も 所ところ 謂いい 「 でき て 」 いる よう でし た 。 から だ 具合いぐあい の よい 時とき でも 、 自分じぶん は 、 さっぱり 勉強べんきょう せ ず 、 学校がっこう へ 行っいっ て も 授業じゅぎょう 時間じかん に 漫画まんが など を 書きかき 、 休憩きゅうけい 時間じかん に は それ を クラスくらす の 者もの たち に 説明せつめい し て 聞かきか せ て 、 笑わせわらわせ て やり まし た 。 また 、 綴りつづり 方かた に は 、 滑稽こっけい 噺はなし 《 こっけい ばなし 》 ばかり 書きかき 、 先生せんせい から 注意ちゅうい さ れ て も 、 しかし 、 自分じぶん は 、 やめ ませ ん でし た 。 先生せんせい は 、 実はじつは こっそり 自分じぶん の その 滑稽こっけい 噺はなし を 楽しみたのしみ に し て いる 事こと を 自分じぶん は 、 知っしっ て い た から でし た 。 或ある る 日ひ 、 自分じぶん は 、 れい に 依っよっ て 、 自分じぶん が 母はは に 連れつれ られ て 上京じょうきょう の 途中とちゅう の 汽車きしゃ で 、 おしっこ を 客車きゃくしゃ の 通路つうろ に ある 痰たん 壺つぼ 《 たん つ ぼ 》 に し て しまっ た 失敗談しっぱいだん ( しかし 、 その 上京じょうきょう の 時とき に 、 自分じぶん は 痰たん 壺つぼ と 知らしら ず に し た の で は あり ませ ん でし た 。 子供こども の 無邪気むじゃき を てらっ て 、 わざと 、 そうした の でし た ) を 、 ことさら に 悲しかなし そう な 筆致ひっち で 書いかい て 提出ていしゅつ し 、 先生せんせい は 、 きっと 笑うわらう という 自信じしん が あり まし た ので 、 職員しょくいん 室しつ に 引き揚げひきあげ て 行くいく 先生せんせい の あと を 、 そっと つけ て 行きいき まし たら 、 先生せんせい は 、 教室きょうしつ を 出るでる と すぐ 、 自分じぶん の その 綴りつづり 方かた を 、 他た の クラスくらす の 者もの たち の 綴りつづり 方かた の 中なか から 選び出しえらびだし 、 廊下ろうか を 歩きあるき ながら 読みよみ はじめ て 、 クスくす クスくす 笑いわらい 、 やがて 職員しょくいん 室しつ に は いっ て 読みよみ 終えおえ た の か 、 顔かお を 真赤まっか に し て 大声おおごえ を 挙げあげ て 笑いわらい 、 他た の 先生せんせい に 、 さっそく それ を 読まよま せ て いる の を 見み とどけ 、 自分じぶん は 、 たいへん 満足まんぞく でし た 。
お茶おちゃ 目め 。
自分じぶん は 、 所ところ 謂いい お茶おちゃ 目め に 見み られる 事こと に 成功せいこう し まし た 。 尊敬そんけい さ れる 事こと から 、 のがれる 事こと に 成功せいこう し まし た 。 通信つうしん 簿ぼ は 全ぜん 学科がっか とも 十じゅう 点てん でし た が 、 操行そうこう という もの だけ は 、 七なな 点てん だっ たり 、 六ろく 点てん だっ たり し て 、 それ も また 家中いえじゅう の 大笑いおおわらい の 種たね でし た 。
けれども 自分じぶん の 本性ほんしょう は 、 そんな お茶おちゃ 目め さん など と は 、 凡 《 お よ 》 そ 対蹠たいしょ 《 たいせき 》 的てき な もの でし た 。 その 頃ころ 、 既にすでに 自分じぶん は 、 女中じょちゅう や 下男げなん から 、 哀 《 かな 》 し い 事こと を 教えおしえ られ 、 犯さおかさ れ て い まし た 。 幼少ようしょう の 者もの に対してにたいして 、 その よう な 事こと を 行うおこなう の は 、 人間にんげん の 行いおこない 得るえる 犯罪はんざい の 中なか で 最ももっとも 醜悪しゅうあく で 下等かとう で 、 残酷ざんこく な 犯罪はんざい だ と 、 自分じぶん は いま で は 思っおもっ て い ます 。 しかし 、 自分じぶん は 、 忍びしのび まし た 。 これ で また 一つひとつ 、 人間にんげん の 特質とくしつ を 見み た という よう な 気持きもち さえ し て 、 そうして 、 力ちから 無くなく 笑っわらっ て い まし た 。 もし 自分じぶん に 、 本当ほんとう の 事こと を 言ういう 習慣しゅうかん が つい て い た なら 、 悪びれわるびれ ず 、 彼等かれら の 犯罪はんざい を 父ちち や 母はは に 訴えるうったえる 事こと が 出来でき た の かも 知れしれ ませ ん が 、 しかし 、 自分じぶん は 、 その 父ちち や 母はは を も 全部ぜんぶ は 理解りかい する 事こと が 出来でき なかっ た の です 。 人間にんげん に 訴えるうったえる 、 自分じぶん は 、 その 手段しゅだん に は 少しすこし も 期待きたい でき ませ ん でし た 。 父ちち に 訴えうったえ て も 、 母はは に 訴えうったえ て も 、 お 巡じゅん 《 ま わ 》 り に 訴えうったえ て も 、 政府せいふ に 訴えうったえ て も 、 結局けっきょく は 世渡りよわたり に 強いつよい 人ひと の 、 世間せけん に 通りとおり の いい 言いぶんいいぶん に 言いまくらいいまくら れる だけ の 事こと で は 無いない かしら 。
必ずかならず 片手かたて 落 の ある の が 、 わかり 切っきっ て いる 、 所詮しょせん 《 しょせん 》 、 人間にんげん に 訴えるうったえる の は 無駄むだ で ある 、 自分じぶん は やはり 、 本当ほんとう の 事こと は 何なに も 言わいわ ず 、 忍んしのん で 、 そうして お 道化どうけ を つづけ て いる より 他た 、 無いない 気持きもち な の でし た 。
なん だ 、 人間にんげん へ の 不信ふしん を 言っいっ て いる の か ? へえ ? お前おまえ は い つ クリスくりす チャンちゃん に なっ た ん だい 、 と 嘲笑ちょうしょう 《 ちょうしょう 》 する 人ひと も 或いはあるいは ある かも 知れしれ ませ ん が 、 しかし 、 人間にんげん へ の 不信ふしん は 、 必ずしもかならずしも すぐ に 宗教しゅうきょう の 道みち に 通じつうじ て いる と は 限らかぎら ない と 、 自分じぶん に は 思わおもわ れる の です けど 。 現にげんに その 嘲笑ちょうしょう する 人ひと を も 含めふくめ て 、 人間にんげん は 、 お互いおたがい の 不信ふしん の 中なか で 、 エホバえほば も 何なに も 念頭ねんとう に 置かおか ず 、 平気へいき で 生きいき て いる で は あり ませ ん か 。 やはり 、 自分じぶん の 幼少ようしょう の 頃ころ の 事こと で あり まし た が 、 父ちち の 属しぞくし て い た 或ある る 政党せいとう の 有名人ゆうめいじん が 、 この 町まち に 演説えんぜつ に 来き て 、 自分じぶん は 下男げなん たち に 連れつれ られ て 劇場げきじょう に 聞ききき に 行きいき まし た 。 満員まんいん で 、 そうして 、 この 町まち の 特にとくに 父ちち と 親しくしたしく し て いる 人ひと たち の 顔かお は 皆みな 、 見えみえ て 、 大いにおおいに 拍手はくしゅ など し て い まし た 。 演説えんぜつ が すん で 、 聴衆ちょうしゅう は 雪ゆき の 夜道よみち を 三々五々さんさんごご かたまっ て 家路いえじ に 就きつき 、 クソくそ ミソみそ に 今夜こんや の 演説えんぜつ 会かい の 悪口わるぐち を 言っいっ て いる の でし た 。 中なか に は 、 父ちち と 特にとくに 親しいしたしい 人ひと の 声こえ も まじっ て い まし た 。 父ちち の 開会かいかい の 辞じ も 下手へた 、 れい の 有名人ゆうめいじん の 演説えんぜつ も 何なに が 何やらなにやら 、 わけ が わから ぬ 、 とそ の 所ところ 謂いい 父ちち の 「 同志どうし たち 」 が 怒声どせい に 似に た 口調くちょう で 言っいっ て いる の です 。 そうして その ひと たち は 、 自分じぶん の 家いえ に 立ち寄ったちよっ て 客間きゃくま に 上りのぼり 込みこみ 、 今夜こんや の 演説えんぜつ 会かい は 大だい 成功せいこう だっ た と 、 しん から 嬉しうれし そう な 顔かお を し て 父ちち に 言っいっ て い まし た 。 下男げなん たち まで 、 今夜こんや の 演説えんぜつ 会かい は どう だっ た と 母はは に 聞かきか れ 、 とても 面白かっおもしろかっ た 、 と 言っいっ て けろりと し て いる の です 。 演説えんぜつ 会かい ほど 面白くおもしろく ない もの は ない 、 と 帰るかえる 途と 々 《 みちみち 》 、 下男げなん たち が 嘆きなげき 合っあっ て い た の です 。
しかし 、 こんな の は 、 ほんの ささやか な 一いち 例れい に 過ぎすぎ ませ ん 。 互いにたがいに あざむき 合っあっ て 、 しかも いずれ も 不思議ふしぎ に 何なに の 傷きず も つか ず 、 あざむき 合っあっ て いる 事こと に さえ 気がついきがつい て い ない みたい な 、 実にじつに あざやか な 、 それ こそ 清くきよく 明るくあかるく ほ がら か な 不信ふしん の 例れい が 、 人間にんげん の 生活せいかつ に 充満じゅうまん し て いる よう に 思わおもわ れ ます 。 けれども 、 自分じぶん に は 、 あざむき 合っあっ て いる という 事こと に は 、 さして 特別とくべつ の 興味きょうみ も あり ませ ん 。 自分じぶん だって 、 お 道化どうけ に 依っよっ て 、 朝あさ から 晩ばん まで 人間にんげん を あざむい て いる の です 。 自分じぶん は 、 修身しゅうしん 教科書きょうかしょ 的てき な 正義まさよし とか 何なに とかいう 道徳どうとく に は 、 あまり 関心かんしん を 持てもて ない の です 。 自分じぶん に は 、 あざむき 合っあっ て い ながら 、 清くきよく 明るくあかるく 朗らかほがらか に 生きいき て いる 、 或いはあるいは 生きいき 得るえる 自信じしん を 持っもっ て いる みたい な 人間にんげん が 難解なんかい な の です 。 人間にんげん は 、 ついに 自分じぶん に その 妙諦みょうてい 《 みょう て い 》 を 教えおしえ て は くれ ませ ん でし た 。 それ さえ わかっ たら 、 自分じぶん は 、 人間にんげん を こんなに 恐怖きょうふ し 、 また 、 必死ひっし の サーヴィス など し なく て 、 すん だ の でしょ う 。 人間にんげん の 生活せいかつ と 対立たいりつ し て しまっ て 、 夜々よよ の 地獄じごく の これ ほど の 苦しみくるしみ を 嘗 《 な 》 め ず に すん だ の でしょ う 。 つまり 、 自分じぶん が 下男げなん 下女げじょ たち の 憎むにくむ べき あの 犯罪はんざい を さえ 、 誰だれ に も 訴えうったえ なかっ た の は 、 人間にんげん へ の 不信ふしん から で は なく 、 また 勿論もちろん クリくり ストすと 主義しゅぎ の ため で も なく 、 人間にんげん が 、 葉は 蔵ぞう という 自分じぶん に対してにたいして 信用しんよう の 殻から を 固くかたく 閉じとじ て い た から だっ た と 思いおもい ます 。 父母ちちはは で さえ 、 自分じぶん にとって 難解なんかい な もの を 、 時折ときおり 、 見せるみせる 事こと が あっ た の です から 。
そうして 、 その 、 誰だれ に も 訴えうったえ ない 、 自分じぶん の 孤独こどく の 匂いにおい が 、 多くおおく の 女性じょせい に 、 本能ほんのう に 依っよっ て 嗅 《 か 》 ぎ 当てあて られ 、 後年こうねん さまざま 、 自分じぶん が つけ込まつけこま れる 誘因ゆういん の 一つひとつ に なっ た よう な 気き も する の です 。
つまり 、 自分じぶん は 、 女性じょせい にとって 、 恋こい の 秘密ひみつ を 守れるまもれる 男おとこ で あっ た という わけ な の でし た 。
✦ Peek海うみ の 、 波打なみうち 際ぎわ 、 と いっ て も いい くらい に 海うみ に ちかい 岸辺きしべ に 、 真黒いまっくろい 樹き 肌はだ の 山桜やまざくら の 、 かなり 大きいおおきい の が 二に 十じゅう 本ほん 以上いじょう も 立ちならびたちならび 、 新しん 学年がくねん が はじまる と 、 山桜やまざくら は 、 褐色かっしょく の ねばっこい よう な 嫩葉どんよう 《 わかば 》 と共にとともに 、 青いあおい 海うみ を 背景はいけい に し て 、 その 絢爛けんらん 《 けんらん 》 たる 花はな を ひらき 、 やがて 、 花吹雪はなふぶき の 時とき に は 、 花びらはなびら が おびただしく 海うみ に 散りちり 込みこみ 、 海面かいめん を 鏤 《 ちり ば 》 め て 漂いただよい 、 波なみ に 乗せのせ られ 再びふたたび 波打なみうち 際ぎわ に 打ちかえさうちかえさ れる 、 その 桜さくら の 砂浜すなはま が 、 そのまま 校庭こうてい として 使用しよう せら れ て いる 東北とうほく の 或ある る 中学校ちゅうがっこう に 、 自分じぶん は 受験じゅけん 勉強べんきょう も ろくに し なかっ た のに 、 どうやら 無事ぶじ に 入学にゅうがく でき まし た 。 そうして 、 その 中学ちゅうがく の 制帽せいぼう の 徽章きしょう 《 きしょう 》 に も 、 制服せいふく の ボタンぼたん に も 、 桜さくら の 花はな が 図案ずあん 化か せら れ て 咲いさい て い まし た 。
その 中学校ちゅうがっこう の すぐ 近くちかく に 、 自分じぶん の 家いえ と 遠いとおい 親戚しんせき に 当るあたる 者もの の 家いえ が あり まし た ので 、 その 理由りゆう も あっ て 、 父ちち が その 海うみ と 桜さくら の 中学校ちゅうがっこう を 自分じぶん に 選んえらん で くれ た の でし た 。 自分じぶん は 、 その 家いえ に あずけ られ 、 何せなにせ 学校がっこう の すぐ 近くちかく な ので 、 朝礼ちょうれい の 鐘かね の 鳴るなる の を 聞いきい て から 、 走っはしっ て 登校とうこう する という よう な 、 かなり 怠惰たいだ な 中学生ちゅうがくせい でし た が 、 それでも 、 れい の お 道化どうけ に 依っよっ て 、 日ひ 一いち 日にち と クラスくらす の 人気にんき を 得え て い まし た 。
生れうまれ て はじめ て 、 謂わいわ ば 他郷たきょう へ 出で た わけ な の です が 、 自分じぶん に は 、 その 他郷たきょう の ほう が 、 自分じぶん の 生れうまれ 故郷こきょう より も 、 ずっと 気楽きらく な 場所ばしょ の よう に 思わおもわ れ まし た 。 それ は 、 自分じぶん の お 道化どうけ も その 頃ころ に は いよいよ ぴったり 身み について 来き て 、 人ひと を あざむく の に 以前いぜん ほど の 苦労くろう を 必要ひつよう と し なく なっ て い た から で ある 、 と 解説かいせつ し て も いい でしょ う が 、 しかし 、 それ より も 、 肉親にくしん と 他人たにん 、 故郷こきょう と 他郷たきょう 、 そこ に は 抜くぬく べから ざる 演技えんぎ の 難易なんい の 差さ が 、 どの よう な 天才てんさい にとって も 、 たとい 神かみ の 子こ の イエスいえす にとって も 、 存在そんざい し て いる もの な の で は ない でしょ う か 。 俳優はいゆう にとって 、 最ももっとも 演じえんじ にくい 場所ばしょ は 、 故郷こきょう の 劇場げきじょう で あっ て 、 しかも 六ろく 親おや | 眷属けんぞく 《 けん ぞ く 》 全部ぜんぶ そろっ て 坐っすわっ て いる 一いち 部屋へや の 中なか に 在っあっ て は 、 いか な 名優めいゆう も 演技えんぎ どころ で は 無くなるなくなる の で は ない でしょ う か 。 けれども 自分じぶん は 演じえんじ て 来き まし た 。 しかも 、 それ が 、 かなり の 成功せいこう を 収めおさめ た の です 。 それほど の 曲者くせもの 《 くせ も の 》 が 、 他郷たきょう に 出で て 、 万が一まんがいち に も 演じえんじ 損ねるそこねる など という 事こと は 無いない わけ でし た 。
自分じぶん の 人間にんげん 恐怖きょうふ は 、 それ は 以前いぜん に まさる と も 劣らおとら ぬ くらい 烈しくはげしく 胸むね の 底そこ で 蠕動ぜんどう 《 ぜんどう 》 し て い まし た が 、 しかし 、 演技えんぎ は 実にじつに のびのび と し て 来き て 、 教室きょうしつ に あっ て は 、 いつも クラスくらす の 者もの たち を 笑わせわらわせ 、 教師きょうし も 、 この クラスくらす は 大庭おおば さえ い ない と 、 とても いい クラスくらす な ん だ が 、 と 言葉ことば で は 嘆 じ ながら 、 手て で 口くち を 覆っおおっ て 笑っわらっ て い まし た 。 自分じぶん は 、 あの 雷かみなり の 如きごとき 蛮声ばんせい を 張り上げるはりあげる 配属はいぞく 将校しょうこう を さえ 、 実にじつに 容易ようい に 噴き出さふきださ せる 事こと が 出来でき た の です 。
もはや 、 自分じぶん の 正体しょうたい を 完全かんぜん に 隠蔽いんぺい 《 いんぺい 》 し 得え た の で は ある まい か 、 と ほっと しかけ た 矢先やさき に 、 自分じぶん は 実にじつに 意外いがい に も 背後はいご から 突き刺さつきささ れ まし た 。 それ は 、 背後はいご から 突き刺すつきさす 男おとこ の ご たぶん に もれ ず 、 クラスくらす で 最ももっとも 貧弱ひんじゃく な 肉体にくたい を し て 、 顔かお も 青あお ぶ くれ で 、 そうして たしかに 父兄ふけい の お古おふる と 思わおもわ れる 袖そで が 聖徳太子しょうとくたいし の 袖そで みたい に 長なが すぎる 上衣うわぎ 《 うわ ぎ 》 を 着き て 、 学課がっか は 少しすこし も 出来でき ず 、 教練きょうれん や 体操たいそう は いつも 見学けんがく という 白痴はくち に 似に た 生徒せいと でし た 。 自分じぶん も さすが に 、 その 生徒せいと に さえ 警戒けいかい する 必要ひつよう は 認めみとめ て い なかっ た の でし た 。
その 日ひ 、 体操たいそう の 時間じかん に 、 その 生徒せいと ( 姓せい は いま 記憶きおく し て い ませ ん が 、 名な は 竹たけ 一いち と いっ た か と 覚えおぼえ て い ます ) その 竹一たけいち は 、 れい に 依っよっ て 見学けんがく 、 自分じぶん たち は 鉄棒てつぼう の 練習れんしゅう を さ せ られ て い まし た 。 自分じぶん は 、 わざと 出来るできる だけ 厳粛げんしゅく な 顔かお を し て 、 鉄棒てつぼう めがけ て 、 え いっ と 叫んさけん で 飛びとび 、 そのまま 幅はば 飛びとび の よう に 前方ぜんぽう へ 飛んとん で しまっ て 、 砂地すなじ に ドスンどすん と 尻餅しりもち を つき まし た 。 すべて 、 計画けいかく 的てき な 失敗しっぱい でし た 。 果してはたして 皆みな の 大笑いおおわらい に なり 、 自分じぶん も 苦笑くしょう し ながら 起きおき 上っのぼっ て ズボンずぼん の 砂すな を 払っはらっ て いる と 、 いつ そこ へ 来き て い た の か 、 竹一たけいち が 自分じぶん の 背中せなか を つつき 、 低いひくい 声こえ で こう 囁 《 ささや 》 き まし た 。
「 ワザわざ 。 ワザわざ 」
自分じぶん は 震撼しんかん 《 しんかん 》 し まし た 。 ワザわざ と 失敗しっぱい し た という 事こと を 、 人ひと も あろ う に 、 竹たけ 一いち に 見破らみやぶら れる と は 全くまったく 思いおもい も 掛けかけ ない 事こと でし た 。 自分じぶん は 、 世界せかい が 一瞬いっしゅん に し て 地獄じごく の 業火ごうか に 包まつつま れ て 燃えもえ 上るのぼる の を 眼前がんぜん に 見るみる よう な 心地ここち が し て 、 わ あっ ! と 叫んさけん で 発狂はっきょう し そう な 気配けはい を 必死ひっし の 力ちから で 抑えおさえ まし た 。
それ から の 日々ひび の 、 自分じぶん の 不安ふあん と 恐怖きょうふ 。
表面ひょうめん は 相あい 変らかわら ず 哀しいかなしい お 道化どうけ を 演じえんじ て 皆みな を 笑わせわらわせ て い まし た が 、 ふっと 思わずおもわず 重苦しいおもくるしい 溜息ためいき 《 ためいき 》 が 出で て 、 何なに を し た って すべて 竹たけ 一いち に 木き っ 葉は みじん に 見破らみやぶら れ て い て 、 そうして あれ は 、 その うち に きっと 誰だれ かれ と なく 、 それ を 言いふらしいいふらし て 歩くあるく に 違いちがい ない の だ 、 と 考えるかんがえる と 、 額がく に じっとり 油あぶら 汗あせ が わい て 来き て 、 狂人きょうじん みたい に 妙みょう な 眼め つき で 、 あたり を キョロキョロきょろきょろ むなしく 見廻しみまわし たり し まし た 。 できる 事こと なら 、 朝あさ 、 昼ひる 、 晩ばん 、 四六時中しろくじちゅう 、 竹たけ 一いち の 傍はた 《 そば 》 から 離れはなれ ず 彼かれ が 秘密ひみつ を 口走らくちばしら ない よう に 監視かんし し て い たい 気持きもち でし た 。 そうして 、 自分じぶん が 、 彼かれ に まつわりつい て いる 間ま に 、 自分じぶん の お 道化どうけ は 、 所ところ 謂いい 「 ワザわざ 」 で は 無くなく て 、 ほん もの で あっ た という よう 思い込まおもいこま せる よう に あらゆる 努力どりょく を 払いはらい 、 あわよくば 、 彼かれ と 無二むに の 親友しんゆう に なっ て しまい たい もの だ 、 もし 、 その 事こと が 皆みな 、 不可能ふかのう なら 、 もはや 、 彼かれ の 死し を 祈るいのる より 他た は 無いない 、 と さえ 思いつめおもいつめ まし た 。 しかし 、 さすが に 、 彼かれ を 殺そころそ う という 気き だけ は 起りおこり ませ ん でし た 。 自分じぶん は 、 これ まで の 生涯しょうがい に 於 《 お 》 い て 、 人ひと に 殺さころさ れ たい と 願望がんぼう し た 事こと は 幾度いくど と なく あり まし た が 、 人ひと を 殺しころし たい と 思っおもっ た 事こと は 、 いちど も あり ませ ん でし た 。 それ は 、 おそるべき 相手あいて に 、 かえって 幸福こうふく を 与えるあたえる だけ の 事こと だ と 考えかんがえ て い た から です 。
自分じぶん は 、 彼かれ を 手て な ず ける ため 、 まず 、 顔かお に 偽にせ クリスチャンくりすちゃん の よう な 「 優しいやさしい 」 媚こび 笑えみ 《 びしょう 》 を 湛じん 《 たた 》 え 、 首くび を 三さん 十じゅう 度ど くらい 左ひだり に 曲げまげ て 、 彼かれ の 小さいちいさい 肩かた を 軽くかるく 抱きいだき 、 そうして 猫ねこ 撫 《 ねこ な 》 で 声こえ に 似に た 甘ったるいあまったるい 声こえ で 、 彼かれ を 自分じぶん の 寄宿きしゅく し て いる 家いえ に 遊びあそび に 来るくる よう しばしば 誘いさそい まし た が 、 彼かれ は 、 いつも 、 ぼんやり し た 眼め つき を し て 、 黙っだまっ て い まし た 。 しかし 、 自分じぶん は 、 或ある る 日ひ の 放課後ほうかご 、 たしか 初夏しょか の 頃ころ の 事こと でし た 、 夕立ちゆうだち が 白くしろく 降っふっ て 、 生徒せいと たち は 帰宅きたく に 困っこまっ て い た よう でし た が 、 自分じぶん は 家いえ が すぐ 近くちかく な ので 平気へいき で 外そと へ 飛び出とびで そう として 、 ふと 下駄げた 箱ばこ の かげ に 、 竹一たけいち が しょんぼり 立ったっ て いる の を 見つけみつけ 、 行こいこ う 、 傘かさ を 貸しかし て あげる 、 と 言いいい 、 臆おく する 竹たけ 一いち の 手て を 引っぱっひっぱっ て 、 一緒いっしょ に 夕立ちゆうだち の 中なか を 走りはしり 、 家いえ に 着いつい て 、 二に 人にん の 上衣うわぎ を 小母おば さん に 乾かしかわかし て もらう よう に たのみ 、 竹一たけいち を 二に 階かい の 自分じぶん の 部屋へや に 誘い込むさそいこむ の に 成功せいこう し まし た 。
その 家いえ に は 、 五ご 十じゅう すぎ の 小母おば さん と 、 三さん 十じゅう くらい の 、 眼鏡めがね を かけ て 、 病身びょうしん らしい 背せ の 高いたかい 姉あね 娘むすめ ( この 娘むすめ は 、 いちど よそ へ お 嫁よめ に 行っいっ て 、 それから また 、 家いえ へ 帰っかえっ て いる ひと でし た 。 自分じぶん は 、 この ひと を 、 ここ の 家いえ の ひと たち に ならっ て 、 アネサ と 呼んよん で い まし た ) それ と 、 最近さいきん 女学校じょがっこう を 卒業そつぎょう し た ばかり らしい 、 セッ ちゃん という 姉あね に 似に ず 背せ が 低くひくく 丸まる 顔がお の 妹いもうと 娘むすめ と 、 三さん 人にん だけ の 家族かぞく で 、 下した の 店みせ に は 、 文房具ぶんぼうぐ やら 運動うんどう 用具ようぐ を 少々しょうしょう 並べならべ て い まし た が 、 主おも な 収入しゅうにゅう は 、 なくなっ た 主人しゅじん が 建てたて て 残しのこし て 行っいっ た 五ご 六ろく 棟むね の 長屋ながや の 家賃やちん の よう でし た 。
「 耳みみ が 痛いいたい 」
竹一たけいち は 、 立ったっ た まま で そう 言いいい まし た 。
「 雨あめ に 濡れぬれ たら 、 痛くいたく なっ た よ 」
自分じぶん が 、 見み て みる と 、 両方りょうほう の 耳みみ が 、 ひどい 耳みみ だれ でし た 。 膿うみ 《 うみ 》 が 、 いま に も 耳殻じかく の 外そと に 流れ出よながれでよ う と し て い まし た 。
「 これ は 、 いけ ない 。 痛いいたい だろ う 」
と 自分じぶん は 大袈裟おおげさ 《 おおげさ 》 に おどろい て 見せみせ て 、
「 雨あめ の 中なか を 、 引っぱりひっぱり 出しだし たり し て 、 ごめん ね 」
と 女おんな の 言葉ことば みたい な 言葉ことば を 遣っやっ て 「 優しくやさしく 」 謝りあやまり 、 それから 、 下した へ 行っいっ て 綿めん と アルコールあるこうる を もらっ て 来き て 、 竹一たけいち を 自分じぶん の 膝ひざ 《 ひざ 》 を 枕まくら に し て 寝かせねかせ 、 念入りねんいり に 耳みみ の 掃除そうじ を し て やり まし た 。 竹一たけいち も 、 さすが に 、 これ が 偽善ぎぜん の 悪あく 計けい で ある こと に は 気附きづけ か なかっ た よう で 、
「 お前おまえ は 、 きっと 、 女おんな に 惚 《 ほ 》 れ られる よ 」
と 自分じぶん の 膝枕ひざまくら で 寝ね ながら 、 無む 智さとし なお 世辞せじ を 言っいっ た くらい でし た 。
しかし これ は 、 おそらく 、 あの 竹たけ 一いち も 意識いしき し なかっ た ほど の 、 おそろしい 悪魔あくま の 予言よげん の よう な もの だっ た という 事こと を 、 自分じぶん は 後年こうねん に 到っいたっ て 思い知りおもいしり まし た 。 惚れるほれる と 言いいい 、 惚れほれ られる と 言いいい 、 その 言葉ことば は ひどく 下品げひん で 、 ふざけ て 、 いかにも 、 やにさがっ た ものの 感じかんじ で 、 どんなに 所しょ 謂いい 「 厳粛げんしゅく 」 の 場ば で あっ て も 、 そこ へ この 言葉ことば が 一言ひとこと で も ひょいと 顔かお を 出すだす と 、 みるみる 憂鬱ゆううつ の 伽藍がらん 《 がらん 》 が 崩壊ほうかい し 、 ただ のっぺらぼう に なっ て しまう よう な 心地ここち が する もの です けれども 、 惚れほれ られる つら さ 、 など という 俗語ぞくご で なく 、 愛せあいせ られる 不安ふあん 、 と で も いう 文学ぶんがく 語ご を 用いるもちいる と 、 あながち 憂鬱ゆううつ の 伽藍がらん を ぶちこわす 事こと に は なら ない よう です から 、 奇妙きみょう な もの だ と 思いおもい ます 。
竹一たけいち が 、 自分じぶん に 耳みみ だれ の 膿うみ の 仕つかまつ 末まつ を し て もらっ て 、 お前おまえ は 惚れほれ られる という 馬鹿ばか な お 世辞せじ を 言いいい 、 自分じぶん は その 時とき 、 ただ 顔かお を 赤らめあからめ て 笑っわらっ て 、 何なに も 答えこたえ ませ ん でし た けれども 、 しかし 、 実はじつは 、 幽かそけ 《 かす 》 か に 思い当るおもいあたる ところ も あっ た の でし た 。 でも 、 「 惚れほれ られる 」 という よう な 野卑やひ な 言葉ことば に 依っよっ て 生じるしょうじる やにさがっ た 雰囲気ふんいき 《 ふん いき 》 に対してにたいして 、 そう 言わいわ れる と 、 思い当るおもいあたる ところ も ある 、 など と 書くかく の は 、 ほとんど 落語らくご の 若旦那わかだんな の せりふ に さえ なら ぬ くらい 、 おろかしい 感懐かんかい を 示すしめす よう な もの で 、 まさか 、 自分じぶん は 、 そんな ふざけ た 、 やにさがっ た 気持きもち で 、 「 思い当るおもいあたる ところ も あっ た 」 わけ で は 無いない の です 。
自分じぶん に は 、 人間にんげん の 女性じょせい の ほう が 、 男性だんせい より も さらに 数すう 倍ばい 難解なんかい でし た 。 自分じぶん の 家族かぞく は 、 女性じょせい の ほう が 男性だんせい より も 数かず が 多くおおく 、 また 親戚しんせき に も 、 女の子おんなのこ が たくさん あり 、 また れい の 「 犯罪はんざい 」 の 女中じょちゅう など も い まし て 、 自分じぶん は 幼いおさない 時とき から 、 女おんな と ばかり 遊んあそん で 育っそだっ た と いっ て も 過言かごん で は ない と 思っおもっ て い ます が 、 それ は 、 また 、 しかし 、 実にじつに 、 薄氷はくひょう を 踏むふむ 思いおもい で 、 その 女おんな の ひと たち と 附ふ 合っあっ て 来き た の です 。 ほとんど 、 まるで 見当けんとう が 、 つか ない の です 。 五里霧中ごりむちゅう で 、 そうして 時たまときたま 、 虎の尾とらのお を 踏むふむ 失敗しっぱい を し て 、 ひどい 痛手いたで を 負いおい 、 それ が また 、 男性だんせい から 受けるうける 笞むち 《 むち 》 と ちがっ て 、 内うち 出血しゅっけつ みたい に 極度きょくど に 不快ふかい に 内攻ないこう し て 、 なかなか 治癒ちゆ 《 ち ゆ 》 し 難いがたい 傷きず でし た 。
女おんな は 引き寄せひきよせ て 、 つっ放すつっぱなす 、 或いはあるいは また 、 女おんな は 、 人ひと の いる ところ で は 自分じぶん を さげすみ 、 邪慳じゃけん 《 じゃ けん 》 に し 、 誰だれ も い なく なる と 、 ひしと 抱きしめるだきしめる 、 女おんな は 死んしん だ よう に 深くふかく 眠るねむる 、 女おんな は 眠るねむる ため に 生きいき て いる の で は ない かしら 、 その他そのた 、 女おんな に 就いつい て の さまざま の 観察かんさつ を 、 すでに 自分じぶん は 、 幼年ようねん 時代じだい から 得え て い た の です が 、 同じおなじ 人類じんるい の よう で あり ながら 、 男おとこ と は また 、 全くまったく 異あや っ た 生きものいきもの の よう な 感じかんじ で 、 そうして また 、 この 不可解ふかかい で 油断ゆだん の なら ぬ 生きものいきもの は 、 奇妙きみょう に 自分じぶん を かまう の でし た 。 「 惚れほれ られる 」 なんて いう 言葉ことば も 、 また 「 好かすか れる 」 という 言葉ことば も 、 自分じぶん の 場合ばあい に は ちっとも 、 ふさわしく なく 、 「 かまわ れる 」 と でも 言っいっ た ほう が 、 まだしも 実状じつじょう の 説明せつめい に 適してきし て いる かも 知れしれ ませ ん 。
女おんな は 、 男おとこ より も 更にさらに 、 道化どうけ に は 、 くつろぐ よう でし た 。 自分じぶん が お 道化どうけ を 演じえんじ 、 男おとこ は さすが に いつ まで も ゲラゲラげらげら 笑っわらっ て も い ませ ん し 、 それに 自分じぶん も 男おとこ の ひと に対しにたいし 、 調子ちょうし に 乗っのっ て あまり お 道化どうけ を 演じえんじ すぎる と 失敗しっぱい する という 事こと を 知っしっ て い まし た ので 、 必ずかならず 適当てきとう の ところ で 切り上げるきりあげる よう に 心掛けこころがけ て い まし た が 、 女おんな は 適度てきど という 事こと を 知らしら ず 、 いつ まで も い つ まで も 、 自分じぶん に お 道化どうけ を 要求ようきゅう し 、 自分じぶん は その 限りかぎり ない アンコールあんこうる に 応じおうじ て 、 へとへと に なる の でし た 。 実にじつに 、 よく 笑うわらう の です 。 いったい に 、 女おんな は 、 男おとこ より も 快楽かいらく を よけい に 頬張るほおばる 事こと が 出来るできる よう です 。
自分じぶん が 中学ちゅうがく 時代じだい に 世話せわ に なっ た その 家いえ の 姉あね 娘むすめ も 、 妹いもうと 娘むすめ も 、 ひま さえ あれ ば 、 二に 階かい の 自分じぶん の 部屋へや に やって来やってき て 、 自分じぶん は その 度ど 毎ごと に 飛びとび 上らのぼら ん ばかり に ぎょっと し て 、 そうして 、 ひたすら おびえ 、
「 御ご 勉強べんきょう ? 」
「 いいえ 」
と 微笑びしょう し て 本ほん を 閉じとじ 、
「 きょう ね 、 学校がっこう で ね 、 コンボウ という 地理ちり の 先生せんせい が ね 」
と するする 口くち から 流れ出るながれでる もの は 、 心こころ に も 無いない 滑稽こっけい 噺はなし でし た 。
「 葉よう ちゃん 、 眼鏡めがね を かけ て ごらん 」
或ある る 晩ばん 、 妹いもうと 娘むすめ の セッ ちゃん が 、 アネサ と 一緒いっしょ に 自分じぶん の 部屋へや へ 遊びあそび に 来き て 、 さんざん 自分じぶん に お 道化どうけ を 演じえんじ させ た 揚句あげく の 果はて に 、 そんな 事こと を 言い出しいいだし まし た 。
「 なぜ ? 」
「 いい から 、 かけ て ごらん 。 アネサ の 眼鏡めがね を 借りかり なさい 」
いつ でも 、 こんな 乱暴らんぼう な 命令めいれい 口調くちょう で 言ういう の でし た 。 道化師どうけし は 、 素直すなお に アネサ の 眼鏡めがね を かけ まし た 。 とたんに 、 二に 人にん の 娘むすめ は 、 笑いころげわらいころげ まし た 。
「 そっくり 。 ロイド に 、 そっくり 」
当時とうじ 、 ハロルド・ロイド とかいう 外国がいこく の 映画えいが の 喜劇きげき 役者やくしゃ が 、 日本にっぽん で 人気にんき が あり まし た 。
自分じぶん は 立ったっ て 片手かたて を 挙げあげ 、
「 諸君しょくん 」
と 言いいい 、
「 この たび 、 日本にっぽん の ファンふぁん の 皆様みなさま がた に 、 … … 」
と 一場いちじょう の 挨拶あいさつ を 試みこころみ 、 さらに 大笑いおおわらい さ せ て 、 それから 、 ロイド の 映画えいが が その まち の 劇場げきじょう に 来るくる たび 毎ごと に 見み に 行っいっ て 、 ひそか に 彼かれ の 表情ひょうじょう など を 研究けんきゅう し まし た 。
また 、 或ある る 秋あき の 夜よる 、 自分じぶん が 寝ね ながら 本ほん を 読んよん で いる と 、 アネサ が 鳥とり の よう に 素早くすばやく 部屋へや へ はいっ て 来き て 、 いきなり 自分じぶん の 掛蒲団かけぶとん の 上うえ に 倒れたおれ て 泣きなき 、
「 葉よう ちゃん が 、 あたし を 助けたすけ て くれる の だ わ ね 。 そう だ わ ね 。 こんな 家いえ 、 一緒いっしょ に 出で て しまっ た ほう が いい の だ わ 。 助けたすけ て ね 。 助けたすけ て 」
など と 、 はげしい 事こと を 口走っくちばしっ て は 、 また 泣くなく の でし た 。 けれども 、 自分じぶん に は 、 女おんな から 、 こんな 態度たいど を 見せつけみせつけ られる の は 、 これ が 最初さいしょ で は あり ませ ん でし た ので 、 アネサ の 過激かげき な 言葉ことば に も 、 さして 驚かおどろか ず 、 かえって その 陳腐ちんぷ 、 無む 内容ないよう に 興きょう が 覚めさめ た 心地ここち で 、 そっと 蒲団ふとん から 脱だっ け 出しだし 、 机つくえ の 上うえ の 柿かき を むい て 、 その 一いち きれ を アネサ に 手渡してわたし て やり まし た 。 すると 、 アネサ は 、 しゃくり上げしゃくりあげ ながら その 柿かき を 食べたべ 、
「 何なに か 面白いおもしろい 本ほん が 無いない ? 貸しかし て よ 」
と 言いいい まし た 。
自分じぶん は 漱石そうせき の 「 吾輩わがはい は 猫ねこ で ある 」 という 本ほん を 、 本棚ほんだな から 選んえらん で あげ まし た 。
「 ごちそうさま 」
アネサ は 、 恥ずかしはずかし そう に 笑っわらっ て 部屋へや から 出で て 行きいき まし た が 、 この アネサ に 限らかぎら ず 、 いったい 女おんな は 、 どんな 気持きもち で 生きいき て いる の か を 考えるかんがえる 事こと は 、 自分じぶん にとって 、 蚯蚓みみず 《 みみず 》 の 思いおもい を さぐる より も 、 ややこしく 、 わずらわしく 、 薄すすき 気味ぎみ の 悪いわるい もの に 感ぜかんぜ られ て い まし た 。 ただ 、 自分じぶん は 、 女おんな が あんなに 急きゅう に 泣きなき 出しだし たり し た 場合ばあい 、 何なに か 甘いあまい もの を 手渡してわたし て やる と 、 それ を 食べたべ て 機嫌きげん を 直すなおす という 事こと だけ は 、 幼いおさない 時とき から 、 自分じぶん の 経験けいけん に 依っよっ て 知っしっ て い まし た 。
また 、 妹いもうと 娘むすめ の セッ ちゃん は 、 その 友だちともだち まで 自分じぶん の 部屋へや に 連れつれ て 来き て 、 自分じぶん が れい に 依っよっ て 公平こうへい に 皆みな を 笑わせわらわせ 、 友だちともだち が 帰るかえる と 、 セッ ちゃん は 、 必ずかならず その 友だちともだち の 悪口わるぐち を 言ういう の でし た 。 あの ひと は 不良ふりょう 少女しょうじょ だ から 、 気き を つける よう に 、 と きまって 言ういう の でし た 。 そん なら 、 わざわざ 連れつれ て 来こ なけれ ば 、 よい のに 、 おかげ で 自分じぶん の 部屋へや の 来客らいきゃく の 、 ほとんど 全部ぜんぶ が 女おんな 、 という 事こと に なっ て しまい まし た 。
しかし 、 それ は 、 竹たけ 一いち の お 世辞せじ の 「 惚れほれ られる 」 事ごと の 実現じつげん で は 未だいまだ 決してけっして 無かっなかっ た の でし た 。 つまり 、 自分じぶん は 、 日本にっぽん の 東北とうほく の ハロルド・ロイド に 過ぎすぎ なかっ た の です 。 竹たけ 一いち の 無む 智さとし なお 世辞せじ が 、 いまわしい 予言よげん として 、 な ま なま と 生きいき て 来き て 、 不吉ふきつ な 形かたち 貌 を 呈するていする よう に なっ た の は 、 更にさらに それ から 、 数すう 年ねん 経ったっ た 後のち の 事こと で あり まし た 。
竹一たけいち は 、 また 、 自分じぶん に もう 一つひとつ 、 重大じゅうだい な 贈り物おくりもの を し て い まし た 。
「 お化けおばけ の 絵え だ よ 」
いつか 竹一たけいち が 、 自分じぶん の 二に 階かい へ 遊びあそび に 来き た 時とき 、 ご 持参じさん の 、 一いち 枚まい の 原色げんしょく 版ばん の 口絵くちえ を 得意とくい そう に 自分じぶん に 見せみせ て 、 そう 説明せつめい し まし た 。
おや ? と 思いおもい まし た 。 その 瞬間しゅんかん 、 自分じぶん の 落ち行くおちゆく 道みち が 決定けってい せら れ た よう に 、 後年こうねん に 到っいたっ て 、 そんな 気き が し て なり ませ ん 。 自分じぶん は 、 知っしっ て い まし た 。 それ は 、 ゴッホごっほ の 例れい の 自画じが 像ぞう に 過ぎすぎ ない の を 知っしっ て い まし た 。 自分じぶん たち の 少年しょうねん の 頃ころ に は 、 日本にっぽん で は フランスふらんす の 所ところ 謂いい 印象派いんしょうは の 画が が 大だい 流行りゅうこう し て い て 、 洋画ようが 鑑賞かんしょう の 第一歩だいいっぽ を 、 たいてい この あたり から はじめ た もの で 、 ゴッホごっほ 、 ゴーギャン 、 セザンヌ 、 ルナアル など という ひと の 絵え は 、 田舎いなか の 中学生ちゅうがくせい で も 、 たいてい その 写真しゃしん 版ばん を 見み て 知っしっ て い た の でし た 。 自分じぶん など も 、 ゴッホごっほ の 原色げんしょく 版ばん を かなり たくさん 見み て 、 タッチたっち の 面白おもしろ さ 、 色彩しきさい の 鮮やかあざやか さ に 興趣きょうしゅ を 覚えおぼえ て は い た の です が 、 しかし 、 お化けおばけ の 絵え 、 だ と は 、 いちど も 考えかんがえ た 事こと が 無かっなかっ た の でし た 。
「 では 、 こんな の は 、 どう かしら 。 やっぱり 、 お化けおばけ かしら 」
自分じぶん は 本棚ほんだな から 、 モジリアニ の 画集がしゅう を 出しだし 、 焼けやけ た 赤銅しゃくどう の よう な 肌はだ の 、 れい の 裸婦らふ の 像ぞう を 竹たけ 一いち に 見せみせ まし た 。
「 すげ え なあ 」
竹一たけいち は 眼め を 丸くまるく し て 感嘆かんたん し まし た 。
「 地獄じごく の 馬うま みたい 」
「 やっぱり 、 お化けおばけ か ね 」
「 おれ も 、 こんな お化けおばけ の 絵え が かき たい よ 」
あまりに 人間にんげん を 恐怖きょうふ し て いる 人ひと たち は 、 かえって 、 もっと もっと 、 おそろしい 妖怪ようかい 《 ようかい 》 を 確実かくじつ に この 眼め で 見み たい と 願望がんぼう する に 到るいたる 心理しんり 、 神経質しんけいしつ な 、 もの に おびえ 易いやすい 人ひと ほど 、 暴風雨ぼうふうう の 更にさらに 強からつよから ん 事こと を 祈るいのる 心理しんり 、 ああ 、 この 一群いちぐん の 画家がか たち は 、 人間にんげん という 化け物ばけもの に 傷きず 《 い た 》 め つけ られ 、 おびやかさ れ た 揚句あげく の 果はて 、 ついに 幻影げんえい を 信じしんじ 、 白昼はくちゅう の 自然しぜん の 中なか に 、 ありあり と 妖怪ようかい を 見み た の だ 、 しかも 彼等かれら は 、 それ を 道化どうけ など で ごまかさ ず 、 見えみえ た まま の 表現ひょうげん に 努力どりょく し た の だ 、 竹たけ 一いち の 言ういう よう に 、 敢然とかんぜんと 「 お化けおばけ の 絵え 」 を かい て しまっ た の だ 、 ここ に 将来しょうらい の 自分じぶん の 、 仲間なかま が いる 、 と 自分じぶん は 、 涙なみだ が 出で た ほど に 興奮こうふん し 、
「 僕ぼく も 画くえがく よ 。 お化けおばけ の 絵え を 画くえがく よ 。 地獄じごく の 馬うま を 、 画くえがく よ 」
と 、 なぜ だ か 、 ひどく 声こえ を ひそめ て 、 竹たけ 一いち に 言っいっ た の でし た 。
自分じぶん は 、 小学校しょうがっこう の 頃ころ から 、 絵え は かく の も 、 見るみる の も 好きすき でし た 。 けれども 、 自分じぶん の かい た 絵え は 、 自分じぶん の 綴りつづり 方かた ほど に は 、 周囲しゅうい の 評判ひょうばん が 、 よく あり ませ ん でし た 。 自分じぶん は 、 どだい 人間にんげん の 言葉ことば を 一向にいっこうに 信用しんよう し て い ませ ん でし た ので 、 綴りつづり 方かた など は 、 自分じぶん にとって 、 ただ お 道化どうけ の 御ご 挨拶あいさつ みたい な もの で 、 小学校しょうがっこう 、 中学校ちゅうがっこう 、 と 続いつづい て 先生せんせい たち を 狂喜きょうき さ せ て 来き まし た が 、 しかし 、 自分じぶん で は 、 さっぱり 面白くおもしろく なく 、 絵え だけ は 、 ( 漫画まんが など は 別べつ です けれども ) その 対象たいしょう の 表現ひょうげん に 、 幼いおさない 我流がりゅう ながら 、 多少たしょう の 苦心くしん を 払っはらっ て い まし た 。 学校がっこう の 図画ずが の お手本おてほん は つまらない し 、 先生せんせい の 絵え は 下手くそへたくそ だ し 、 自分じぶん は 、 全くまったく 出鱈目でたらめ に さまざま の 表現ひょうげん 法ほう を 自分じぶん で 工夫くふう し て 試みこころみ なけれ ば なら ない の でし た 。 中学校ちゅうがっこう へ はいっ て 、 自分じぶん は 油絵あぶらえ の 道具どうぐ も 一いち | 揃そろい 《 そろ 》 い 持っもっ て い まし た が 、 しかし 、 その タッチたっち の 手本てほん を 、 印象派いんしょうは の 画風がふう に 求めもとめ て も 、 自分じぶん の 画いえがい た もの は 、 まるで 千代紙ちよがみ 細工ざいく の よう に のっぺり し て 、 もの に なり そう も あり ませ ん でし た 。 けれども 自分じぶん は 、 竹たけ 一いち の 言葉ことば に 依っよっ て 、 自分じぶん の それ まで の 絵画かいが に対するにたいする 心構えこころがまえ が 、 まるで 間違っまちがっ て いた事いたこと に 気き が 附きつき まし た 。 美しいうつくしい と 感じかんじ た もの を 、 そのまま 美しくうつくしく 表現ひょうげん しよ う と 努力どりょく する 甘あま さ 、 おろかし さ 。 マイまい スターすたあ たち は 、 何なに で も 無いない もの を 、 主観しゅかん に 依っよっ て 美しくうつくしく 創造そうぞう し 、 或いはあるいは 醜いみにくい もの に 嘔吐おうと 《 おうと 》 を もよおし ながら も 、 それ に対するにたいする 興味きょうみ を 隠さかくさ ず 、 表現ひょうげん の よろこび に ひたっ て いる 、 つまり 、 人ひと の 思惑おもわく に 少しすこし も たよっ て い ない らしい という 、 画が 法ほう の プリミチヴ な 虎の巻とらのまき を 、 竹たけ 一いち から 、 さずけ られ て 、 れい の 女おんな の 来客らいきゃく たち に は 隠しかくし て 、 少しすこし ずつ 、 自画じが 像ぞう の 制作せいさく に 取りかかっとりかかっ て み まし た 。
自分じぶん で も 、 ぎょっと し た ほど 、 陰惨いんさん な 絵え が 出来でき 上りのぼり まし た 。 しかし 、 これ こそ 胸底きょうてい に ひた隠しひたかくし に 隠しかくし て いる 自分じぶん の 正体しょうたい な の だ 、 おも て は 陽気ようき に 笑いわらい 、 また 人ひと を 笑わせわらわせ て いる けれども 、 実はじつは 、 こんな 陰鬱いんうつ な 心こころ を 自分じぶん は 持っもっ て いる の だ 、 仕方しかた が 無いない 、 と ひそか に 肯定こうてい し 、 けれども その 絵え は 、 竹たけ 一いち 以外いがい の 人ひと に は 、 さすが に 誰だれ に も 見せみせ ませ ん でし た 。 自分じぶん の お 道化どうけ の 底そこ の 陰惨いんさん を 見破らみやぶら れ 、 急きゅう に ケチけち くさく 警戒けいかい せ られる の も いや でし た し 、 また 、 これ を 自分じぶん の 正体しょうたい と も 気づかきづか ず 、 やっぱり 新しん 趣向しゅこう の お 道化どうけ と 見なさみなさ れ 、 大笑いおおわらい の 種たね に せら れる かも 知れしれ ぬ という 懸念けねん も あり 、 それ は 何なに より も つらい 事こと でし た ので 、 その 絵え は すぐ に 押入れおしいれ の 奥深くおくふかく しまい 込みこみ まし た 。
また 、 学校がっこう の 図画ずが の 時間じかん に も 、 自分じぶん は あの 「 お化けおばけ 式しき 手法しゅほう 」 は 秘めひめ て 、 いま まで どおり の 美しいうつくしい もの を 美しくうつくしく 画くえがく 式しき の 凡庸ぼんよう な タッチたっち で 画いえがい て い まし た 。
自分じぶん は 竹たけ 一いち に だけ は 、 前まえ から 自分じぶん の 傷みいたみ 易いやすい 神経しんけい を 平気へいき で 見せみせ て い まし た し 、 こんど の 自画じが 像ぞう も 安心あんしん し て 竹たけ 一いち に 見せみせ 、 たいへん ほめ られ 、 さらに 二に 枚まい 三さん 枚まい と 、 お化けおばけ の 絵え を 画きえがき つづけ 、 竹たけ 一いち から もう 一つひとつ の 、
「 お前おまえ は 、 偉いえらい 絵え 画きえがき に なる 」
という 予言よげん を 得え た の でし た 。
惚れほれ られる という 予言よげん と 、 偉いえらい 絵え 画きえがき に なる という 予言よげん と 、 この 二つふたつ の 予言よげん を 馬鹿ばか の 竹たけ 一いち に 依っよっ て 額がく に 刻こく 印せしるせ られ て 、 やがて 、 自分じぶん は 東京とうきょう へ 出で て 来き まし た 。
自分じぶん は 、 美術びじゅつ 学校がっこう に はいり たかっ た の です が 、 父ちち は 、 前まえ から 自分じぶん を 高等こうとう 学校がっこう に いれ て 、 末すえ は 官吏かんり に する つもり で 、 自分じぶん に も それ を 言い渡しいいわたし て あっ た ので 、 口くち 応えこたえ 一つひとつ 出来でき ない たち の 自分じぶん は 、 ぼんやり それ に 従っしたがっ た の でし た 。 四よん 年ねん から 受けうけ て 見よみよ 、 と 言わいわ れ た ので 、 自分じぶん も 桜さくら と 海うみ の 中学ちゅうがく は もう いい加減いいかげん あき て い まし た し 、 五ご 年ねん に 進級しんきゅう せ ず 、 四よん 年ねん 修了しゅうりょう の まま で 、 東京とうきょう の 高等こうとう 学校がっこう に 受験じゅけん し て 合格ごうかく し 、 すぐ に 寮りょう 生活せいかつ に はいり まし た が 、 その 不潔ふけつ と 粗暴そぼう に 辟易へきえき 《 へきえき 》 し て 、 道化どうけ どころ で は なく 、 医師いし に 肺浸潤はいしんじゅん の 診断しんだん 書しょ を 書いかい て もらい 、 寮りょう から 出で て 、 上野桜木うえのさくらぎ 町まち の 父ちち の 別荘べっそう に 移りうつり まし た 。 自分じぶん に は 、 団体だんたい 生活せいかつ という もの が 、 どうしても 出来でき ませ ん 。 それに また 、 青春せいしゅん の 感激かんげき だ とか 、 若人わこうど の 誇りほこり だ とかいう 言葉ことば は 、 聞いきい て 寒気さむけ が し て 来き て 、 とても 、 あの 、 ハイスクールはいすくうる ・ スピリットすぴりっと とかいう もの に は 、 つい て 行けいけ なかっ た の です 。 教室きょうしつ も 寮りょう も 、 ゆがめ られ た 性慾せいよく の 、 はきだめ みたい な 気き さえ し て 、 自分じぶん の 完璧かんぺき 《 かん ぺき 》 に 近いちかい お 道化どうけ も 、 そこ で は 何なに の 役やく に も 立ちたち ませ ん でし た 。
父ちち は 議会ぎかい の 無いない 時とき は 、 月つき に 一いち 週間しゅうかん か 二に 週間しゅうかん しか その 家いえ に 滞在たいざい し て い ませ ん でし た ので 、 父ちち の 留守るす の 時とき は 、 かなり 広いひろい その 家いえ に 、 別荘べっそう 番ばん の 老ろう 夫婦ふうふ と 自分じぶん と 三さん 人にん だけ で 、 自分じぶん は 、 ちょいちょい 学校がっこう を 休んやすん で 、 さりとて 東京とうきょう 見物けんぶつ など を する 気き も 起らおこら ず ( 自分じぶん は とうとう 、 明治めいじ 神宮じんぐう も 、 楠くすのき 正成まさしげ 《 くす の き まさし げ 》 の 銅像どうぞう も 、 泉岳寺せんがくじ の 四よん 十じゅう 七なな 士し の 墓はか も 見み ず に 終りおわり そう です ) 家か で 一いち 日にち 中ちゅう 、 本ほん を 読んよん だり 、 絵え を かい たり し て い まし た 。 父ちち が 上京じょうきょう し て 来るくる と 、 自分じぶん は 、 毎朝まいあさ そそくさ と 登校とうこう する の でし た が 、 しかし 、 本郷ほんごう 千駄木せんだぎ 町まち の 洋画ようが 家か 、 安田やすだ 新太郎しんたろう 氏し の 画が 塾じゅく に 行きいき 、 三さん 時間じかん も 四よん 時間じかん も 、 デッサンでっさん の 練習れんしゅう を し て いる 事こと も あっ た の です 。 高等こうとう 学校がっこう の 寮りょう から 脱だつ け たら 、 学校がっこう の 授業じゅぎょう に 出で て も 、 自分じぶん は まるで 聴講生ちょうこうせい みたい な 特別とくべつ の 位置いち に いる よう な 、 それ は 自分じぶん の ひがみ かも 知れしれ なかっ た の です が 、 何ともなんとも 自分じぶん 自身じしん で 白々しいしらじらしい 気持きもち が し て 来き て 、 いっそう 学校がっこう へ 行くいく の が 、 おっくう に なっ た の でし た 。 自分じぶん に は 、 小学校しょうがっこう 、 中学校ちゅうがっこう 、 高等こうとう 学校がっこう を通じてをつうじて 、 ついに 愛あい 校こう 心しん という もの が 理解りかい でき ず に 終りおわり まし た 。 校歌こうか など という もの も 、 いちど も 覚えよおぼえよ う と し た 事こと が あり ませ ん 。
自分じぶん は 、 やがて 画が 塾じゅく で 、 或ある る 画が 学生がくせい から 、 酒さけ と 煙草たばこ と 淫売いんばい 婦ふ 《 いん ば いふ 》 と 質屋しちや と 左翼さよく 思想しそう と を 知らさしらさ れ まし た 。 妙みょう な 取合せとりあわせ でし た が 、 しかし 、 それ は 事実じじつ でし た 。
その 画が 学生がくせい は 、 堀木ほりき 正雄まさお と いっ て 、 東京とうきょう の 下町したまち に 生れうまれ 、 自分じぶん より 六つむっつ 年長ねんちょう 者しゃ で 、 私立しりつ の 美術びじゅつ 学校がっこう を 卒業そつぎょう し て 、 家いえ に アトリエあとりえ が 無いない ので 、 この 画が 塾じゅく に 通いかよい 、 洋画ようが の 勉強べんきょう を つづけ て いる の だ そう です 。
「 五ご 円えん 、 貸しかし て くれ ない か 」
お互いおたがい ただ 顔がお を 見知っみしっ て いる だけ で 、 それ まで 一言ひとこと も 話はなし 合っあっ た 事こと が 無かっなかっ た の です 。 自分じぶん は 、 へどもど し て 五ご 円えん 差し出しさしだし まし た 。
「 よし 、 飲ものも う 。 おれ が 、 お前おまえ に おごる ん だ 。 よ か チゴ じゃ のう 」
自分じぶん は 拒否きょひ し 切れきれ ず 、 その 画が 塾じゅく の 近くちかく の 、 蓬莱ほうらい 《 ほう らい 》 町まち の カフエ に 引っぱっひっぱっ て 行かいか れ た の が 、 彼かれ と の 交友こうゆう の はじまり でし た 。
「 前まえ から 、 お前おまえ に 眼め を つけ て い た ん だ 。 それ それ 、 その はにかむ よう な 微笑びしょう 、 それ が 見込みみこみ の ある 芸術げいじゅつ 家か 特有とくゆう の 表情ひょうじょう な ん だ 。 お 近づきちかづき の しるし に 、 乾杯かんぱい ! キヌきぬ さん 、 こいつ は 美男びなん 子こ だろ う ? 惚れほれ ちゃ いけ ない ぜ 。 こいつ が 塾じゅく へ 来き た おかげ で 、 残念ざんねん ながら おれ は 、 第だい 二に 番ばん の 美男びなん 子こ という 事こと に なっ た 」
堀木ほりき は 、 色いろ が 浅黒くあさぐろく 端正たんせい な 顔かお を し て い て 、 画が 学生がくせい に は 珍ちん らしく 、 ちゃんと し た 脊 広ひろ 《 せびろ 》 を 着き て 、 ネクタイねくたい の 好みこのみ も 地味じみ で 、 そうして 頭髪とうはつ も ポマードぽまあど を つけ て まん中まんなか から ぺったり と わけ て い まし た 。
自分じぶん は 馴れなれ ぬ 場所ばしょ で も あり 、 ただ もう おそろしく 、 腕うで を 組んくん だり ほどい たり し て 、 それ こそ 、 はにかむ よう な 微笑びしょう ばかり し て い まし た が 、 ビイル を 二に 、 三さん 杯はい 飲んのん で いる うち に 、 妙みょう に 解放かいほう せら れ た よう な 軽かる さ を 感じかんじ て 来き た の です 。
「 僕ぼく は 、 美術びじゅつ 学校がっこう に はいろ う と 思っおもっ て い た ん です けど 、 … … 」
「 いや 、 つまら ん 。 あんな ところ は 、 つまら ん 。 学校がっこう は 、 つまら ん 。 われ ら の 教師きょうし は 、 自然しぜん の 中なか に あり ! 自然しぜん に対するにたいする パアトス ! 」
しかし 、 自分じぶん は 、 彼かれ の 言ういう 事こと に 一向にいっこうに 敬意けいい を 感じかんじ ませ ん でし た 。 馬鹿ばか な ひと だ 、 絵え も 下手へた に ちがい ない 、 しかし 、 遊ぶあそぶ の に は 、 いい 相手あいて かも 知れしれ ない と 考えかんがえ まし た 。 つまり 、 自分じぶん は その 時とき 、 生れうまれ て はじめ て 、 ほん もの の 都会とかい の 与太者よたもの を 見み た の でし た 。 それ は 、 自分じぶん と 形かたち は 違っちがっ て い て も 、 やはり 、 この世このよ の 人間にんげん の 営みいとなみ から 完全かんぜん に 遊離ゆうり し て しまっ て 、 戸と 迷いまよい し て いる 点てん に 於いおい て だけ は 、 たしかに 同類どうるい な の でし た 。 そうして 、 彼かれ は その お 道化どうけ を 意識いしき せ ず に 行いおこない 、 しかも 、 その お 道化どうけ の 悲惨ひさん に 全くまったく 気がついきがつい て い ない の が 、 自分じぶん と 本質ほんしつ 的てき に 異色いしょく の ところ でし た 。
ただ 遊ぶあそぶ だけ だ 、 遊びあそび の 相手あいて として 附ふ 合っあっ て いる だけ だ 、 と つねに 彼かれ を 軽蔑けいべつ 《 けいべつ 》 し 、 時にはときには 彼かれ と の 交友こうゆう を 恥ずかしくはずかしく さえ 思いおもい ながら 、 彼かれ と 連れ立っつれだっ て 歩いあるい て いる うち に 、 結局けっきょく 、 自分じぶん は 、 この 男おとこ に さえ 打ち破らうちやぶら れ まし た 。
しかし 、 はじめ は 、 この 男おとこ を 好人物こうじんぶつ 、 まれ に 見るみる 好人物こうじんぶつ と ばかり 思い込みおもいこみ 、 さすが 人間にんげん 恐怖きょうふ の 自分じぶん も 全くまったく 油断ゆだん を し て 、 東京とうきょう の よい 案内あんない 者しゃ が 出来でき た 、 くらい に 思っおもっ て い まし た 。 自分じぶん は 、 実はじつは 、 ひとり で は 、 電車でんしゃ に 乗るのる と 車掌しゃしょう が おそろしく 、 歌舞伎座かぶきざ へ はいり たく て も 、 あの 正面しょうめん 玄関げんかん の 緋ひ 《 ひ 》 の 絨緞じゅうたん 《 じゅうたん 》 が 敷かしか れ て ある 階段かいだん の 両側りょうがわ に 並んならん で 立ったっ て いる 案内あんない 嬢じょう たち が おそろしく 、 レストランれすとらん へ はいる と 、 自分じぶん の 背後はいご に ひっそり 立ったっ て 、 皿さら の あく の を 待っまっ て いる 給仕きゅうじ の ボーイぼうい が おそろしく 、 殊こと に も 勘定かんじょう を 払うはらう 時とき 、 ああ 、 ぎごち ない 自分じぶん の 手つきてつき 、 自分じぶん は 買い物かいもの を し て お金おかね を 手渡すてわたす 時とき に は 、 吝嗇りんしょく 《 りん しょく 》 ゆえ で なく 、 あまり の 緊張きんちょう 、 あまりの 恥ずかしはずかし さ 、 あまり の 不安ふあん 、 恐怖きょうふ に 、 くらくら 目まいめまい し て 、 世界せかい が 真暗まっくら に なり 、 ほとんど 半はん 狂乱きょうらん の 気持きもち に なっ て しまっ て 、 値切るねぎる どころか 、 お釣おつり を 受け取るうけとる の を 忘れるわすれる ばかり で なく 、 買っかっ た 品物しなもの を 持ち帰るもちかえる の を 忘れわすれ た 事こと さえ 、 しばしば あっ た ほど な ので 、 とても 、 ひとり で 東京とうきょう の まち を 歩けあるけ ず 、 それで 仕方しかた なく 、 一いち 日にち 一ぱいいっぱい 家か の 中なか で 、 ごろごろ し て い た という 内情ないじょう も あっ た の でし た 。
それ が 、 堀木ほりき に 財布さいふ を 渡しわたし て 一緒いっしょ に 歩くあるく と 、 堀木ほりき は 大いにおおいに 値切っねぎっ て 、 しかも 遊びあそび 上手じょうず という の か 、 わずか な お金おかね で 最大さいだい の 効果こうか の ある よう な 支払いしはらい 振りふり を 発揮はっき し 、 また 、 高いたかい 円タクえんたく は 敬遠けいえん し て 、 電車でんしゃ 、 バスばす 、 ポンポンぽんぽん 蒸気じょうき など 、 それぞれ 利用りよう し 分けわけ て 、 最短さいたん 時間じかん で 目的もくてき 地ち へ 着くつく という 手腕しゅわん を も 示ししめし 、 淫売いんばい 婦ふ の ところ から 朝あさ 帰るかえる 途中とちゅう に は 、 何なに 々 という 料亭りょうてい に 立ち寄ったちよっ て 朝風呂あさぶろ へ はいり 、 湯豆腐ゆどうふ で 軽くかるく お 酒さけ を 飲むのむ の が 、 安いやすい 割わり に 、 ぜいたく な 気分きぶん に なれる もの だ と 実地じっち 教育きょういく を し て くれ たり 、 その他そのた 、 屋台やたい の 牛うし めし 焼しょう とり の 安価あんか に し て 滋養じよう に 富むとむ もの たる 事こと を 説きとき 、 酔いよい の 早くはやく 発するはっする の は 、 電気でんき ブラン の 右みぎ に 出るでる もの は ない と 保証ほしょう し 、 とにかく その 勘定かんじょう に 就いつい て は 自分じぶん に 、 一つひとつ も 不安ふあん 、 恐怖きょうふ を 覚えおぼえ させ た 事こと が あり ませ ん でし た 。
さらに また 、 堀木ほりき と 附ふ 合っあっ て 救わすくわ れる の は 、 堀木ほりき が 聞き手ききて の 思惑おもわく など を てんで 無視むし し て 、 その 所ところ 謂いい | 情熱じょうねつ 《 パトスぱとす 》 の 噴出ふんしゅつ する が まま に 、 ( 或いはあるいは 、 情熱じょうねつ と は 、 相手あいて の 立場たちば を 無視むし する 事こと かも 知れしれ ませ ん が ) 四よん 六ろく 時じ 中ちゅう 、 くだらない おしゃべり を 続けつづけ 、 あの 、 二に 人にん で 歩いあるい て 疲れつかれ 、 気まずいきまずい 沈黙ちんもく に おちいる 危懼きく 《 きく 》 が 、 全くまったく 無いない という 事こと でし た 。 人ひと に 接しせっし 、 あの おそろしい 沈黙ちんもく が その 場ば に あらわれる 事こと を 警戒けいかい し て 、 もともと 口くち の 重いおもい 自分じぶん が 、 ここ を 先途せんど 《 せ ん ど 》 と 必死ひっし の お 道化どうけ を 言っいっ て 来き た もの です が 、 いま この 堀木ほりき の 馬鹿ばか が 、 意識いしき せ ず に 、 その お 道化どうけ 役やく を みずから すすん で やっ て くれ て いる ので 、 自分じぶん は 、 返事へんじ も ろくに せ ず に 、 ただ 聞き流しききながし 、 時折ときおり 、 まさか 、 など と 言っいっ て 笑っわらっ て おれ ば 、 いい の でし た 。
酒さけ 、 煙草たばこ 、 淫売いんばい 婦ふ 、 それ は 皆みな 、 人間にんげん 恐怖きょうふ を 、 たとい 一時いちじ でも 、 まぎらす 事こと の 出来るできる ずいぶん よい 手段しゅだん で ある 事こと が 、 やがて 自分じぶん に も わかっ て 来き まし た 。 それら の 手段しゅだん を 求めるもとめる ため に は 、 自分じぶん の 持ち物もちもの 全部ぜんぶ を 売却ばいきゃく し て も 悔いくい ない 気持きもち さえ 、 抱くいだく よう に なり まし た 。
自分じぶん に は 、 淫売いんばい 婦ふ という もの が 、 人間にんげん で も 、 女性じょせい で も ない 、 白痴はくち か 狂人きょうじん の よう に 見えみえ 、 その ふところ の 中なか で 、 自分じぶん は かえって 全くまったく 安心あんしん し て 、 ぐっすり 眠るねむる 事こと が 出来でき まし た 。 みんな 、 哀しいかなしい くらい 、 実にじつに みじん も 慾よく という もの が 無いない の でし た 。 そうして 、 自分じぶん に 、 同類どうるい の 親和しんわ 感かん と でも いっ た よう な もの を 覚えるおぼえる の か 、 自分じぶん は 、 いつも 、 その 淫売いんばい 婦ふ たち から 、 窮屈きゅうくつ で ない 程度ていど の 自然しぜん の 好意こうい を 示さしめさ れ まし た 。 何なに の 打算ださん も 無いない 好意こうい 、 押し売りおしうり で は 無いない 好意こうい 、 二度とにどと 来こ ない かも 知れしれ ぬ ひと へ の 好意こうい 、 自分じぶん に は 、 その 白痴はくち か 狂人きょうじん の 淫売いんばい 婦ふ たち に 、 マリヤまりや の 円光えんこう を 現実げんじつ に 見み た 夜よる も あっ た の です 。
しかし 、 自分じぶん は 、 人間にんげん へ の 恐怖きょうふ から のがれ 、 幽かかすか な 一夜いちや の 休養きゅうよう を 求めるもとめる ため に 、 そこ へ 行きいき 、 それ こそ 自分じぶん と 「 同類どうるい 」 の 淫売いんばい 婦ふ たち と 遊んあそん で いる うち に 、 いつのまに やら 無意識むいしき の 、 或ある る いまわしい 雰囲気ふんいき を 身辺しんぺん に いつも ただよわ せる よう に なっ た 様子ようす で 、 これ は 自分じぶん に も 全くまったく 思い設けおもいもうけ なかっ た 所ところ 謂いい 「 おまけ の 附録ふろく 」 でし た が 、 次第にしだいに その 「 附録ふろく 」 が 、 鮮明せんめい に 表面ひょうめん に 浮きうき 上っのぼっ て 来き て 、 堀木ほりき に それ を 指摘してき せら れ 、 愕然がくぜん 《 がく ぜん 》 として 、 そうして 、 いや な 気き が 致しいたし まし た 。 はた から 見み て 、 俗ぞく な 言い方いいかた を すれ ば 、 自分じぶん は 、 淫売いんばい 婦ふ に 依っよっ て 女おんな の 修行しゅぎょう を し て 、 しかも 、 最近さいきん めっきり 腕うで を あげ 、 女おんな の 修行しゅぎょう は 、 淫売いんばい 婦ふ に 依るよる の が 一いち ばん 厳しくきびしく 、 また それだけに 効果こうか の あがる もの だ そう で 、 既にすでに 自分じぶん に は 、 あの 、 「 女おんな 達者たっしゃ 」 という 匂いにおい が つきまとい 、 女性じょせい は 、 ( 淫売いんばい 婦ふ に 限らかぎら ず ) 本能ほんのう に 依っよっ て それ を 嗅ぎ当てかぎあて 寄り添っよりそっ て 来るくる 、 その よう な 、 卑猥ひわい 《 ひわい 》 で 不名誉ふめいよ な 雰囲気ふんいき を 、 「 おまけ の 附録ふろく 」 と し て もらっ て 、 そうして その ほう が 、 自分じぶん の 休養きゅうよう など より も 、 ひどく 目立っめだっ て しまっ て いる らしい の でし た 。
堀木ほりき は それ を 半分はんぶん は お 世辞せじ で 言っいっ た の でしょ う が 、 しかし 、 自分じぶん に も 、 重苦しくおもくるしく 思い当るおもいあたる 事こと が あり 、 たとえば 、 喫茶店きっさてん の 女おんな から 稚拙ちせつ な 手紙てがみ を もらっ た 覚えおぼえ も ある し 、 桜木さくらぎ 町まち の 家いえ の 隣りとなり の 将軍しょうぐん の はたち くらい の 娘むすめ が 、 毎朝まいあさ 、 自分じぶん の 登校とうこう の 時刻じこく に は 、 用よう も 無な さ そう な のに 、 ご 自分じぶん の 家いえ の 門もん を 薄化粧うすげしょう し て 出で たり は いっ たり し て い た し 、 牛肉ぎゅうにく を 食いくい に 行くいく と 、 自分じぶん が 黙っだまっ て い て も 、 そこ の 女中じょちゅう が 、 … … また 、 いつも 買いつけかいつけ の 煙草たばこ 屋や の 娘むすめ から 手渡さてわたさ れ た 煙草たばこ の 箱はこ の 中なか に 、 … … また 、 歌舞伎かぶき を 見み に 行っいっ て 隣りとなり の 席せき の ひと に 、 … … また 、 深夜しんや の 市電しでん で 自分じぶん が 酔っよっ て 眠っねむっ て い て 、 … … また 、 思いがけなくおもいがけなく 故郷こきょう の 親戚しんせき の 娘むすめ から 、 思いつめおもいつめ た よう な 手紙てがみ が 来き て 、 … … また 、 誰だれ か わから ぬ 娘むすめ が 、 自分じぶん の 留守るす 中ちゅう に お 手製てせい らしい 人形にんぎょう を 、 … … 自分じぶん が 極度きょくど に 消極しょうきょく 的てき な ので 、 いずれ も 、 それ っきり の 話はなし で 、 ただ 断片だんぺん 、 それ 以上いじょう の 進展しんてん は 一つひとつ も あり ませ ん でし た が 、 何なに か 女おんな に 夢ゆめ を 見み させる 雰囲気ふんいき が 、 自分じぶん の どこ か に つきまとっ て いる 事こと は 、 それ は 、 のろけ だの 何なに だ の という いい加減いいかげん な 冗談じょうだん で なく 、 否定ひてい でき ない の で あり まし た 。 自分じぶん は 、 それ を 堀木ほりき ごとき 者もの に 指摘してき せら れ 、 屈辱くつじょく に 似に た 苦く 《 に が 》 さ を 感ずるかんずる と共にとともに 、 淫売いんばい 婦ふ と 遊ぶあそぶ 事こと に も 、 にわかに 興きょう が 覚めさめ まし た 。
堀木ほりき は 、 また 、 その 見栄坊みえぼう 《 みえ ぼう 》 の モダニティ から 、 ( 堀木ほりき の 場合ばあい 、 それ 以外いがい の 理由りゆう は 、 自分じぶん に は 今いま もっ て 考えかんがえ られ ませ ん の です が ) 或ある る 日ひ 、 自分じぶん を 共産きょうさん 主義しゅぎ の 読書どくしょ 会かい とかいう ( R ・ S とか いっ て い た か 、 記憶きおく が はっきり 致しいたし ませ ん ) そんな 、 秘密ひみつ の 研究けんきゅう 会かい に 連れつれ て 行きいき まし た 。 堀木ほりき など という 人物じんぶつ にとって は 、 共産きょうさん 主義しゅぎ の 秘密ひみつ 会合かいごう も 、 れい の 「 東京とうきょう 案内あんない 」 の 一つひとつ くらい の もの だっ た の かも 知れしれ ませ ん 。 自分じぶん は 所ところ 謂いい 「 同志どうし 」 に 紹介しょうかい せら れ 、 パンフレットぱんふれっと を 一部いちぶ 買わさかわさ れ 、 そうして 上座かみざ の ひどい 醜いみにくい 顔かお の 青年せいねん から 、 マルクスまるくす 経済けいざい 学がく の 講義こうぎ を 受けうけ まし た 。 しかし 、 自分じぶん に は 、 それ は わかり 切っきっ て いる 事こと の よう に 思わおもわ れ まし た 。 それ は 、 そう に 違いちがい ない だろ う けれども 、 人間にんげん の 心こころ に は 、 もっと わけ の わから ない 、 おそろしい もの が ある 。 慾よく 、 と 言っいっ て も 、 言いいい たり ない 、 ヴァニティ 、 と 言っいっ て も 、 言いいい たり ない 、 色いろ と 慾よく 、 とこう 二つふたつ 並べならべ て も 、 言いいい たり ない 、 何だかなんだか 自分じぶん に も わから ぬ が 、 人間にんげん の 世よ の 底そこ に 、 経済けいざい だけ で ない 、 へん に 怪談かいだん じみ た もの が ある よう な 気き が し て 、 その 怪談かいだん に おびえ 切っきっ て いる 自分じぶん に は 、 所ところ 謂いい 唯物ゆいぶつ 論ろん を 、 水みず の 低きひくき に 流れるながれる よう に 自然しぜん に 肯定こうてい し ながら も 、 しかし 、 それ に 依っよっ て 、 人間にんげん に対するにたいする 恐怖きょうふ から 解放かいほう せら れ 、 青葉あおば に 向っむかっ て 眼め を ひらき 、 希望きぼう の よろこび を 感ずるかんずる など という 事こと は 出来でき ない の でし た 。 けれども 、 自分じぶん は 、 いちど も 欠席けっせき せ ず に 、 その R ・ S ( と 言っいっ た か と 思いおもい ます が 、 間違っまちがっ て いる かも 知れしれ ませ ん ) なる もの に 出席しゅっせき し 、 「 同志どうし 」 たち が 、 いや に 一大事いちだいじ の 如くごとく 、 こわばっ た 顔かお を し て 、 一いち プラスぷらす 一いち は 二に 、 という よう な 、 ほとんど 初等しょとう の 算術さんじゅつ めい た 理論りろん の 研究けんきゅう に ふけっ て いる の が 滑稽こっけい に 見えみえ て たまら ず 、 れい の 自分じぶん の お 道化どうけ で 、 会合かいごう を くつろが せる 事こと に 努めつとめ 、 その ため か 、 次第にしだいに 研究けんきゅう 会かい の 窮屈きゅうくつ な 気配けはい も ほぐれ 、 自分じぶん は その 会合かいごう に 無くなく て かなわ ぬ 人気にんき 者しゃ という 形かたち に さえ なっ て 来き た よう でし た 。 この 、 単純たんじゅん そう な 人ひと たち は 、 自分じぶん の 事こと を 、 やはり この 人ひと たち と 同じおなじ 様よう に 単純たんじゅん で 、 そうして 、 楽天的らくてんてき な おどけ 者しゃ の 「 同志どうし 」 くらい に 考えかんがえ て い た かも 知れしれ ませ ん が 、 もし 、 そう だっ たら 、 自分じぶん は 、 この 人ひと たち を 一いち から 十じゅう まで 、 あざむい て い た わけ です 。 自分じぶん は 、 同志どうし で は 無かっなかっ た ん です 。 けれども 、 その 会合かいごう に 、 いつも 欠かさかかさ ず 出席しゅっせき し て 、 皆みな に お 道化どうけ の サーヴィス を し て 来き まし た 。
好きすき だっ た から な の です 。 自分じぶん に は 、 その 人ひと たち が 、 気にいっきにいっ て い た から な の です 。 しかし 、 それ は 必ずしもかならずしも 、 マルクスまるくす に 依っよっ て 結ばむすば れ た 親愛しんあい 感かん で は 無かっなかっ た の です 。
非合法ひごうほう 。 自分じぶん に は 、 それ が 幽かかすか に 楽しかったのしかっ た の です 。 むしろ 、 居心地いごこち が よかっ た の です 。 世の中よのなか の 合法ごうほう という もの の ほう が 、 かえって おそろしく 、 ( それ に は 、 底そこ 知れしれ ず 強いつよい もの が 予感よかん せら れ ます ) その からくり が 不可解ふかかい で 、 とても その 窓まど の 無いない 、 底冷えそこびえ の する 部屋へや に は 坐っすわっ て おら れ ず 、 外そと は 非合法ひごうほう の 海うみ で あっ て も 、 それ に 飛び込んとびこん で 泳いおよい で 、 やがて 死にしに 到るいたる ほう が 、 自分じぶん に は 、 いっそ 気楽きらく の よう でし た 。
日蔭ひかげ 者しゃ 《 ひ かげ も の 》 、 という 言葉ことば が あり ます 。 人間にんげん の 世よ に 於いおい て 、 みじめ な 、 敗者はいしゃ 、 悪徳あくとく 者しゃ を 指ゆび 差しさし ていう 言葉ことば の よう です が 、 自分じぶん は 、 自分じぶん を 生れうまれ た 時とき から の 日蔭ひかげ 者しゃ の よう な 気き が し て い て 、 世間せけん から 、 あれ は 日蔭ひかげ 者しゃ だ と 指ゆび 差さささ れ て いる 程ほど の ひと と 逢うあう と 、 自分じぶん は 、 必ずかならず 、 優しいやさしい 心こころ に なる の です 。 そうして 、 その 自分じぶん の 「 優しいやさしい 心こころ 」 は 、 自身じしん で うっとり する くらい 優しいやさしい 心こころ でし た 。
また 、 犯人はんにん 意識いしき 、 という 言葉ことば も あり ます 。 自分じぶん は 、 この 人間にんげん の 世の中よのなか に 於いおい て 、 一生いっしょう その 意識いしき に 苦しめくるしめ られ ながら も 、 しかし 、 それ は 自分じぶん の 糟糠そうこう 《 そう こう 》 の 妻つま の 如きごとき 好こう | 伴侶はんりょ 《 はん り ょ 》 で 、 そいつ と 二に 人にん きり で 侘わび 《 わ 》 びしく 遊びあそび たわむれ て いる という の も 、 自分じぶん の 生きいき て いる 姿勢しせい の 一つひとつ だっ た かも 知れしれ ない し 、 また 、 俗ぞく に 、 脛はぎ 《 すね 》 に 傷きず 持つもつ 身み 、 という 言葉ことば も ある よう です が 、 その 傷きず は 、 自分じぶん の 赤ん坊あかんぼう の 時とき から 、 自然しぜん に 片方かたほう の 脛はぎ に あらわれ て 、 長ずるちょうずる に 及んおよん で 治癒ちゆ する どころか 、 いよいよ 深くふかく なる ばかり で 、 骨ほね に まで 達したっし 、 夜々よよ の 痛苦つうく は 千変万化せんぺんばんか の 地獄じごく と は 言いいい ながら 、 しかし 、 ( これ は 、 たいへん 奇妙きみょう な 言い方いいかた です けど ) その 傷きず は 、 次第にしだいに 自分じぶん の 血肉けつにく より も 親しくしたしく なり 、 その 傷きず の 痛みいたみ は 、 すなわち 傷きず の 生きいき て いる 感情かんじょう 、 または 愛情あいじょう の 囁 《 ささや 》 きの よう に さえ 思わおもわ れる 、 そんな 男おとこ にとって 、 れい の 地下ちか 運動うんどう の グルウプ の 雰囲気ふんいき が 、 へん に 安心あんしん で 、 居心地いごこち が よく 、 つまり 、 その 運動うんどう の 本来ほんらい の 目的もくてき より も 、 その 運動うんどう の 肌はだ が 、 自分じぶん に 合っあっ た 感じかんじ な の でし た 。 堀木ほりき の 場合ばあい は 、 ただ もう 阿呆あほ の ひやかし で 、 いちど 自分じぶん を 紹介しょうかい し に その 会合かいごう へ 行っいっ た きり で 、 マルキシストまるきしすと は 、 生産せいさん 面めん の 研究けんきゅう と 同時にどうじに 、 消費しょうひ 面めん の 視察しさつ も 必要ひつよう だ など と 下手へた な 洒落しゃれ 《 しゃれ 》 を 言っいっ て 、 その 会合かいごう に は 寄りつかよりつか ず 、 とかく 自分じぶん を 、 その 消費しょうひ 面めん の 視察しさつ の ほう に ばかり 誘いさそい た がる の でし た 。 思えおもえ ば 、 当時とうじ は 、 さまざま の 型かた の マルキシストまるきしすと が い た もの です 。 堀木ほりき の よう に 、 虚栄きょえい の モダニティ から 、 それ を 自称じしょう する 者もの も あり 、 また 自分じぶん の よう に 、 ただ 非合法ひごうほう の 匂いにおい が 気にいっきにいっ て 、 そこ に 坐り込んすわりこん で いる 者もの も あり 、 もしも これら の 実体じったい が 、 マルキシズムまるきしずむ の 真しん の 信奉しんぽう 者しゃ に 見破らみやぶら れ たら 、 堀木ほりき も 自分じぶん も 、 烈火れっか の 如くごとく 怒らおこら れ 、 卑劣ひれつ なる 裏うら 切せつ 者しゃ として 、 たちどころに 追い払わおいはらわ れ た 事こと でしょ う 。 しかし 、 自分じぶん も 、 また 、 堀木ほりき で さえ も 、 なかなか 除名じょめい の 処分しょぶん に 遭わあわ ず 、 殊こと に も 自分じぶん は 、 その 非合法ひごうほう の 世界せかい に 於いおい て は 、 合法ごうほう の 紳士しんし たち の 世界せかい に 於けおけ る より も 、 かえって のびのび と 、 所ところ 謂いい 「 健康けんこう 」 に 振舞うふるまう 事こと が 出来でき まし た ので 、 見込みみこみ の ある 「 同志どうし 」 として 、 噴き出しふきだし たく なる ほど 過度かど に 秘密ひみつ めかし た 、 さまざま の 用事ようじ を たのま れる ほど に なっ た の です 。 また 、 事実じじつ 、 自分じぶん は 、 そんな 用事ようじ を いちど も 断っことわっ た こと は 無くなく 、 平気へいき で なん でも 引受けひきうけ 、 へん に ぎくしゃく し て 、 犬いぬ ( 同志どうし は 、 ポリスぽりす を そう 呼んよん で い まし た ) に あやしま れ 不審ふしん | 訊問じんもん 《 じん もん 》 など を 受けうけ て しくじる よう な 事こと も 無かっなかっ た し 、 笑いわらい ながら 、 また 、 ひと を 笑わせわらわせ ながら 、 その あぶない ( その 運動うんどう の 連中れんちゅう は 、 一大事いちだいじ の 如くごとく 緊張きんちょう し 、 探偵たんてい 小説しょうせつ の 下手へた な 真似まね みたい な 事こと まで し て 、 極度きょくど の 警戒けいかい を 用いもちい 、 そうして 自分じぶん に たのむ 仕事しごと は 、 まことに 、 あっけ に とら れる くらい 、 つまらない もの でし た が 、 それでも 、 彼等かれら は 、 その 用事ようじ を 、 さかん に 、 あぶな がっ て 力んりきん で いる の でし た ) と 、 彼等かれら の 称するしょうする 仕事しごと を 、 とにかく 正確せいかく に やってのけ て い まし た 。 自分じぶん の その 当時とうじ の 気持きもち として は 、 党員とういん に なっ て 捕えとらえ られ 、 たとい 終身しゅうしん 、 刑務所けいむしょ で 暮すくらす よう に なっ た として も 、 平気へいき だっ た の です 。 世の中よのなか の 人間にんげん の 「 実生活じっせいかつ 」 という もの を 恐怖きょうふ し ながら 、 毎夜まいよ の 不眠ふみん の 地獄じごく で 呻 《 うめ 》 い て いる より は 、 いっそ 牢屋ろうや 《 ろう や 》 の ほう が 、 楽らく かも 知れしれ ない と さえ 考えかんがえ て い まし た 。
父ちち は 、 桜木さくらぎ 町まち の 別荘べっそう で は 、 来客らいきゃく やら 外出がいしゅつ やら 、 同じおなじ 家いえ に い て も 、 三さん 日にち も 四よん 日にち も 自分じぶん と 顔かお を 合せるあわせる 事こと が 無いない ほど でし た が 、 しかし 、 どうにも 、 父ちち が けむっ たく 、 おそろしく 、 この 家いえ を 出で て 、 どこ か 下宿げしゅく で も 、 と 考えかんがえ ながら も それ を 言い出せいいだせ ず に い た 矢先やさき に 、 父ちち が その 家いえ を 売払ううりはらう つもり らしい と いう 事こと を 別荘べっそう 番ばん の 老爺ろうや 《 ろう や 》 から 聞ききき まし た 。
父ちち の 議員ぎいん の 任期にんき も そろそろ 満期まんき に 近づきちかづき 、 いろいろ 理由りゆう の あっ た 事こと に 違いちがい あり ませ ん が 、 もう これ きり 選挙せんきょ に 出るでる 意志いし も 無いない 様子ようす で 、 それに 、 故郷こきょう に 一いち 棟むね 、 隠居いんきょ 所しょ など 建てたて たり し て 、 東京とうきょう に 未練みれん も 無いない らしく 、 たかが 、 高等こうとう 学校がっこう の 一いち 生徒せいと に 過ぎすぎ ない 自分じぶん の ため に 、 邸宅ていたく と 召使いめしつかい を 提供ていきょう し て 置くおく の も 、 むだ な 事こと だ と でも 考えかんがえ た の か 、 ( 父ちち の 心こころ も また 、 世間せけん の 人ひと たち の 気持ちきもち と 同様どうよう に 、 自分じぶん に は よく わかり ませ ん ) とにかく 、 その 家いえ は 、 間ま も 無くなく 人手ひとで にわたり 、 自分じぶん は 、 本郷ほんごう 森川もりかわ 町まち の 仙遊せんゆう 館かん という 古いふるい 下宿げしゅく の 、 薄暗いうすぐらい 部屋へや に 引越しひっこし て 、 そうして 、 たちまち 金きん に 困りこまり まし た 。
それ まで 、 父ちち から 月々つきづき 、 きまっ た 額がく の 小遣いこづかい を 手渡さてわたさ れ 、 それ は もう 、 二に 、 三さん 日にち で 無くなっなくなっ て も 、 しかし 、 煙草たばこ も 、 酒さけ も 、 チイズ も 、 くだもの も 、 いつ でも 家いえ に あっ た し 、 本ほん や 文房具ぶんぼうぐ や その他そのた 、 服装ふくそう に関するにかんする もの など 一切いっさい 、 いつ でも 、 近所きんじょ の 店みせ から 所ところ 謂いい 「 ツケつけ 」 で 求めもとめ られ た し 、 堀木ほりき に おそ ばか 天丼てんどん など を ごちそう し て も 、 父ちち の ひいき の 町内ちょうない の 店みせ だっ たら 、 自分じぶん は 黙っだまっ て その 店みせ を 出で て も かまわ なかっ た の でし た 。
それ が 急きゅう に 、 下宿げしゅく の ひとり 住いすまい に なり 、 何もかもなにもかも 、 月々つきづき の 定額ていがく の 送金そうきん で 間に合わまにあわ せ なけれ ば なら なく なっ て 、 自分じぶん は 、 まごつき まし た 。 送金そうきん は 、 やはり 、 二に 、 三さん 日にち で 消えきえ て しまい 、 自分じぶん は 慄然りつぜん 《 りつ ぜん 》 と し 、 心細こころぼそ さ の ため に 狂うくるう よう に なり 、 父ちち 、 兄あに 、 姉あね など へ 交互こうご に お金おかね を 頼むたのむ 電報でんぽう と 、 イサイフミ の 手紙てがみ ( その 手紙てがみ に 於いおい て 訴えうったえ て いる 事情じじょう は 、 ことごとく 、 お 道化どうけ の 虚構きょこう でし た 。 人ひと に もの を 頼むたのむ のに 、 まず 、 その 人ひと を 笑わせるわらわせる の が 上策じょうさく と 考えかんがえ て い た の です ) を 連発れんぱつ する 一方いっぽう 、 また 、 堀木ほりき に 教えおしえ られ 、 せっせと 質屋しちや が よい を はじめ 、 それでも 、 いつも お金おかね に 不自由ふじゆう を し て い まし た 。
所詮しょせん 、 自分じぶん に は 、 何なに の 縁故えんこ も 無いない 下宿げしゅく に 、 ひとり で 「 生活せいかつ 」 し て 行くいく 能力のうりょく が 無かっなかっ た の です 。 自分じぶん は 、 下宿げしゅく の その 部屋へや に 、 ひとり で じっと し て いる の が 、 おそろしく 、 いまにも 誰だれ か に 襲わおそわ れ 、 一撃いちげき せ られる よう な 気き が し て 来き て 、 街まち に 飛び出しとびだし て は 、 れい の 運動うんどう の 手伝いてつだい を し たり 、 或いはあるいは 堀木ほりき と 一緒いっしょ に 安いやすい 酒さけ を 飲みのみ 廻っまわっ たり し て 、 ほとんど 学業がくぎょう も 、 また 画が の 勉強べんきょう も 放棄ほうき し 、 高等こうとう 学校がっこう へ 入学にゅうがく し て 、 二に 年ねん 目め の 十一月じゅういちがつ 、 自分じぶん より 年上としうえ の 有夫ゆうふ の 婦人ふじん と 情死じょうし 事件じけん など を 起しおこし 、 自分じぶん の 身の上みのうえ は 、 一変いっぺん し まし た 。
学校がっこう は 欠席けっせき する し 、 学科がっか の 勉強べんきょう も 、 すこし も し なかっ た のに 、 それでも 、 妙みょう に 試験しけん の 答案とうあん に 要領ようりょう の いい ところ が ある よう で 、 どうやら それ まで は 、 故郷こきょう の 肉親にくしん を あざむき 通しとおし て 来き た の です が 、 しかし 、 もう そろそろ 、 出席しゅっせき 日数にっすう の 不足ふそく など 、 学校がっこう の ほう から 内密ないみつ に 故郷こきょう の 父ちち へ 報告ほうこく が 行っおこなっ て いる らしく 、 父ちち の 代理だいり として 長兄ちょうけい が 、 いかめしい 文章ぶんしょう の 長いながい 手紙てがみ を 、 自分じぶん に 寄こすよこす よう に なっ て い た の でし た 。 けれども 、 それ より も 、 自分じぶん の 直接ちょくせつ の 苦痛くつう は 、 金きん の 無いない 事こと と 、 それから 、 れい の 運動うんどう の 用事ようじ が 、 とても 遊びあそび 半分はんぶん の 気持きもち で は 出来でき ない くらい 、 はげしく 、 いそがしく なっ て 来き た 事こと でし た 。 中央ちゅうおう 地区ちく と 言っいっ た か 、 何なに 地区ちく と 言っいっ た か 、 とにかく 本郷ほんごう 、 小石川こいしかわ 、 下谷しもたに 、 神田かんだ 、 あの 辺あたり の 学校がっこう 全部ぜんぶ の 、 マルクスまるくす 学生がくせい の 行動こうどう 隊たい 々 長ちょう という もの に 、 自分じぶん は なっ て い た の でし た 。 武装ぶそう | 蜂起ほうき 《 ほうき 》 、 と 聞ききき 、 小さいちいさい ナイフないふ を 買いかい ( いま 思えおもえ ば 、 それ は 鉛筆えんぴつ を けずる に も 足りたり ない 、 きゃしゃ な ナイフないふ でし た ) それ を 、 レンコオト の ポケットぽけっと に いれ 、 あちこち 飛び廻っとびまわっ て 、 所ところ 謂いい 《 いわゆる 》 「 聯絡れんらく 《 れん らく 》 」 を つける の でし た 。 お 酒さけ を 飲んのん で 、 ぐっすり 眠りねむり たい 、 しかし 、 お金おかね が あり ませ ん 。 しかも 、 P ( 党とう の 事こと を 、 そういう 隠語いんご で 呼んよん で い た と 記憶きおく し て い ます が 、 或いはあるいは 、 違っちがっ て いる かも 知れしれ ませ ん ) の ほう から は 、 次々つぎつぎ と 息いき を つく ひま も 無いない くらい 、 用事ようじ の 依頼いらい が まいり ます 。 自分じぶん の 病弱びょうじゃく の からだ で は 、 とても 勤まりつとまり そう も 無くなりなくなり まし た 。 もともと 、 非合法ひごうほう の 興味きょうみ だけ から 、 その グルウプ の 手伝いてつだい を し て い た の です し 、 こんなに 、 それ こそ 冗談じょうだん から 駒こま が 出で た よう に 、 いや に いそがしく なっ て 来るくる と 、 自分じぶん は 、 ひそか に P の ひと たち に 、 それ は お 門もん 《 か ど 》 ちがい でしょ う 、 あなた たち の 直系ちょっけい の もの たち に やら せ たら どう です か 、 という よう な いまいましい 感かん を 抱くいだく の を 禁ずるきんずる 事こと が 出来でき ず 、 逃げにげ まし た 。 逃げにげ て 、 さすが に 、 いい 気持きもち は せ ず 、 死ぬしぬ 事こと に し まし た 。
その 頃ころ 、 自分じぶん に 特別とくべつ の 好意こうい を 寄せよせ て いる 女おんな が 、 三さん 人にん い まし た 。 ひとり は 、 自分じぶん の 下宿げしゅく し て いる 仙遊せんゆう 館かん の 娘むすめ でし た 。 この 娘むすめ は 、 自分じぶん が れい の 運動うんどう の 手伝いてつだい で へとへと に なっ て 帰りかえり 、 ごはん も 食べたべ ず に 寝ね て しまっ て から 、 必ずかならず 用箋ようせん 《 ようせん 》 と 万年筆まんねんひつ を 持っもっ て 自分じぶん の 部屋へや に やって来やってき て 、
「 ごめんなさい 。 下した で は 、 妹いもうと や 弟おとうと が うるさく て 、 ゆっくり 手紙てがみ も 書けかけ ない の です 」
と 言っいっ て 、 何やらなにやら 自分じぶん の 机つくえ に 向っむかっ て 一いち 時間じかん 以上いじょう も 書いかい て いる の です 。
自分じぶん も また 、 知らん振りしらんぷり を し て 寝ね て おれ ば いい のに 、 いかにも その 娘むすめ が 何なに か 自分じぶん に 言っいっ て もらい たげ の 様子ようす な ので 、 れい の 受け身うけみ の 奉仕ほうし の 精神せいしん を 発揮はっき し て 、 実にじつに 一言ひとこと も 口くち を きき たく ない 気持きもち な の だ けれども 、 くたくた に 疲れつかれ 切っきっ て いる から だに 、 ウム と 気合いきあい を かけ て 腹はら 這 《 はら ば 》 い に なり 、 煙草たばこ を 吸いすい 、
「 女おんな から 来き た ラヴらゔ ・ レターれたあ で 、 風呂ふろ を わかし て はいっ た 男おとこ が ある そう です よ 」
「 あら 、 いや だ 。 あなた でしょ う ? 」
「 ミルクみるく を わかし て 飲んのん だ 事こと は ある ん です 」
「 光栄こうえい だ わ 、 飲んのん で よ 」
早くはやく この ひと 、 帰らかえら ねえ か なあ 、 手紙てがみ だ なんて 、 見えすいみえすい て いる のに 。 へ へ の の も へ じ でも 書いかい て いる の に 違いちがい ない ん です 。
「 見せみせ て よ 」
と 死んしん で も 見み たく ない 思いおもい で そう 言えいえ ば 、 あら 、 いや よ 、 あら 、 いや よ 、 と 言っいっ て 、 その うれし がる 事こと 、 ひどく みっともなく 、 興きょう が 覚めるさめる ばかり な の です 。 そこで 自分じぶん は 、 用事ようじ で も 言いつけいいつけ て やれ 、 と 思うおもう ん です 。
「 すま ない けど ね 、 電車でんしゃ 通りどおり の 薬屋くすりや に 行っいっ て 、 カルモチン を 買っかっ て 来き て くれ ない ? あんまり 疲れつかれ すぎ て 、 顔かお が ほてっ て 、 かえって 眠れねむれ ない ん だ 。 すま ない ね 。 お金おかね は 、 … … 」
「 いい わ よ 、 お金おかね なんか 」
よろこん で 立ちたち ます 。 用よう を 言いつけるいいつける という の は 、 決してけっして 女おんな を しょげ させる 事こと で は なく 、 かえって 女おんな は 、 男おとこ に 用事ようじ を たのま れる と 喜ぶよろこぶ もの だ という 事こと も 、 自分じぶん は ちゃんと 知っしっ て いる の でし た 。
もう ひとり は 、 女子じょし 高等こうとう 師範しはん の 文科ぶんか 生せい の 所ところ 謂いい 「 同志どうし 」 でし た 。 この ひと と は 、 れい の 運動うんどう の 用事ようじ で 、 いや でも 毎日まいにち 、 顔かお を 合せあわせ なけれ ば なら なかっ た の です 。 打ち合せうちあわせ が すんで から も 、 その 女おんな は 、 いつ まで も 自分じぶん について 歩いあるい て 、 そうして 、 やたら に 自分じぶん に 、 もの を 買っかっ て くれる の でし た 。
「 私わたし を 本当ほんとう の 姉あね だ と 思っおもっ て い て くれ て いい わ 」
その キザ に 身震いみぶるい し ながら 、 自分じぶん は 、
「 その つもり で いる ん です 」
と 、 愁 《 うれ 》 え を 含んふくん だ 微笑びしょう の 表情ひょうじょう を 作っつくっ て 答えこたえ ます 。 とにかく 、 怒らおこら せ て は 、 こわい 、 何とかなんとか し て 、 ごまかさ なけれ ば なら ぬ 、 という 思いおもい 一つひとつ の ため に 、 自分じぶん は い よい よそ の 醜いみにくい 、 いや な 女おんな に 奉仕ほうし を し て 、 そうして 、 もの を 買っかっ て もらっ て は 、 ( その 買い物かいもの は 、 実にじつに 趣味しゅみ の 悪いわるい 品しな ばかり で 、 自分じぶん は たいてい 、 すぐ に それ を 、 焼きとりやきとり 屋や の 親爺おやじ 《 おやじ 》 など に やっ て しまい まし た ) うれし そう な 顔かお を し て 、 冗談じょうだん を 言っいっ て は 笑わせわらわせ 、 或ある る 夏なつ の 夜よる 、 どうしても 離れはなれ ない ので 、 街まち の 暗いくらい ところ で 、 その ひと に 帰っかえっ て もらい たい ばかり に 、 キスきす を し て やり まし たら 、 あさましく 狂乱きょうらん の 如くごとく 興奮こうふん し 、 自動車じどうしゃ を 呼んよん で 、 その ひと たち の 運動うんどう の ため に 秘密ひみつ に 借りかり て ある らしい ビルびる の 事務所じむしょ みたい な 狭いせまい 洋室ようしつ に 連れつれ て 行きいき 、 朝あさ まで 大騒ぎおおさわぎ という 事こと に なり 、 とんでも ない 姉あね だ 、 と 自分じぶん は ひそか に 苦笑くしょう し まし た 。
下宿げしゅく 屋や の 娘むすめ と 言いいい 、 また この 「 同志どうし 」 と 言いいい 、 どう し た って 毎日まいにち 、 顔かお を 合せあわせ なけれ ば なら ぬ 具合ぐあい に なっ て い ます ので 、 これ まで の 、 さまざま の 女おんな の ひと の よう に 、 うまく 避けさけ られ ず 、 つい 、 ずるずる に 、 れい の 不安ふあん の 心こころ から 、 この 二に 人にん の ご 機嫌きげん を ただ 懸命けんめい に 取り結びとりむすび 、 もはや 自分じぶん は 、 金縛りかなしばり 同様どうよう の 形かたち に なっ て い まし た 。
同じおなじ 頃ころ また 自分じぶん は 、 銀座ぎんざ の 或ある る 大だい カフエ の 女給じょきゅう から 、 思いがけおもいがけ ぬ 恩おん を 受けうけ 、 たった いちど 逢っあっ た だけ な のに 、 それでも 、 その 恩おん に こだわり 、 やはり 身動きみうごき 出来でき ない ほど の 、 心配しんぱい やら 、 空そら 《 そら 》 おそろし さ を 感じかんじ て い た の でし た 。 その 頃ころ に なる と 、 自分じぶん も 、 敢えてあえて 堀木ほりき の 案内あんない に 頼らたよら ず とも 、 ひとり で 電車でんしゃ に も 乗れるのれる し 、 また 、 歌舞伎座かぶきざ に も 行けるいける し 、 または 、 絣かすり 《 かすり 》 の 着物きもの を 着き て 、 カフエ に だって はいれる くらい の 、 多少たしょう の 図々しずうずうし さ を 装えるよそおえる よう に なっ て い た の です 。 心こころ で は 、 相あい 変らかわら ず 、 人間にんげん の 自信じしん と 暴力ぼうりょく と を 怪しみあやしみ 、 恐れおそれ 、 悩みなやみ ながら 、 うわべ だけ は 、 少しすこし ずつ 、 他人たにん と 真顔まがお の 挨拶あいさつ 、 いや 、 ちがう 、 自分じぶん は やはり 敗北はいぼく の お 道化どうけ の 苦しいくるしい 笑いわらい を 伴わともなわ ず に は 、 挨拶あいさつ でき ない たち な の です が 、 とにかく 、 無我夢中むがむちゅう の へどもど の 挨拶あいさつ で も 、 どうやら 出来るできる くらい の 「 伎倆ぎりょう 《 ぎりょう 》 」 を 、 れい の 運動うんどう で 走りはしり 廻っまわっ た おかげ ? または 、 女おんな の ? または 、 酒さけ ? けれども 、 おもに 金銭きんせん の 不自由ふじゆう の おかげ で 修得しゅうとく しかけ て い た の です 。 どこ に い て も 、 おそろしく 、 かえって 大だい カフエ で たくさん の 酔客すいきゃく または 女給じょきゅう 、 ボーイぼうい たち に もま れ 、 まぎれ込むまぎれこむ 事こと が 出来でき たら 、 自分じぶん の この 絶えずたえず 追わおわ れ て いる よう な 心こころ も 落ちつくおちつく の で は なかろ う か 、 と 十じゅう 円えん 持っもっ て 、 銀座ぎんざ の その 大だい カフエ に 、 ひとり で は いっ て 、 笑いわらい ながら 相手あいて の 女給じょきゅう に 、
「 十じゅう 円えん しか 無いない ん だ から ね 、 その つもり で 」
と 言いいい まし た 。
「 心配しんぱい 要りいり ませ ん 」
どこ か に 関西かんさい の 訛なまり 《 なま 》 り が あり まし た 。 そうして 、 その 一言ひとこと が 、 奇妙きみょう に 自分じぶん の 、 震えふるえ おののい て いる 心こころ を しずめ て くれ まし た 。 いいえ 、 お金おかね の 心配しんぱい が 要らいら なく なっ た から で は あり ませ ん 、 その ひと の 傍はた に いる 事こと に 心配しんぱい が 要らいら ない よう な 気き が し た の です 。
自分じぶん は 、 お 酒さけ を 飲みのみ まし た 。 その ひと に 安心あんしん し て いる ので 、 かえって お 道化どうけ など 演じるえんじる 気持きもち も 起らおこら ず 、 自分じぶん の 地金じがね 《 じ が ね 》 の 無口むくち で 陰惨いんさん な ところ を 隠さかくさ ず 見せみせ て 、 黙っだまっ て お 酒さけ を 飲みのみ まし た 。
「 こんな の 、 お すき か ? 」
女おんな は 、 さまざま の 料理りょうり を 自分じぶん の 前まえ に 並べならべ まし た 。 自分じぶん は 首くび を 振りふり まし た 。
「 お 酒さけ だけ か ? うち も 飲ものも う 」
秋あき の 、 寒いさむい 夜よる でし た 。 自分じぶん は 、 ツネ子つねこ ( と いっ た と 覚えおぼえ て い ます が 、 記憶きおく が 薄れうすれ 、 たしか で は あり ませ ん 。 情死じょうし の 相手あいて の 名前なまえ を さえ 忘れわすれ て いる よう な 自分じぶん な の です ) に 言いつけいいつけ られ た とおり に 、 銀座ぎんざ 裏うら の 、 或ある る 屋台やたい の お 鮨すし 《 すし 》 や で 、 少しすこし も おいしく ない 鮨すし を 食べたべ ながら 、 ( その ひと の 名前なまえ は 忘れわすれ て も 、 その 時とき の 鮨すし の まず さ だけ は 、 どう し た 事こと か 、 はっきり 記憶きおく に 残っのこっ て い ます 。 そうして 、 青大将あおだいしょう の 顔かお に 似に た 顔つきかおつき の 、 丸坊主まるぼうず の おやじ が 、 首くび を 振りふり 振りふり 、 いかにも 上手じょうず みたい に ごまかし ながら 鮨すし を 握っにぎっ て いる 様さま も 、 眼前がんぜん に 見るみる よう に 鮮明せんめい に 思い出さおもいださ れ 、 後年こうねん 、 電車でんしゃ など で 、 はて 見み た 顔かお だ 、 と いろいろ 考えかんがえ 、 なん だ 、 あの 時とき の 鮨すし や の 親爺おやじ に 似に て いる ん だ 、 と 気き が 附きつき 苦笑くしょう し た 事こと も 再三さいさん あっ た ほど でし た 。 あの ひと の 名前なまえ も 、 また 、 顔かたちかおかたち さえ 記憶きおく から 遠ざかっとおざかっ て いる 現在げんざい なお 、 あの 鮨すし や の 親爺おやじ の 顔かお だけ は 絵え に かける ほど 正確せいかく に 覚えおぼえ て いる と は 、 よっぽど あの 時とき の 鮨すし が まずく 、 自分じぶん に 寒さむ さ と 苦痛くつう を 与えあたえ た もの と 思わおもわ れ ます 。 もともと 、 自分じぶん は 、 うまい 鮨すし を 食わくわ せる 店みせ という ところ に 、 ひと に 連れつれ られ て 行っいっ て 食っくっ て も 、 うまい と 思っおもっ た 事こと は 、 いちど も あり ませ ん でし た 。 大きおおき 過ぎるすぎる の です 。 親指おやゆび くらい の 大きおおき さ に キチッきちっ と 握れにぎれ ない もの かしら 、 と いつも 考えかんがえ て い まし た ) その ひと を 、 待っまっ て い まし た 。
本所ほんじょ の 大工だいく さん の 二に 階かい を 、 その ひと が 借りかり て い まし た 。 自分じぶん は 、 その 二に 階かい で 、 日頃ひごろ の 自分じぶん の 陰鬱いんうつ な 心こころ を 少しすこし も かくさ ず 、 ひどい 歯痛しつう に 襲わおそわ れ て でも いる よう に 、 片手かたて で 頬ほお を おさえ ながら 、 お茶おちゃ を 飲みのみ まし た 。 そうして 、 自分じぶん の そんな 姿態したい が 、 かえって 、 その ひと に は 、 気にいっきにいっ た よう でし た 。 その ひと も 、 身み の まわり に 冷たいつめたい 木枯しこがらし が 吹いふい て 、 落葉らくよう だけ が 舞い狂いまいくるい 、 完全かんぜん に 孤立こりつ し て いる 感じかんじ の 女おんな でし た 。
一緒いっしょ に やすみ ながら その ひと は 、 自分じぶん より 二つふたつ 年上としうえ で ある こと 、 故郷こきょう は 広島ひろしま 、 あたし に は 主人しゅじん が ある の よ 、 広島ひろしま で 床屋とこや さん を し て い た の 、 昨年さくねん の 春はる 、 一緒いっしょ に 東京とうきょう へ 家出いえで し て 逃げにげ て 来き た の だ けれども 、 主人しゅじん は 、 東京とうきょう で 、 まとも な 仕事しごと を せ ず その うち に 詐欺さぎ 罪ざい に 問わとわ れ 、 刑務所けいむしょ に いる の よ 、 あたし は 毎日まいにち 、 何やらなにやら か やら 差し入れさしいれ し に 、 刑務所けいむしょ へ かよっ て い た の だ けれども 、 あす から 、 やめ ます 、 など と 物語るものがたる の でし た が 、 自分じぶん は 、 どういう もの か 、 女おんな の 身の上みのうえ | 噺はなし 《 ばなし 》 という もの に は 、 少しすこし も 興味きょうみ を 持てもて ない たち で 、 それ は 女おんな の 語りかたり 方かた の 下手へた な せい か 、 つまり 、 話はなし の 重点じゅうてん の 置きおき 方かた を 間違っまちがっ て いる せい な の か 、 とにかく 、 自分じぶん に は 、 つねに 、 馬耳東風ばじとうふう な の で あり まし た 。
侘びわび し い 。
自分じぶん に は 、 女おんな の 千せん 万言まんげん の 身の上みのうえ 噺はなし より も 、 その 一言ひとこと の 呟 《 つぶ や 》 き の ほう に 、 共感きょうかん を そそら れる に 違いちがい ない と 期待きたい し て い て も 、 この 世の中よのなか の 女おんな から 、 ついに いちど も 自分じぶん は 、 その 言葉ことば を 聞いきい た 事こと が ない の を 、 奇怪きかい と も 不思議ふしぎ と も 感じかんじ て おり ます 。 けれども 、 その ひと は 、 言葉ことば で 「 侘びわび し い 」 と は 言いいい ませ ん でし た が 、 無言むごん の ひどい 侘びわび し さ を 、 からだ の 外郭がいかく に 、 一寸いっすん くらい の 幅はば の 気流きりゅう みたい に 持っもっ て い て 、 その ひと に 寄り添うよりそう と 、 こちら の からだ も その 気流きりゅう に 包まつつま れ 、 自分じぶん の 持っもっ て いる 多少たしょう トゲトゲしとげとげし た 陰鬱いんうつ の 気流きりゅう と 程よくほどよく 溶け合いとけあい 、 「 水底すいてい の 岩いわ に 落ちおち 附くつく 枯葉かれは 」 の よう に 、 わが身わがみ は 、 恐怖きょうふ から も 不安ふあん から も 、 離れるはなれる 事こと が 出来るできる の でし た 。
あの 白痴はくち の 淫売いんばい 婦ふ たち の ふところ の 中なか で 、 安心あんしん し て ぐっすり 眠るねむる 思いおもい と は 、 また 、 全くまったく 異こと って 、 ( だいいち 、 あの プロステチュウト たち は 、 陽気ようき でし た ) その 詐欺さぎ 罪ざい の 犯人はんにん の 妻つま と 過しすごし た 一夜いちや は 、 自分じぶん にとって 、 幸福こうふく な ( こんな 大だい それ た 言葉ことば を 、 なん の 躊躇ちゅうちょ 《 ちゅうちょ 》 も 無くなく 、 肯定こうてい し て 使用しよう する 事こと は 、 自分じぶん の この 全ぜん 手記しゅき に 於いおい て 、 再びふたたび 無いない つもり です ) 解放かいほう せら れ た 夜よる でし た 。
しかし 、 ただ 一夜いちや でし た 。 朝あさ 、 眼め が 覚めさめ て 、 はね 起きおき 、 自分じぶん は もと の 軽薄けいはく な 、 装えるよそおえる お 道化者どうけもの に なっ て い まし た 。 弱虫よわむし は 、 幸福こうふく を さえ おそれる もの です 。 綿めん で 怪我けが を する ん です 。 幸福こうふく に 傷つけきずつけ られる 事こと も ある ん です 。 傷つけきずつけ られ ない うち に 、 早くはやく 、 この まま 、 わかれ たい と あせり 、 れい の お 道化どうけ の 煙幕えんまく を 張りはり めぐらす の でし た 。
「 金きん の 切れめきれめ が 縁えん の 切れめきれめ 、 って の はね 、 あれ はね 、 解釈かいしゃく が 逆ぎゃく な ん だ 。 金きむ が 無くなるなくなる と 女おんな に ふら れる って 意味いみ 、 じゃ あ 無いない ん だ 。 男おとこ に 金きん が 無くなるなくなる と 、 男おとこ は 、 ただ おのずから 意気いき | 銷沈しょうちん 《 しょう ちん 》 し て 、 ダメだめ に なり 、 笑うわらう 声こえ に も 力ちから が 無くなく 、 そうして 、 妙みょう に ひがん だり なんか し て ね 、 ついに は 破れかぶれやぶれかぶれ に なり 、 男おとこ の ほう から 女おんな を 振るふる 、 半はん 狂乱きょうらん に なっ て 振っふっ て 振っふっ て 振りふり 抜くぬく という 意味いみ な ん だ ね 、 金沢かなざわ 大辞林だいじりん という 本ほん に 依れよれ ば ね 、 可哀そうかわいそう に 。 僕ぼく に も 、 その 気持きもち わかる が ね 」
たしか 、 そんな ふう の 馬鹿げばかげ た 事こと を 言っいっ て 、 ツネ子つねこ を 噴き出さふきださ せ た よう な 記憶きおく が あり ます 。 長居ながい は 無用むよう 、 おそれ あり と 、 顔かお も 洗わあらわ ず に 素早くすばやく 引上げひきあげ た の です が 、 その 時とき の 自分じぶん の 、 「 金きん の 切れめきれめ が 縁えん の 切れめきれめ 」 という 出鱈目でたらめ 《 でたらめ 》 の 放言ほうげん が 、 のち に 到っいたっ て 、 意外いがい の ひっかかり を 生じしょうじ た の です 。
それから 、 ひと つき 、 自分じぶん は 、 その 夜よる の 恩人おんじん と は 逢いあい ませ ん でし た 。 別れわかれ て 、 日ひ が 経つたつ につれて 、 よろこび は 薄れうすれ 、 かり そ め の 恩おん を 受けうけ た 事こと が かえって そらおそろしく 、 自分勝手じぶんがって に ひどい 束縛そくばく を 感じかんじ て 来き て 、 あの カフエ の お 勘定かんじょう を 、 あの 時とき 、 全部ぜんぶ ツネ子つねこ の 負担ふたん に さ せ て しまっ た という 俗事ぞくじ さえ 、 次第にしだいに 気き に なり はじめ て 、 ツネ子つねこ も やはり 、 下宿げしゅく の 娘むすめ や 、 あの 女子じょし 高等こうとう 師範しはん と 同じくおなじく 、 自分じぶん を 脅迫きょうはく する だけ の 女おんな の よう に 思わおもわ れ 、 遠くとおく 離れはなれ て い ながら も 、 絶えずたえず ツネ子つねこ に おびえ て い て 、 その 上うえ に 自分じぶん は 、 一緒いっしょ に 休んやすん だ 事こと の ある 女おんな に 、 また 逢うあう と 、 その 時とき に いきなり 何なに か 烈火れっか の 如くごとく 怒らおこら れ そう な 気き が し て たまら ず 、 逢うあう のに 頗 《 すこ ぶ 》 る おっくう がる 性質せいしつ でし た ので 、 いよいよ 、 銀座ぎんざ は 敬遠けいえん の 形かたち でし た が 、 しかし 、 その おっくう がる という 性質せいしつ は 、 決してけっして 自分じぶん の 狡猾こうかつ 《 こうかつ 》 さ で は なく 、 女性じょせい という もの は 、 休んやすん で から の 事こと と 、 朝あさ 、 起きおき て から の 事こと と の 間ま に 、 一つひとつ の 、 塵ちり 《 ちり 》 ほど の 、 つながり を も 持たもた せ ず 、 完全かんぜん の 忘却ぼうきゃく の 如くごとく 、 見事みごと に 二つふたつ の 世界せかい を 切断せつだん さ せ て 生きいき て いる という 不思議ふしぎ な 現象げんしょう を 、 まだ よく 呑みこんのみこん で い なかっ た から な の でし た 。
十一月じゅういちがつ の 末すえ 、 自分じぶん は 、 堀木ほりき と 神田かんだ の 屋台やたい で 安やす 酒しゅ を 飲みのみ 、 この 悪友あくゆう は 、 その 屋台やたい を 出で て から も 、 さらに どこ か で 飲ものも う と 主張しゅちょう し 、 もう 自分じぶん たち に は お金おかね が 無いない のに 、 それでも 、 飲ものも う 、 飲ものも う よ 、 と ねばる の です 。 その 時とき 、 自分じぶん は 、 酔っよっ て 大胆だいたん に なっ て いる から でも あり まし た が 、
「 よし 、 そん なら 、 夢ゆめ の 国くに に 連れつれ て 行くいく 。 おどろく な 、 酒池肉林しゅちにくりん という 、 … … 」
「 カフエ か ? 」
「 そう 」
「 行こいこ う ! 」
という よう な 事こと に なっ て 二に 人にん 、 市電しでん に 乗りのり 、 堀木ほりき は 、 はしゃい で 、
「 おれ は 、 今夜こんや は 、 女おんな に 飢えうえ 渇いかわい て いる ん だ 。 女給じょきゅう に キスきす し て も いい か 」
自分じぶん は 、 堀木ほりき が そんな 酔態すいたい を 演じるえんじる 事こと を 、 あまり 好んこのん で い ない の でし た 。 堀木ほりき も 、 それ を 知っしっ て いる ので 、 自分じぶん に そんな 念ねん を 押すおす の でし た 。
「 いい か 。 キスきす する ぜ 。 おれ の 傍はた に 坐っすわっ た 女給じょきゅう に 、 きっと キスきす し て 見せるみせる 。 いい か 」
「 かまわ ん だろ う 」
「 ありがたい ! おれ は 女おんな に 飢えうえ 渇いかわい て いる ん だ 」
銀座ぎんざ 四よん 丁目ちょうめ で 降りおり て 、 その 所ところ 謂いい 酒池肉林しゅちにくりん の 大だい カフエ に 、 ツネ子つねこ を たのみ の 綱つな として ほとんど 無一文むいちもん で はいり 、 あい て いる ボックスぼっくす に 堀木ほりき と 向いむかい 合っあっ て 腰こし を おろし た とたん に 、 ツネ子つねこ と もう 一いち 人にん の 女給じょきゅう が 走りはしり 寄っよっ て 来き て 、 その もう 一いち 人にん の 女給じょきゅう が 自分じぶん の 傍はた に 、 そうして ツネ子つねこ は 、 堀木ほりき の 傍はた に 、 ドサン と 腰かけこしかけ た ので 、 自分じぶん は 、 ハッはっ と し まし た 。 ツネ子つねこ は 、 いま に キスきす さ れる 。
惜しいおしい という 気持きもち で は あり ませ ん でし た 。 自分じぶん に は 、 もともと 所有しょゆう 慾よく という もの は 薄くうすく 、 また 、 たまに 幽かかすか に 惜しむおしむ 気持きもち は あっ て も 、 その 所有しょゆう 権けん を 敢然とかんぜんと 主張しゅちょう し 、 人ひと と 争うあらそう ほど の 気力きりょく が 無いない の でし た 。 のち に 、 自分じぶん は 、 自分じぶん の 内縁ないえん の 妻つま が 犯さおかさ れる の を 、 黙っだまっ て 見み て いた事いたこと さえ あっ た ほど な の です 。
自分じぶん は 、 人間にんげん の いざこざ に 出来るできる だけ 触りさわり たく ない の でし た 。 その 渦うず に 巻き込ままきこま れる の が 、 おそろしい の でし た 。 ツネ子つねこ と 自分じぶん と は 、 一夜いちや だけ の 間柄あいだがら です 。 ツネ子つねこ は 、 自分じぶん の もの で は あり ませ ん 。 惜しいおしい 、 など 思いおもい 上っのぼっ た 慾よく は 、 自分じぶん に 持てるもてる 筈はず は あり ませ ん 。 けれども 、 自分じぶん は 、 ハッはっ と し まし た 。
自分じぶん の 眼め の 前まえ で 、 堀木ほりき の 猛烈もうれつ な キスきす を 受けるうける 、 その ツネ子つねこ の 身の上みのうえ を 、 ふびん に 思っおもっ た から でし た 。 堀木ほりき に よごさ れ た ツネ子つねこ は 、 自分じぶん と わか れ なけれ ば なら なく なる だろ う 、 しかも 自分じぶん に も 、 ツネ子つねこ を 引き留めるひきとめる 程ほど の ポジティヴ な 熱ねつ は 無いない 、 ああ 、 もう 、 これ で おしまい な の だ 、 と ツネ子つねこ の 不幸ふこう に 一瞬いっしゅん ハッはっ と し た ものの 、 すぐ に 自分じぶん は 水みず の よう に 素直すなお に あきらめ 、 堀木ほりき と ツネ子つねこ の 顔かお を 見み 較べくらべ 、 にやにや と 笑いわらい まし た 。
しかし 、 事態じたい は 、 実にじつに 思いがけなくおもいがけなく 、 もっと 悪くわるく 展開てんかい せら れ まし た 。
「 やめ た ! 」
と 堀木ほりき は 、 口くち を ゆがめ て 言いいい 、
「 さすが の おれ も 、 こんな 貧乏びんぼう くさい 女おんな に は 、 … … 」
閉口へいこう し 切っきっ た よう に 、 腕組みうでぐみ し て ツネ子つねこ を じろじろ 眺めながめ 、 苦笑くしょう する の でし た 。
「 お 酒さけ を 。 お金おかね は 無いない 」
自分じぶん は 、 小声こごえ で ツネ子つねこ に 言いいい まし た 。 それ こそ 、 浴びるあびる ほど 飲んのん で み たい 気持きもち でし た 。 所ところ 謂いい 俗物ぞくぶつ の 眼め から 見るみる と 、 ツネ子つねこ は 酔漢すいかん の キスきす に も 価あたい い し ない 、 ただ 、 みすぼらしい 、 貧乏びんぼう くさい 女おんな だっ た の でし た 。 案外あんがい と も 、 意外いがい と も 、 自分じぶん に は 霹 靂 《 へきれき 》 に 撃ちうち くだか れ た 思いおもい でし た 。 自分じぶん は 、 これ まで 例れい の 無かっなかっ た ほど 、 いくら で も 、 いくら で も 、 お 酒さけ を 飲みのみ 、 ぐらぐら 酔っよっ て 、 ツネ子つねこ と 顔かお を 見合せみあわせ 、 哀 《 かな 》 しく 微笑びしょう 《 ほほ え 》 み 合いあい 、 いかにも そう 言わいわ れ て みる と 、 こいつ は へん に 疲れつかれ て 貧乏びんぼう くさい だけ の 女おんな だ な 、 と 思うおもう と 同時にどうじに 、 金きん の 無いない 者もの どうし の 親和しんわ ( 貧富ひんぷ の 不和ふわ は 、 陳腐ちんぷ の よう で も 、 やはり ドラマどらま の 永遠えいえん の テーマてえま の 一つひとつ だ と 自分じぶん は 今いま で は 思っおもっ て い ます が ) そいつ が 、 その 親和しんわ 感かん が 、 胸むね に 込み上げこみあげ て 来き て 、 ツネ子つねこ が いとしく 、 生れうまれ て この 時とき はじめて 、 われ から 積極せっきょく 的てき に 、 微弱びじゃく ながら 恋こい の 心こころ の 動くうごく の を 自覚じかく し まし た 。 吐きはき まし た 。 前後ぜんご 不覚ふかく に なり まし た 。 お 酒さけ を 飲んのん で 、 こんなに 我わが を 失ううしなう ほど 酔っよっ た の も 、 その 時とき が はじめて でし た 。
眼め が 覚めさめ たら 、 枕まくら もと に ツネ子つねこ が 坐っすわっ て い まし た 。 本所ほんじょ の 大工だいく さん の 二に 階かい の 部屋へや に 寝ね て い た の でし た 。
「 金きん の 切れめきれめ が 縁えん の 切れめきれめ 、 なんて おっしゃっ て 、 冗談じょうだん か と 思うおもう て い たら 、 本気ほんき か 。 来き て くれ ない の だ もの 。 ややこしい 切れめきれめ や な 。 うち が 、 かせい で あげ て も 、 だめ か 」
「 だめ 」
それから 、 女おんな も 休んやすん で 、 夜よる 明けがたあけがた 、 女おんな の 口くち から 「 死し 」 という 言葉ことば が はじめて 出で て 、 女おんな も 人間にんげん として の 営みいとなみ に 疲れつかれ 切っきっ て い た よう でし た し 、 また 、 自分じぶん も 、 世の中よのなか へ の 恐怖きょうふ 、 わずらわし さ 、 金きむ 、 れい の 運動うんどう 、 女おんな 、 学業がくぎょう 、 考えるかんがえる と 、 とても この 上うえ こらえ て 生きいき て 行けいけ そう も なく 、 その ひと の 提案ていあん に 気軽きがる に 同意どうい し まし た 。
けれども 、 その 時とき に は まだ 、 実感じっかん として の 「 死のしの う 」 という 覚悟かくご は 、 出来でき て い なかっ た の です 。 どこ か に 「 遊びあそび 」 が ひそん で い まし た 。
その 日ひ の 午前ごぜん 、 二に 人にん は 浅草あさくさ の 六ろく 区く を さまよっ て い まし た 。 喫茶店きっさてん に はいり 、 牛乳ぎゅうにゅう を 飲みのみ まし た 。
「 あなた 、 払うはらう て 置いおい て 」
自分じぶん は 立ったっ て 、 袂たもと 《 たもと 》 から がま口がまぐち を 出しだし 、 ひらく と 、 銅銭どうせん が 三さん 枚まい 、 羞恥しゅうち 《 しゅうち 》 より も 凄惨せいさん 《 せいさん 》 の 思いおもい に 襲わおそわ れ 、 たちまち 脳裡のうり 《 の うり 》 に 浮ぶうかぶ もの は 、 仙遊せんゆう 館かん の 自分じぶん の 部屋へや 、 制服せいふく と 蒲団ふとん だけ が 残さのこさ れ て ある きり で 、 あと は もう 、 質草しちぐさ に なり そう な もの の 一つひとつ も 無いない 荒涼たるこうりょうたる 部屋へや 、 他た に は 自分じぶん の いま 着き て 歩いあるい て いる 絣かすり の 着物きもの と 、 マントまんと 、 これ が 自分じぶん の 現実げんじつ な の だ 、 生きいき て 行けいけ ない 、 と はっきり 思い知りおもいしり まし た 。
自分じぶん が まごつい て いる ので 、 女おんな も 立ったっ て 、 自分じぶん の がま口がまぐち を のぞい て 、
「 あら 、 たった それ だけ ? 」
無心むしん の 声こえ でし た が 、 これ が また 、 じんと 骨身ほねみ に こたえる ほど に 痛かっいたかっ た の です 。 はじめて 自分じぶん が 、 恋こい し た ひと の 声こえ だけ に 、 痛かっいたかっ た の です 。 それ だけ も 、 これ だけ も ない 、 銅銭どうせん 三さん 枚まい は 、 どだい お金おかね で あり ませ ん 。 それ は 、 自分じぶん が 未み 《 いま 》 だ かつて 味わっあじわっ た 事こと の 無いない 奇妙きみょう な 屈辱くつじょく でし た 。 とても 生きいき て おら れ ない 屈辱くつじょく でし た 。 所詮しょせん 《 しょせん 》 その 頃ころ の 自分じぶん は 、 まだ お 金持ちかねもち の 坊ちゃんぼっちゃん という 種たね 属ぞく から 脱しだっし 切っきっ て い なかっ た の でしょ う 。 その 時とき 、 自分じぶん は 、 みずから すすん で も 死のしの う と 、 実感じっかん として 決意けつい し た の です 。
その 夜よる 、 自分じぶん たち は 、 鎌倉かまくら の 海うみ に 飛び込みとびこみ まし た 。 女おんな は 、 この 帯おび は お 店みせ の お 友達ともだち から 借りかり て いる 帯おび や から 、 と 言っいっ て 、 帯おび を ほどき 、 畳んたたん で 岩いわ の 上うえ に 置きおき 、 自分じぶん も マントまんと を 脱ぎぬぎ 、 同じおなじ 所ところ に 置いおい て 、 一緒いっしょ に 入水じゅすい 《 じゅすい 》 し まし た 。
女おんな の ひと は 、 死にしに まし た 。 そうして 、 自分じぶん だけ 助かりたすかり まし た 。
自分じぶん が 高等こうとう 学校がっこう の 生徒せいと で は あり 、 また 父ちち の 名な に も いくら か 、 所ところ 謂いい ニュウス・ヴァリュ が あっ た の か 、 新聞しんぶん に も かなり 大きなおおきな 問題もんだい として 取り上げとりあげ られ た よう でし た 。
自分じぶん は 海辺うみべ の 病院びょういん に 収容しゅうよう せら れ 、 故郷こきょう から 親戚しんせき 《 しん せき 》 の 者もの が ひとり 駈けかけ つけ 、 さまざま の 始末しまつ を し て くれ て 、 そうして 、 くに の 父ちち を はじめ 一家いっか 中ちゅう が 激怒げきど し て いる から 、 これ っきり 生家せいか と は 義絶ぎぜつ に なる かも 知れしれ ぬ 、 と 自分じぶん に 申し渡しもうしわたし て 帰りかえり まし た 。 けれども 自分じぶん は 、 そんな 事こと より 、 死んしん だ ツネ子つねこ が 恋いこい しく 、 めそめそ 泣いない て ばかり い まし た 。 本当にほんとうに 、 いま まで の ひと の 中なか で 、 あの 貧乏びんぼう くさい ツネ子つねこ だけ を 、 すき だっ た の です から 。
下宿げしゅく の 娘むすめ から 、 短歌たんか を 五ご 十じゅう も 書きかき つらね た 長いながい 手紙てがみ が 来き まし た 。 「 生きいき くれ よ 」 という へん な 言葉ことば で はじまる 短歌たんか ばかり 、 五ご 十じゅう でし た 。 また 、 自分じぶん の 病室びょうしつ に 、 看護かんご 婦ふ たち が 陽気ようき に 笑いわらい ながら 遊びあそび に 来き て 、 自分じぶん の 手て を きゅっと 握っにぎっ て 帰るかえる 看護かんご 婦ふ も い まし た 。
自分じぶん の 左ひだり 肺はい に 故障こしょう の ある の を 、 その 病院びょういん で 発見はっけん せら れ 、 これ が たいへん 自分じぶん に 好都合こうつごう な 事こと に なり 、 やがて 自分じぶん が 自殺じさつ | 幇助ほうじょ 《 ほうじょ 》 罪ざい という 罪名ざいめい で 病院びょういん から 警察けいさつ に 連れつれ て 行かいか れ まし た が 、 警察けいさつ で は 、 自分じぶん を 病人びょうにん あつかい に し て くれ て 、 特にとくに 保護ほご 室しつ に 収容しゅうよう し まし た 。
深夜しんや 、 保護ほご 室しつ の 隣りとなり の 宿直しゅくちょく 室しつ で 、 寝ずの番ねずのばん を し て い た 年寄りとしより の お 巡じゅん 《 ま わ 》 り が 、 間ま の ドアどあ を そっと あけ 、
「 おい ! 」
と 自分じぶん に 声こえ を かけ 、
「 寒いさむい だろ う 。 こっち へ 来き て 、 あたれ 」
と 言いいい まし た 。
自分じぶん は 、 わざと しおしお と 宿直しゅくちょく 室しつ に は いっ て 行きいき 、 椅子いす に 腰かけこしかけ て 火鉢ひばち に あたり まし た 。
「 やはり 、 死んしん だ 女おんな が 恋いこい し い だろ う 」
「 はい 」
ことさら に 、 消え入るきえいる よう な 細いほそい 声こえ で 返事へんじ し まし た 。
「 そこ が 、 やはり 人情にんじょう という もの だ 」
彼かれ は 次第にしだいに 、 大きくおおきく 構えかまえ て 来き まし た 。
「 はじめ 、 女おんな と 関係かんけい を 結んむすん だ の は 、 どこ だ 」
ほとんど 裁判官さいばんかん の 如くごとく 、 もったいぶっ て 尋ねるたずねる の でし た 。 彼かれ は 、 自分じぶん を 子供こども と あなどり 、 秋あき の 夜よる の つれづれ に 、 あたかも 彼かれ 自身じしん が 取調べとりしらべ の 主任しゅにん で も ある か の よう に 装いよそおい 、 自分じぶん から 猥談わいだん 《 わい だ ん 》 めい た 述懐じゅっかい を 引き出そひきだそ う という 魂胆こんたん の よう でし た 。 自分じぶん は 素早くすばやく それ を 察しさっし 、 噴き出しふきだし たい の を 怺 《 こら 》 える のに 骨ほね を 折りおり まし た 。 そんな お巡りおまわり の 「 非公式ひこうしき な 訊問じんもん 」 に は 、 いっさい 答こたえ を 拒否きょひ し て も かまわ ない の だ という 事こと は 、 自分じぶん も 知っしっ て い まし た が 、 しかし 、 秋あき の 夜よる な が に 興きょう を 添えるそえる ため 、 自分じぶん は 、 あくまでも 神妙しんみょう に 、 その お巡りおまわり こそ 取調べとりしらべ の 主任しゅにん で あっ て 、 刑罰けいばつ の 軽重けいちょう の 決定けってい も その お巡りおまわり の 思召おぼしめし 《 おぼし め 》 し 一つひとつ に 在るある の だ 、 という 事こと を 固くかたく 信じしんじ て 疑わうたがわ ない よう な 所ところ 謂いい 誠意せいい を お もて に あらわし 、 彼かれ の 助平すけべえ の 好奇こうき 心しん を 、 やや 満足まんぞく さ せる 程度ていど の いい加減いいかげん な 「 陳述ちんじゅつ 」 を する の でし た 。
「 うん 、 それで だいたい わかっ た 。 何なに でも 正直しょうじき に 答えるこたえる と 、 わし ら の ほう で も 、 そこ は 手心てごころ を 加えるくわえる 」
「 ありがとう ござい ます 。 よろしく お願いおねがい いたし ます 」
ほとんど 入神にゅうしん の 演技えんぎ でし た 。 そうして 、 自分じぶん の ため に は 、 何なに も 、 一つひとつ も 、 とくに なら ない 力演りきえん な の です 。
夜よる が 明けあけ て 、 自分じぶん は 署長しょちょう に 呼び出さよびださ れ まし た 。 こんど は 、 本式ほんしき の 取調べとりしらべ な の です 。
ドアどあ を あけ て 、 署長しょちょう 室しつ に はいっ た とたん に 、
「 おう 、 いい 男おとこ だ 。 これ あ 、 お前おまえ が 悪いわるい ん じゃ ない 。 こんな 、 いい 男おとこ に 産んうん だ お前おまえ の おふくろ が 悪いわるい ん だ 」
色いろ の 浅黒いあさぐろい 、 大学だいがく 出で みたい な 感じかんじ の まだ 若いわかい 署長しょちょう でし た 。 いきなり そう 言わいわ れ て 自分じぶん は 、 自分じぶん の 顔かお の 半面はんめん に べったり 赤あか 痣あざ 《 あか あざ 》 で も ある よう な 、 みにくい 不具ふぐ 者しゃ の よう な 、 みじめ な 気き が し まし た 。
この 柔道じゅうどう か 剣道けんどう の 選手せんしゅ の よう な 署長しょちょう の 取調べとりしらべ は 、 実にじつに あっさり し て い て 、 あの 深夜しんや の 老ろう 巡査じゅんさ の ひそか な 、 執拗しつよう 《 しつよう 》 きわまる 好色こうしょく の 「 取調べとりしらべ 」 と は 、 雲泥の差うんでいのさ が あり まし た 。 訊問じんもん が すん で 、 署長しょちょう は 、 検事けんじ 局きょく に 送るおくる 書類しょるい を し た ため ながら 、
「 からだ を 丈夫じょうぶ に し なけれ ゃ 、 いか ん ね 。 血痰けったん 《 けっ た ん 》 が 出で て いる よう じゃ ない か 」
と 言いいい まし た 。
その 朝あさ 、 へん に 咳せき 《 せき 》 が 出で て 、 自分じぶん は 咳せき の 出るでる たび に 、 ハンケチはんけち で 口くち を 覆っおおっ て い た の です が 、 その ハンケチはんけち に 赤いあかい 霰 《 あら れ 》 が 降っふっ た みたい に 血ち が つい て い た の です 。 けれども 、 それ は 、 喉のど 《 のど 》 から 出で た 血ち で は なく 、 昨夜さくや 、 耳みみ の 下した に 出来でき た 小さいちいさい おでき を いじっ て 、 その おでき から 出で た 血ち な の でし た 。 しかし 、 自分じぶん は 、 それ を 言いいい 明あか さ ない ほう が 、 便宜べんぎ な 事こと も ある よう な 気き が ふっと し た もの です から 、 ただ 、
「 はい 」
と 、 伏ふく 眼め に なり 、 殊勝しゅしょう げ に 答えこたえ て 置きおき まし た 。
署長しょちょう は 書類しょるい を 書きかき 終えおえ て 、
「 起訴きそ に なる か どう か 、 それ は 検事けんじ 殿どの が きめる こと だ が 、 お前おまえ の 身元みもと 引受ひきうけ 人じん に 、 電報でんぽう か 電話でんわ で 、 きょう 横浜よこはま の 検事けんじ 局きょく に 来き て もらう よう に 、 たのん だ ほう が いい な 。 誰だれ か 、 ある だろ う 、 お前おまえ の 保護ほご 者しゃ とか 保証ほしょう 人じん とかいう もの が 」
父ちち の 東京とうきょう の 別荘べっそう に 出入りでいり し て い た 書画しょが | 骨董こっとう 《 こっとう 》 商しょう の 渋田しぶた という 、 自分じぶん たち と 同郷どうきょう 人じん で 、 父ちち の たいこ 持ちもち みたい な 役やく も 勤めつとめ て い た ずんぐり し た 独身どくしん の 四よん 十じゅう 男なん が 、 自分じぶん の 学校がっこう の 保証ほしょう 人じん に なっ て いる の を 、 自分じぶん は 思い出しおもいだし まし た 。 その 男おとこ の 顔かお が 、 殊にことに 眼め つき が 、 ヒラメひらめ に 似に て いる と いう ので 、 父ちち は いつも その 男おとこ を ヒラメひらめ と 呼びよび 、 自分じぶん も 、 そう 呼びよび なれ て い まし た 。
自分じぶん は 警察けいさつ の 電話でんわ 帳ちょう を 借りかり て 、 ヒラメひらめ の 家いえ の 電話でんわ 番号ばんごう を 捜しさがし 、 見つかっみつかっ た ので 、 ヒラメひらめ に 電話でんわ し て 、 横浜よこはま の 検事けんじ 局きょく に 来き て くれる よう に 頼みたのみ まし たら 、 ヒラメひらめ は 人ひと が 変っかわっ た みたい な 威張っいばっ た 口調くちょう で 、 それでも 、 とにかく 引受けひきうけ て くれ まし た 。
「 おい 、 その 電話機でんわき 、 すぐ 消毒しょうどく し た ほう が いい ぜ 。 何せなにせ 、 血痰けったん が 出で て いる ん だ から 」
自分じぶん が 、 また 保護ほご 室しつ に 引き上げひきあげ て から 、 お巡りおまわり たち に そう 言いつけいいつけ て いる 署長しょちょう の 大きなおおきな 声こえ が 、 保護ほご 室しつ に 坐っすわっ て いる 自分じぶん の 耳みみ に まで 、 とどき まし た 。
お昼おひる すぎ 、 自分じぶん は 、 細いほそい 麻あさ 繩 で 胴どう を 縛らしばら れ 、 それ は マントまんと で 隠すかくす こと を 許さゆるさ れ まし た が 、 その 麻あさ 繩 の 端はじ を 若いわかい お巡りおまわり が 、 しっかり 握っにぎっ て い て 、 二に 人にん 一緒いっしょ に 電車でんしゃ で 横浜よこはま に 向いむかい まし た 。
けれども 、 自分じぶん に は 少しすこし の 不安ふあん も 無くなく 、 あの 警察けいさつ の 保護ほご 室しつ も 、 老ろう 巡査じゅんさ も なつかしく 、 嗚呼ああ 《 ああ 》 、 自分じぶん は どうして こう な の でしょ う 、 罪人ざいにん として 縛らしばら れる と 、 かえって ほっと し て 、 そうして ゆったり 落ちついおちつい て 、 その 時とき の 追憶ついおく を 、 いま 書くかく に 当っあたっ て も 、 本当にほんとうに のびのび し た 楽しいたのしい 気持きもち に なる の です 。
しかし 、 その 時期じき の なつかしい 思い出おもいで の 中なか に も 、 たった 一つひとつ 、 冷汗ひやあせ 三さん 斗と の 、 生涯しょうがい わすれ られ ぬ 悲惨ひさん な しくじり が あっ た の です 。 自分じぶん は 、 検事けんじ 局きょく の 薄暗いうすぐらい 一室いっしつ で 、 検事けんじ の 簡単かんたん な 取調べとりしらべ を 受けうけ まし た 。 検事けんじ は 四よん 十じゅう 歳さい 前後ぜんご の 物静かものしずか な 、 ( もし 自分じぶん が 美貌びぼう だっ た として も 、 それ は 謂いい 《 い 》 わ ば 邪淫じゃいん の 美貌びぼう だっ た に 違いちがい あり ませ ん が 、 その 検事けんじ の 顔かお は 、 正しいただしい 美貌びぼう 、 と でも 言いいい たい よう な 、 聡明そうめい な 静謐せいひつ 《 せいひつ 》 の 気配けはい を 持っもっ て い まし た ) コセコセ し ない 人柄ひとがら の よう でし た ので 、 自分じぶん も 全くまったく 警戒けいかい せ ず 、 ぼんやり 陳述ちんじゅつ し て い た の です が 、 突然とつぜん 、 れい の 咳せき が 出で て 来き て 、 自分じぶん は 袂たもと から ハンケチはんけち を 出しだし 、 ふと その 血ち を 見み て 、 この 咳せき も また 何なに か の 役に立つやくにたつ かも 知れしれ ぬ と あさましい 駈か 引きひき の 心こころ を 起しおこし 、 ゴホン 、 ゴホン と 二つふたつ ばかり 、 おまけ の 贋にせ 《 に せ 》 の 咳せき を 大袈裟おおげさ 《 おおげさ 》 に 附けつけ 加えくわえ て 、 ハンケチはんけち で 口くち を 覆っおおっ た まま 検事けんじ の 顔かお を ちら と 見み た 、 間一髪かんいっぱつ 、
「 ほんとう かい ? 」
ものしずか な 微笑びしょう でし た 。 冷汗ひやあせ 三さん 斗と 、 いいえ 、 いま 思い出しおもいだし て も 、 きりきり舞いきりきりまい を し たく なり ます 。 中学ちゅうがく 時代じだい に 、 あの 馬鹿ばか の 竹たけ 一いち から 、 ワザわざ 、 ワザわざ 、 と 言わいわ れ て 脊 中ちゅう 《 せ なか 》 を 突かつか れ 、 地獄じごく に 蹴け 落 《 け おと 》 さ れ た 、 その 時とき の 思いおもい 以上いじょう と 言っいっ て も 、 決してけっして 過言かごん で は 無いない 気持きもち です 。 あれ と 、 これ と 、 二つふたつ 、 自分じぶん の 生涯しょうがい に 於けおけ る 演技えんぎ の 大だい 失敗しっぱい の 記録きろく です 。 検事けんじ の あんな 物静かものしずか な 侮蔑ぶべつ 《 ぶべつ 》 に 遭うあう より は 、 いっそ 自分じぶん は 十じゅう 年ねん の 刑けい を 言い渡さいいわたさ れ た ほう が 、 まし だっ た と 思うおもう 事こと さえ 、 時たまときたま ある 程ほど な の です 。
自分じぶん は 起訴きそ 猶予ゆうよ に なり まし た 。 けれども 一向にいっこうに うれしく なく 、 世にもよにも みじめ な 気持きもち で 、 検事けんじ 局きょく の 控室ひかえしつ の ベンチべんち に 腰かけこしかけ 、 引 取りとり 人じん の ヒラメひらめ が 来るくる の を 待っまっ て い まし た 。
背後はいご の 高いたかい 窓まど から 夕焼けゆうやけ の 空そら が 見えみえ 、 鴎かもめ 《 かもめ 》 が 、 「 女おんな 」 という 字じ みたい な 形かたち で 飛んとん で い まし た 。
✦ Peek竹たけ 一いち の 予言よげん の 、 一つひとつ は 当りあたり 、 一つひとつ は 、 はずれ まし た 。 惚 《 ほ 》 れ られる という 、 名誉めいよ で 無いない 予言よげん の ほう は 、 あたり まし た が 、 きっと 偉いえらい 絵え 画きえがき に なる という 、 祝福しゅくふく の 予言よげん は 、 はずれ まし た 。
自分じぶん は 、 わずか に 、 粗悪そあく な 雑誌ざっし の 、 無名むめい の 下手へた な 漫画まんが 家か に なる 事こと が 出来でき た だけ でし た 。
鎌倉かまくら の 事件じけん の ため に 、 高等こうとう 学校がっこう から は 追放ついほう せら れ 、 自分じぶん は 、 ヒラメひらめ の 家いえ の 二に 階かい の 、 三さん 畳じょう の 部屋へや で 寝起きねおき し て 、 故郷こきょう から は 月々つきづき 、 極めてきわめて 小額しょうがく の 金きん が 、 それ も 直接ちょくせつ に 自分じぶん 宛あて で は なく 、 ヒラメひらめ の ところ に ひそか に 送らおくら れ て 来き て いる 様子ようす でし た が 、 ( しかも 、 それ は 故郷こきょう の 兄たちあにたち が 、 父ちち に かくし て 送っおくっ て くれ て いる という 形式けいしき に なっ て い た よう でし た ) それ っきり 、 あと は 故郷こきょう と の つながり を 全然ぜんぜん 、 断ち切らたちきら れ て しまい 、 そうして 、 ヒラメひらめ は いつも 不ふ 機嫌きげん 、 自分じぶん が あいそ 笑いわらい を し て も 、 笑わわらわ ず 、 人間にんげん という もの は こんなにも 簡単かんたん に 、 それ こそ 手のひらてのひら を かえす が 如くごとく に 変化へんか できる もの か と 、 あさましく 、 いや 、 むしろ 滑稽こっけい に 思わおもわ れる くらい の 、 ひどい 変りかわり 様さま で 、
「 出で ちゃ いけ ませ ん よ 。 とにかく 、 出で ない で 下さいください よ 」
それ ばかり 自分じぶん に 言っいっ て いる の でし た 。
ヒラメひらめ は 、 自分じぶん に 自殺じさつ の おそれ あり と 、 にらん で いる らしく 、 つまり 、 女おんな の 後のち を 追っておって また 海うみ へ 飛び込んとびこん だり する 危険きけん が ある と 見み て とっ て いる らしく 、 自分じぶん の 外出がいしゅつ を 固くかたく 禁じきんじ て いる の でし た 。 けれども 、 酒さけ も 飲めのめ ない し 、 煙草たばこ も 吸えすえ ない し 、 ただ 、 朝あさ から 晩ばん まで 二に 階かい の 三さん 畳じょう の こたつ に もぐっ て 、 古こ 雑誌ざっし なんか 読んよん で 阿呆あほ 同然どうぜん の くらし を し て いる 自分じぶん に は 、 自殺じさつ の 気力きりょく さえ 失わうしなわ れ て い まし た 。
ヒラメひらめ の 家いえ は 、 大久保おおくぼ の 医い 専 の 近くちかく に あり 、 書画しょが 骨董こっとう 商しょう 、 青あお 竜りゅう 園えん 、 だ など と 看板かんばん の 文字もじ だけ は 相当そうとう に 気張っきばっ て い て も 、 一いち 棟むね 二に 戸こ の 、 その 一いち 戸こ で 、 店みせ の 間口まぐち も 狭くせまく 、 店内てんない は ホコリほこり だらけ で 、 いい加減いいかげん な ガラクタ ばかり 並べならべ 、 ( もっとも 、 ヒラメひらめ は その 店みせ の ガラクタ に たよっ て 商売しょうばい し て いる わけ で は なく 、 こっち の 所ところ 謂いい 旦那だんな の 秘蔵ひぞう の もの を 、 あっち の 所ところ 謂いい 旦那だんな に その 所有しょゆう 権けん を ゆずる 場合ばあい など に 活躍かつやく し て 、 お金おかね を もうけ て いる らしい の です ) 店てん に 坐っすわっ て いる 事こと は 殆どほとんど 無くなく 、 たいてい 朝あさ から 、 むずかし そう な 顔かお を し て そそくさ と 出かけでかけ 、 留守るす は 十じゅう 七なな 、 八はち の 小僧こぞう ひとり 、 これ が 自分じぶん の 見張りみはり 番ばん という わけ で 、 ひま さえ あれ ば 近所きんじょ の 子供こども たち と 外そと で キャッチボールきゃっちぼうる など し て い て も 、 二に 階かい の 居候いそうろう を まるで 馬鹿ばか か 気違いきちがい くらい に 思っおもっ て いる らしく 、 大人おとな 《 おとな 》 の 説教せっきょう くさい 事こと まで 自分じぶん に 言い聞かせいいきかせ 、 自分じぶん は 、 ひと と 言いいい 争いあらそい の 出来でき ない 質しつ 《 たち 》 な ので 、 疲れつかれ た よう な 、 また 、 感心かんしん し た よう な 顔かお を し て それ に 耳みみ を 傾けかたむけ 、 服従ふくじゅう し て いる の でし た 。 この 小僧こぞう は 渋田しぶた の かくし子かくしご で 、 それでも へん な 事情じじょう が あっ て 、 渋田しぶた は 所ところ 謂いい 親子おやこ の 名乗りなのり を せ ず 、 また 渋田しぶた が ずっと 独身どくしん な の も 、 何やらなにやら その 辺あたり に 理由りゆう が あっ て の 事こと らしく 、 自分じぶん も 以前いぜん 、 自分じぶん の 家いえ の 者もの たち から それ に 就いつい て の 噂うわさ 《 うわさ 》 を 、 ちょっと 聞いきい た よう な 気き も する の です が 、 自分じぶん は 、 どうも 他人たにん の 身の上みのうえ に は 、 あまり 興味きょうみ を 持てもて ない ほう な ので 、 深いふかい 事こと は 何なに も 知りしり ませ ん 。 しかし 、 その 小僧こぞう の 眼め つき に も 、 妙みょう に 魚さかな の 眼め を 聯想れんそう 《 れん そう 》 さ せる ところ が あり まし た から 、 或いはあるいは 、 本当にほんとうに ヒラメひらめ の かくし子かくしご 、 … … でも 、 それ なら ば 、 二に 人にん は 実にじつに 淋しいさびしい 親子おやこ でし た 。 夜よる おそく 、 二に 階かい の 自分じぶん に は 内緒ないしょ で 、 二に 人にん で お そば など を 取寄せとりよせ て 無言むごん で 食べたべ て いる 事こと が あり まし た 。
ヒラメひらめ の 家いえ で は 食事しょくじ は いつも その 小僧こぞう が つくり 、 二に 階かい の やっかい 者しゃ の 食事しょくじ だけ は 別にべつに お 膳ぜん 《 ぜん 》 に 載せのせ て 小僧こぞう が 三度々々さんどさんど 二に 階かい に 持ち運んもちはこん で 来き て くれ て 、 ヒラメひらめ と 小僧こぞう は 、 階段かいだん の 下した の じめじめ し た 四畳半よじょうはん で 何やらなにやら 、 カチャカチャ 皿さら 小鉢こばち の 触れ合うふれあう 音おと を さ せ ながら 、 いそがし げ に 食事しょくじ し て いる の でし た 。
三月さんがつ 末まつ の 或ある る 夕方ゆうがた 、 ヒラメひらめ は 思わおもわ ぬ もうけ 口ぐち に でも ありつい た の か 、 または 何なに か 他た に 策略さくりゃく で も あっ た の か 、 ( その 二つふたつ の 推察すいさつ が 、 ともに 当っあたっ て い た として も 、 おそらくは 、 さらに また いくつ か の 、 自分じぶん など に は とても 推察すいさつ の とどか ない こまかい 原因げんいん も あっ た の でしょ う が ) 自分じぶん を 階下かいか の 珍ちん らしく お 銚子ちょうし 《 ちょうし 》 など 附いつい て いる 食卓しょくたく に 招いまねい て 、 ヒラメひらめ なら ぬ マグロまぐろ の 刺身さしみ に 、 ごちそう の 主人しゅじん 《 あるじ 》 みずから 感服かんぷく し 、 賞しょう 讃さん 《 しょう さん 》 し 、 ぼんやり し て いる 居候いそうろう に も 少しくすこしく お 酒さけ を すすめ 、
「 どう する つもり な ん です 、 いったい 、 これから 」
自分じぶん は それ に 答えこたえ ず 、 卓上たくじょう の 皿さら から 畳鰯たたみいわし 《 たたみ いわし 》 を つまみ上げつまみあげ 、 その 小しょう 魚さかな たち の 銀ぎん の 眼め 玉だま を 眺めながめ て い たら 、 酔いよい が ほのぼの 発しはっし て 来き て 、 遊びあそび 廻っまわっ て い た 頃ころ が なつかしく 、 堀木ほりき で さえ なつかしく 、 つくづく 「 自由じゆう 」 が 欲しくほしく なり 、 ふっと 、 かぼそく 泣きなき そう に なり まし た 。
自分じぶん が この 家いえ へ 来き て から は 、 道化どうけ を 演ずるえんずる 張合いはりあい さえ 無くなく 、 ただ もう ヒラメひらめ と 小僧こぞう の 蔑視べっし の 中なか に 身み を 横たえよこたえ 、 ヒラメひらめ の ほう で も また 、 自分じぶん と 打ち解けうちとけ た 長ちょう 噺はなし を する の を 避けさけ て いる 様子ようす でし た し 、 自分じぶん も その ヒラメひらめ を 追いかけおいかけ て 何なに か を 訴えるうったえる 気き など は 起らおこら ず 、 ほとんど 自分じぶん は 、 間抜けまぬけ づら の 居候いそうろう に なり 切っきっ て い た の です 。
「 起訴きそ 猶予ゆうよ という の は 、 前科ぜんか 何なん 犯はん とか 、 そんな もの に は 、 なら ない 模様もよう です 。 だから 、 まあ 、 あなた の 心掛けこころがけ 一つひとつ で 、 更生こうせい が 出来るできる わけ です 。 あなた が 、 もし 、 改心かいしん し て 、 あなた の ほう から 、 真面目まじめ に 私わたし に 相談そうだん を 持ちかけもちかけ て くれ たら 、 私わたし も 考えかんがえ て み ます 」
ヒラメひらめ の 話はなし 方かた に は 、 いや 、 世の中よのなか の 全部ぜんぶ の 人ひと の 話はなし 方かた に は 、 この よう に ややこしく 、 どこ か 朦朧もうろう 《 もうろう 》 として 、 逃 腰こし と でも いっ た みたい な 微妙びみょう な 複雑ふくざつ さ が あり 、 その ほとんど 無益むえき と 思わおもわ れる くらい の 厳重げんじゅう な 警戒けいかい と 、 無数むすう と いっ て いい くらい の 小うるさいこうるさい 駈か 引 と に は 、 いつも 自分じぶん は 当惑とうわく し 、 どう でも いい や という 気分きぶん に なっ て 、 お 道化どうけ で 茶化しちゃかし たり 、 または 無言むごん の 首肯しゅこう で 一いち さい おまかせ という 、 謂わいわ ば 敗北はいぼく の 態度たいど を とっ て しまう の でし た 。
この 時とき も ヒラメひらめ が 、 自分じぶん に 向っむかっ て 、 だいたい 次つぎ の よう に 簡単かんたん に 報告ほうこく すれ ば 、 それで すむ 事こと だっ た の を 自分じぶん は 後年こうねん に 到っいたっ て 知りしり 、 ヒラメひらめ の 不ふ 必要ひつよう な 用心ようじん 、 いや 、 世の中よのなか の 人ひと たち の 不可解ふかかい な 見栄みえ 、 お てい さい に 、 何ともなんとも 陰鬱いんうつ な 思いおもい を し まし た 。
ヒラメひらめ は 、 その 時とき 、 ただ こう 言えいえ ば よかっ た の でし た 。
「 官立かんりつ で も 私立しりつ で も 、 とにかく 四月しがつ から 、 どこ か の 学校がっこう へ はいり なさい 。 あなた の 生活せいかつ 費ひ は 、 学校がっこう へ はいる と 、 くに から 、 もっと 充分じゅうぶん に 送っおくっ て 来るくる 事こと に なっ て いる の です 。 」
ずっと 後ご に なっ て わかっ た の です が 、 事実じじつ は 、 その よう に なっ て い た の でし た 。 そうして 、 自分じぶん も その 言いつけいいつけ に 従っしたがっ た でしょ う 。 それなのに 、 ヒラメひらめ の いや に 用心深くようじんぶかく 持っもっ て 廻っまわっ た 言い方いいかた の ため に 、 妙みょう に こじれ 、 自分じぶん の 生きいき て 行くいく 方向ほうこう も まるで 変っかわっ て しまっ た の です 。
「 真面目まじめ に 私わたし に 相談そうだん を 持ちかけもちかけ て くれる 気持きもち が 無けれなけれ ば 、 仕様しよう が ない です が 」
「 どんな 相談そうだん ? 」
自分じぶん に は 、 本当にほんとうに 何なに も 見当けんとう が つか なかっ た の です 。
「 それ は 、 あなた の 胸むね に ある 事こと でしょ う ? 」
「 たとえば ? 」
「 たとえば って 、 あなた 自身じしん 、 これから どう する 気き な ん です 」
「 働いはたらい た ほう が 、 いい ん です か ? 」
「 いや 、 あなた の 気持きもち は 、 いったい どう な ん です 」
「 だって 、 学校がっこう へ はいる と いっ たって 、 … … 」
「 そりゃ 、 お金おかね が 要りいり ます 。 しかし 、 問題もんだい は 、 お金おかね で ない 。 あなた の 気持きもち です 」
お金おかね は 、 くに から 来るくる 事こと に なっ て いる ん だ から 、 と なぜ 一いち こと 、 言わいわ なかっ た の でしょ う 。 その 一言ひとこと に 依っよっ て 、 自分じぶん の 気持きもち も 、 きまっ た 筈はず な のに 、 自分じぶん に は 、 ただ 五里霧中ごりむちゅう でし た 。
「 どう です か ? 何なに か 、 将来しょうらい の 希望きぼう 、 と でも いっ た もの が 、 ある ん です か ? いったい 、 どうも 、 ひと を ひとり 世話せわ し て いる という の は 、 どれ だけ むずかしい もの だ か 、 世話せわ さ れ て いる ひと に は 、 わかり ます まい 」
「 すみません 」
「 そりゃ 実にじつに 、 心配しんぱい な もの です 。 私わたし も 、 いったん あなた の 世話せわ を 引受けひきうけ た 以上いじょう 、 あなた に も 、 生半可なまはんか 《 なま はん か 》 な 気持きもち で い て もらい たく ない の です 。 立派りっぱ に 更生こうせい の 道みち を たどる 、 という 覚悟かくご の ほど を 見せみせ て もらい たい の です 。 たとえば 、 あなた の 将来しょうらい の 方針ほうしん 、 それ に 就いつい て あなた の ほう から 私わたし に 、 まじめ に 相談そうだん を 持ちかけもちかけ て 来き た なら 、 私わたし も その 相談そうだん に は 応ずるおうずる つもり で い ます 。 それ は 、 どうせ こんな 、 貧乏びんぼう な ヒラメひらめ の 援助えんじょ な の です から 、 以前いぜん の よう な ぜいたく を 望んのぞん だら 、 あて が はずれ ます 。 しかし 、 あなた の 気持きもち が しっかり し て い て 、 将来しょうらい の 方針ほうしん を はっきり 打ちうち 樹じゅ 《 た 》 て 、 そうして 私わたし に 相談そうだん を し て くれ たら 、 私わたし は 、 たとい わずか ずつ で も 、 あなた の 更生こうせい の ため に 、 お手伝いおてつだい しよ う と さえ 思っおもっ て いる ん です 。 わかり ます か ? 私わたし の 気持きもち が 。 いったい 、 あなた は 、 これから 、 どう する つもり で いる の です 」
「 ここ の 二に 階かい に 、 置いおい て もらえ なかっ たら 、 働いはたらい て 、 … … 」
「 本気ほんき で 、 そんな 事こと を 言っいっ て いる の です か ? いま の この 世の中よのなか に 、 たとい 帝国ていこく 大だい 学校がっこう を 出で た って 、 … … 」
「 いいえ 、 サラリイマン に なる ん で は 無いない ん です 」
「 それ じゃ 、 何なに です 」
「 画家がか です 」
思い切っおもいきっ て 、 それ を 言いいい まし た 。
「 へええ ? 」
自分じぶん は 、 その 時とき の 、 頸 《 く び 》 を ちぢめ て 笑っわらっ た ヒラメひらめ の 顔かお の 、 いかにも ずる そう な 影かげ を 忘れるわすれる 事こと が 出来でき ませ ん 。 軽蔑けいべつ の 影かげ に も 似に て 、 それとも 違いちがい 、 世の中よのなか を 海うみ に たとえる と 、 その 海うみ の 千尋ちひろ 《 ちひろ 》 の 深ふか さ の 箇所かしょ に 、 そんな 奇妙きみょう な 影かげ が たゆ とうてい そう で 、 何なに か 、 おとな の 生活せいかつ の 奥底おくそこ を チラ と 覗 《 の ぞ 》 かせ た よう な 笑いわらい でし た 。
そんな 事こと で は 話はなし に も 何なに も なら ぬ 、 ちっとも 気持きもち が しっかり し て い ない 、 考えかんがえ なさい 、 今夜こんや 一いち 晩ばん まじめ に 考えかんがえ て み なさい 、 と 言わいわ れ 、 自分じぶん は 追わおわ れる よう に 二に 階かい に 上っのぼっ て 、 寝ね て も 、 別にべつに 何なに の 考えかんがえ も 浮びうかび ませ ん でし た 。 そうして 、 あけ がた に なり 、 ヒラメひらめ の 家いえ から 逃げにげ まし た 。
夕方ゆうがた 、 間違いまちがい なく 帰りかえり ます 。 左記さき の 友人ゆうじん の 許もと 《 もと 》 へ 、 将来しょうらい の 方針ほうしん に 就いつい て 相談そうだん に 行っいっ て 来るくる の です から 、 御ご 心配しんぱい 無くなく 。 ほんとう に 。
と 、 用箋ようせん に 鉛筆えんぴつ で 大きくおおきく 書きかき 、 それから 、 浅草あさくさ の 堀木ほりき 正雄まさお の 住所じゅうしょ 姓名せいめい を 記ししるし て 、 こっそり 、 ヒラメひらめ の 家いえ を 出で まし た 。
ヒラメひらめ に 説教せっきょう せら れ た の が 、 くやしく て 逃げにげ た わけ で は あり ませ ん でし た 。 まさしく 自分じぶん は 、 ヒラメひらめ の 言ういう と おり 、 気持きもち の しっかり し て い ない 男おとこ で 、 将来しょうらい の 方針ほうしん も 何なに も 自分じぶん に は まるで 見当けんとう が つか ず 、 この 上うえ 、 ヒラメひらめ の 家いえ の やっかい に なっ て いる の は 、 ヒラメひらめ に も 気の毒きのどく です し 、 その うち に 、 もし 万一まんいち 、 自分じぶん に も 発奮はっぷん の 気持きもち が 起りおこり 、 志こころざし を 立てたて た ところ で 、 その 更生こうせい 資金しきん を あの 貧乏びんぼう な ヒラメひらめ から 月々つきづき 援助えんじょ せ られる の か と 思うおもう と 、 とても 心苦しくこころぐるしく て 、 いたたまらない 気持きもち に なっ た から でし た 。
しかし 、 自分じぶん は 、 所ところ 謂いい 「 将来しょうらい の 方針ほうしん 」 を 、 堀木ほりき ご とき に 、 相談そうだん に 行こいこ う など と 本気ほんき に 思っおもっ て 、 ヒラメひらめ の 家いえ を 出で た の で は 無かっなかっ た の でし た 。 それ は 、 ただ 、 わずか でも 、 つか の まで も 、 ヒラメひらめ に 安心あんしん さ せ て 置きおき たく て 、 ( その間そのかん に 自分じぶん が 、 少しすこし でも 遠くとおく へ 逃げのびにげのび て い たい という 探偵たんてい 小説しょうせつ 的てき な 策略さくりゃく から 、 そんな 置手紙おきてがみ を 書いかい た 、 と いう より は 、 いや 、 そんな 気持きもち も 幽かそけ 《 かす 》 か に あっ た に 違いちがい ない の です が 、 それ より も 、 やはり 自分じぶん は 、 いきなり ヒラメひらめ に ショックしょっく を 与えあたえ 、 彼かれ を 混乱こんらん 当惑とうわく さ せ て しまう の が 、 おそろしかっ た ばかり に 、 と でも 言っいっ た ほう が 、 いくら か 正確せいかく かも 知れしれ ませ ん 。 どうせ 、 ばれる に きまっ て いる のに 、 その とおり に 言ういう の が 、 おそろしく て 、 必ずかならず 何かしらなにかしら 飾りかざり を つける の が 、 自分じぶん の 哀しいかなしい 性癖せいへき の 一つひとつ で 、 それ は 世間せけん の 人ひと が 「 嘘つきうそつき 」 と 呼んよん で 卑しめいやしめ て いる 性格せいかく に 似に て い ながら 、 しかし 、 自分じぶん は 自分じぶん に 利益りえき を もたらそ う として その 飾りかざり つけ を 行っおこなっ た 事こと は ほとんど 無くなく 、 ただ 雰囲気ふんいき 《 ふん いき 》 の 興きょう 覚めさめ た 一変いっぺん が 、 窒息ちっそく する くらい に おそろしく て 、 後であとで 自分じぶん に 不利益ふりえき に なる という 事こと が わかっ て い て も 、 れい の 自分じぶん の 「 必死ひっし の 奉仕ほうし 」 それ は たとい ゆがめ られ 微弱びじゃく で 、 馬鹿らしいばからしい もの で あろ う と 、 その 奉仕ほうし の 気持きもち から 、 つい 一言ひとこと の 飾りかざり つけ を し て しまう という 場合ばあい が 多かっおおかっ た よう な 気き も する の です が 、 しかし 、 この 習性しゅうせい も また 、 世間せけん の 所ところ 謂いい 「 正直しょうじき 者しゃ 」 たち から 、 大いにおおいに 乗ぜじょうぜ られる ところ と なり まし た ) その 時とき 、 ふっと 、 記憶きおく の 底そこ から 浮んうかん で 来き た まま に 堀木ほりき の 住所じゅうしょ と 姓名せいめい を 、 用箋ようせん の 端はじ に したため た まで の 事こと だっ た の です 。
自分じぶん は ヒラメひらめ の 家いえ を 出で て 、 新宿しんじゅく まで 歩きあるき 、 懐中かいちゅう の 本ほん を 売りうり 、 そうして 、 やっぱり 途方とほう に くれ て しまい まし た 。 自分じぶん は 、 皆みな に あいそ が いい かわり に 、 「 友情ゆうじょう 」 という もの を 、 いちど も 実感じっかん し た 事こと が 無くなく 、 堀木ほりき の よう な 遊びあそび 友達ともだち は 別べつ として 、 いっさい の 附きつき 合いあい は 、 ただ 苦痛くつう を 覚えるおぼえる ばかり で 、 その 苦痛くつう を もみ ほぐそ う として 懸命けんめい に お 道化どうけ を 演じえんじ て 、 かえって 、 へとへと に なり 、 わずか に 知合っしりあっ て いる ひと の 顔かお を 、 それ に 似に た 顔かお を さえ 、 往来おうらい など で 見掛けみかけ て も 、 ぎょっと し て 、 一瞬いっしゅん 、 めまい する ほど の 不快ふかい な 戦慄せんりつ に 襲わおそわ れる 有様ありさま で 、 人ひと に 好かすか れる 事こと は 知っしっ て い て も 、 人ひと を 愛するあいする 能力のうりょく に 於 《 お 》 い て は 欠けかけ て いる ところ が ある よう でし た 。 ( もっとも 、 自分じぶん は 、 世の中よのなか の 人間にんげん に だって 、 果してはたして 、 「 愛あい 」 の 能力のうりょく が ある の か どう か 、 たいへん 疑問ぎもん に 思っおもっ て い ます ) その よう な 自分じぶん に 、 所ところ 謂いい 「 親友しんゆう 」 など 出来るできる 筈はず は 無くなく 、 そのうえ 自分じぶん に は 、 「 訪問ほうもん 《 ヴィジット 》 」 の 能力のうりょく さえ 無かっなかっ た の です 。 他人たにん の 家いえ の 門もん は 、 自分じぶん にとって 、 あの 神かみ 曲きょく の 地獄じごく の 門もん 以上いじょう に 薄うす 気味きみ わるく 、 その 門もん の 奥おく に は 、 おそろしい 竜りゅう みたい な 生臭いなまぐさい 奇き 獣じゅう が うごめい て いる 気配けはい を 、 誇張こちょう で なし に 、 実感じっかん せら れ て い た の です 。
誰だれ と も 、 附きつき 合いあい が 無いない 。 どこ へ も 、 訪ねたずね て 行けいけ ない 。
堀木ほりき 。
それ こそ 、 冗談じょうだん から 駒こま が 出で た 形かたち でし た 。 あの 置手紙おきてがみ に 、 書いかい た とおり に 、 自分じぶん は 浅草あさくさ の 堀木ほりき を たずね て 行くいく 事こと に し た の です 。 自分じぶん は これ まで 、 自分じぶん の ほう から 堀木ほりき の 家いえ を たずね て 行っいっ た 事こと は 、 いちど も 無くなく 、 たいてい 電報でんぽう で 堀木ほりき を 自分じぶん の ほう に 呼び寄せよびよせ て い た の です が 、 いま は その 電報でんぽう 料りょう さえ 心細くこころぼそく 、 それ に 落ちぶれおちぶれ た 身み の ひがみ から 、 電報でんぽう を 打っうっ た だけ で は 、 堀木ほりき は 、 来き て くれ ぬ かも 知れしれ ぬ と 考えかんがえ て 、 何なに より も 自分じぶん に 苦手にがて の 「 訪問ほうもん 」 を 決意けつい し 、 溜息ためいき 《 ためいき 》 を つい て 市電しでん に 乗りのり 、 自分じぶん にとって 、 この 世の中よのなか で たった 一つひとつ の 頼みたのみ の 綱つな は 、 あの 堀木ほりき な の か 、 と 思い知っおもいしっ たら 、 何なに か 脊 筋すじ 《 せ すじ 》 の 寒くさむく なる よう な 凄すご 《 すさま 》 じい 気配けはい に 襲わおそわ れ まし た 。
堀木ほりき は 、 在宅ざいたく でし た 。 汚いきたない 露ろ 路ろ の 奥おく の 、 二に 階かい 家か で 、 堀木ほりき は 二に 階かい の たった 一いち 部屋へや の 六ろく 畳じょう を 使いつかい 、 下した で は 、 堀木ほりき の 老ろう 父母ちちはは と 、 それから 若いわかい 職人しょくにん と 三さん 人にん 、 下駄げた の 鼻緒はなお を 縫っぬっ たり 叩いたたい たり し て 製造せいぞう し て いる の でし た 。
堀木ほりき は 、 その 日ひ 、 彼かれ の 都会人とかいじん として の 新しいあたらしい 一いち 面めん を 自分じぶん に 見せみせ て くれ まし た 。 それ は 、 俗ぞく に いう チャッカリ 性せい でし た 。 田舎いなか 者しゃ の 自分じぶん が 、 愕然がくぜん 《 がく ぜん 》 と 眼め を みはっ た くらい の 、 冷たくつめたく 、 ずるい エゴイズムえごいずむ でし た 。 自分じぶん の よう に 、 ただ 、 とめどなく 流れるながれる たち の 男おとこ で は 無かっなかっ た の です 。
「 お前おまえ に は 、 全くまったく 呆 《 あき 》 れ た 。 親爺おやじ さん から 、 お許しおゆるし が 出で た か ね 。 まだ かい 」
逃げにげ て 来き た 、 と は 、 言えいえ ませ ん でし た 。
自分じぶん は 、 れい に 依っよっ て 、 ごまかし まし た 。 いま に 、 すぐ 、 堀木ほりき に 気附きづけ かれる に 違いちがい ない のに 、 ごまかし まし た 。
「 それ は 、 どうにか なる さ 」
「 おい 、 笑いごとわらいごと じゃ 無いない ぜ 。 忠告ちゅうこく する けど 、 馬鹿ばか も この へん で やめる ん だ な 。 おれ は 、 きょう は 、 用事ようじ が ある ん だ が ね 。 この 頃ころ 、 ばか に いそがしい ん だ 」
「 用事ようじ って 、 どんな ? 」
「 おい 、 おい 、 座蒲団ざぶとん の 糸いと を 切らきら ない で くれ よ 」
自分じぶん は 話はなし を し ながら 、 自分じぶん の 敷いしい て いる 座蒲団ざぶとん の 綴つづり 糸いと 《 とじ い と 》 という の か 、 くくり 紐ひも 《 ひも 》 という の か 、 あの 総そう 《 ふさ 》 の よう な 四隅よすみ の 糸いと の 一つひとつ を 無意識むいしき に 指先ゆびさき で もてあそび 、 ぐいと 引っぱっひっぱっ たり など し て い た の でし た 。 堀木ほりき は 、 堀木ほりき の 家いえ の 品物しなもの なら 、 座蒲団ざぶとん の 糸いと 一いち 本ほん でも 惜しいおしい らしく 、 恥じるはじる 色いろ も 無くなく 、 それ こそ 、 眼め に 角かく 《 か ど 》 を 立てたて て 、 自分じぶん を とがめる の でし た 。 考えかんがえ て みる と 、 堀木ほりき は 、 これ まで 自分じぶん と の 附つけたり 合いあい に 於いおい て 何一つなにひとつ 失っうしなっ て は い なかっ た の です 。
堀木ほりき の 老母ろうぼ が 、 お しるこ を 二つふたつ お盆おぼん に 載せのせ て 持っもっ て 来き まし た 。
「 あ 、 これ は 」
と 堀木ほりき は 、 しん から の 孝行こうこう 息子むすこ の よう に 、 老母ろうぼ に 向っむかっ て 恐縮きょうしゅく し 、 言葉づかいことばづかい も 不自然ふしぜん な くらい 丁寧ていねい に 、
「 すみません 、 お しるこ です か 。 豪気ごうき だ なあ 。 こんな 心配しんぱい は 、 要らいら なかっ た ん です よ 。 用事ようじ で 、 すぐ 外出がいしゅつ し なけれ ゃいけないんですから 。 いいえ 、 でも 、 せっかく の 御ご 自慢じまん の お しるこ を 、 もったいない 。 いただき ます 。 お前おまえ も 一つひとつ 、 どう だい 。 おふくろ が 、 わざわざ 作っつくっ て くれ た ん だ 。 ああ 、 こいつ あ 、 うめ え や 。 豪気ごうき だ なあ 」
と 、 まんざら 芝居しばい で も 無いない みたい に 、 ひどく 喜びよろこび 、 おいし そう に 食べるたべる の です 。 自分じぶん も それ を 啜すす 《 すす 》 り まし た が 、 お湯おゆ の におい が し て 、 そうして 、 お 餅もち を たべ たら 、 それ は お 餅もち で なく 、 自分じぶん に は わから ない もの でし た 。 決してけっして 、 その 貧しまずし さ を 軽蔑けいべつ し た の で は あり ませ ん 。 ( 自分じぶん は 、 その 時とき それ を 、 不味ふみ 《 まず 》 いと は 思いおもい ませ ん でし た し 、 また 、 老母ろうぼ の 心こころ づくし も 身み に しみ まし た 。 自分じぶん に は 、 貧しまずし さ へ の 恐怖きょうふ 感かん は あっ て も 、 軽蔑けいべつ 感かん は 、 無いない つもり で い ます ) あの お しるこ と 、 それから 、 その お しるこ を 喜ぶよろこぶ 堀木ほりき に 依っよっ て 、 自分じぶん は 、 都会人とかいじん の つましい 本性ほんしょう 、 また 、 内うち と 外そと を ちゃんと 区別くべつ し て いとなん で いる 東京とうきょう の 人ひと の 家庭かてい の 実体じったい を 見せつけみせつけ られ 、 内うち も 外そと も 変りかわり なく 、 ただ のべつ 幕まく 無しなし に 人間にんげん の 生活せいかつ から 逃げにげ 廻っまわっ て ばかり いる 薄馬鹿うすばか の 自分じぶん ひとり だけ 完全かんぜん に 取と 残さのこさ れ 、 堀木ほりき に さえ 見捨てみすて られ た よう な 気配けはい に 、 狼狽ろうばい 《 ろうばい 》 し 、 お しるこ の はげ た 塗ぬり 箸はし 《 ぬり ば し 》 を あつかい ながら 、 たまらなく 侘わび 《 わ 》 びしい 思いおもい を し た という 事こと を 、 記ししるし て 置きおき たい だけ な の です 。
「 わるい けど 、 おれ は 、 きょう は 用事ようじ が ある ん で ね 」
堀木ほりき は 立ったっ て 、 上衣うわぎ を 着き ながら そう 言いいい 、
「 失敬しっけい する ぜ 、 わるい けど 」
その 時とき 、 堀木ほりき に 女おんな の 訪問ほうもん 者しゃ が あり 、 自分じぶん の 身の上みのうえ も 急転きゅうてん し まし た 。
堀木ほりき は 、 にわかに 活気づいかっきづい て 、
「 や 、 すみません 。 いま ね 、 あなた の ほう へ お 伺いうかがい しよ う と 思っおもっ て い た の です が ね 、 この ひと が 突然とつぜん やって来やってき て 、 いや 、 かまわ ない ん です 。 さあ 、 どうぞ 」
よほど 、 あわて て いる らしく 、 自分じぶん が 自分じぶん の 敷いしい て いる 座蒲団ざぶとん を はずし て 裏うら が え し に し て 差し出しさしだし た の を 引っひっ たくっ て 、 また 裏うら が え し に し て 、 その 女おんな の ひと に すすめ まし た 。 部屋へや に は 、 堀木ほりき の 座蒲団ざぶとん の 他ほか に は 、 客きゃく 座蒲団ざぶとん が たった 一いち 枚まい しか 無かっなかっ た の です 。
女おんな の ひと は 痩 《 や 》 せ て 、 脊 の 高いたかい ひと でし た 。 その 座蒲団ざぶとん は 傍はた に のけ て 、 入口いりぐち ちかく の 片隅かたすみ に 坐りすわり まし た 。
自分じぶん は 、 ぼんやり 二に 人にん の 会話かいわ を 聞いきい て い まし た 。 女おんな は 雑誌ざっし 社しゃ の ひと の よう で 、 堀木ほりき に カットかっと だ か 、 何だかなんだか を かね て 頼んたのん で い た らしく 、 それ を 受取りうけとり に 来き た みたい な 具合いぐあい でし た 。
「 いそぎ ます ので 」
「 出来でき て い ます 。 もう とっくに 出来でき て い ます 。 これ です 、 どうぞ 」
電報でんぽう が 来き まし た 。
堀木ほりき が 、 それ を 読みよみ 、 上機嫌じょうきげん の その 顔かお が みるみる 険悪けんあく に なり 、
「 ち ぇっ ! お前おまえ 、 こりゃ 、 どう し た ん だい 」
ヒラメひらめ から の 電報でんぽう でし た 。
「 とにかく 、 すぐ に 帰っかえっ て くれ 。 おれ が 、 お前おまえ を 送りおくり とどける と いい ん だろ う が 、 おれ に は いま 、 そんな ひま は 、 無む え や 。 家出いえで し て い ながら 、 その 、 のんき そう な 面めん 《 つら 》 っ たら 」
「 お 宅たく は 、 どちら な の です か ? 」
「 大久保おおくぼ です 」
ふい と 答えこたえ て しまい まし た 。
「 そん なら 、 社しゃ の 近くちかく です から 」
女おんな は 、 甲州こうしゅう の 生れうまれ で 二に 十じゅう 八はち 歳さい でし た 。 五ついつつ に なる 女児じょじ と 、 高円寺こうえんじ の アパートあぱあと に 住んすん で い まし た 。 夫おっと と 死別しべつ し て 、 三さん 年ねん に なる と 言っいっ て い まし た 。
「 あなた は 、 ずいぶん 苦労くろう し て 育っそだっ て 来き た みたい な ひと ね 。 よく 気き が きく わ 。 可哀そうかわいそう に 」
はじめて 、 男おとこ め かけ みたい な 生活せいかつ を し まし た 。 シヅ子しづこ ( という の が 、 その 女おんな 記者きしゃ の 名前なまえ でし た ) が 新宿しんじゅく の 雑誌ざっし 社しゃ に 勤めつとめ に 出で た あと は 、 自分じぶん と それから シゲ子しげこ という 五ついつつ の 女児じょじ と 二に 人にん 、 おとなしく お 留守番るすばん という 事こと に なり まし た 。 それ まで は 、 母はは の 留守るす に は 、 シゲ子しげこ は アパートあぱあと の 管理かんり 人じん の 部屋へや で 遊んあそん で い た よう でし た が 、 「 気き の きく 」 おじさん が 遊びあそび 相手あいて として 現われあらわれ た ので 、 大いにおおいに 御機嫌ごきげん が いい 様子ようす でし た 。
一いち 週間しゅうかん ほど 、 ぼんやり 、 自分じぶん は そこ に い まし た 。 アパートあぱあと の 窓まど の すぐ 近くちかく の 電線でんせん に 、 奴凧やっこだこ 《 やっこ だこ 》 が 一つひとつ ひっ から まっ て い て 、 春はる の ほこり 風ふう に 吹かふか れ 、 破らやぶら れ 、 それでも なかなか 、 し つっ こく 電線でんせん に からみつい て 離れはなれ ず 、 何やらなにやら 首肯しゅこう 《 うな ず 》 いたり なんか し て いる ので 、 自分じぶん は それ を 見るみる 度ど 毎ごと に 苦笑くしょう し 、 赤面せきめん し 、 夢ゆめ に さえ 見み て 、 うなされ まし た 。
「 お金おかね が 、 ほしい な 」
「 … … いくら 位い ? 」
「 たくさん 。 … … 金きん の 切れ目きれめ が 、 縁えん の 切れ目きれめ 、 って 、 本当ほんとう の 事こと だ よ 」
「 ばか らしい 。 そんな 、 古くさいふるくさい 、 … … 」
「 そう ? しかし 、 君きみ に は 、 わから ない ん だ 。 この まま で は 、 僕ぼく は 、 逃げるにげる 事こと に なる かも 知れしれ ない 」
「 いったい 、 どっち が 貧乏びんぼう な の よ 。 そうして 、 どっち が 逃げるにげる の よ 。 へん ねえ 」
「 自分じぶん で かせい で 、 その お金おかね で 、 お 酒さけ 、 いや 、 煙草たばこ を 買いかい たい 。 絵え だって 僕ぼく は 、 堀木ほりき なんか より 、 ずっと 上手じょうず な つもり な ん だ 」
この よう な 時とき 、 自分じぶん の 脳裡のうり に おのずから 浮びあがっうかびあがっ て 来るくる もの は 、 あの 中学ちゅうがく 時代じだい に 画いえがい た 竹たけ 一いち の 所ところ 謂いい 「 お化けおばけ 」 の 、 数すう 枚まい の 自画像じがぞう でし た 。 失わうしなわ れ た 傑作けっさく 。 それ は 、 たびたび の 引越しひっこし の 間ま に 、 失わうしなわ れ て しまっ て い た の です が 、 あれ だけ は 、 たしかに 優れすぐれ て いる 絵え だっ た よう な 気き が する の です 。 その後そのご 、 さまざま 画いえがい て み て も 、 その 思い出おもいで の 中なか の 逸品いっぴん に は 、 遠くとおく 遠くとおく 及ばおよば ず 、 自分じぶん は いつも 、 胸むね が からっぽ に なる よう な 、 だるい 喪失そうしつ 感かん に なやまさ れ 続けつづけ て 来き た の でし た 。
飲みのみ 残しのこし た 一いち 杯はい の アブサンあぶさん 。
自分じぶん は 、 その 永遠えいえん に 償いつぐない 難いがたい よう な 喪失そうしつ 感かん を 、 こっそり そう 形容けいよう し て い まし た 。 絵え の 話はなし が 出るでる と 、 自分じぶん の 眼前がんぜん に 、 その 飲みのみ 残しのこし た 一いち 杯はい の アブサンあぶさん が ちらつい て 来き て 、 ああ 、 あの 絵え を この ひと に 見せみせ て やり たい 、 そうして 、 自分じぶん の 画才がさい を 信じしんじ させ たい 、 という 焦燥しょうそう 《 しょうそう 》 に もだえる の でし た 。
「 ふ ふ 、 どう だ か 。 あなた は 、 まじめ な 顔かお を し て 冗談じょうだん を 言ういう から 可愛いかわいい 」
冗談じょうだん で は ない の だ 、 本当ほんとう な ん だ 、 ああ 、 あの 絵え を 見せみせ て やり たい 、 と 空転くうてん の 煩悶はんもん 《 はんもん 》 を し て 、 ふい と 気き を かえ 、 あきらめ て 、
「 漫画まんが さ 。 すくなくとも 、 漫画まんが なら 、 堀木ほりき より は 、 うまい つもり だ 」
その 、 ごまかし の 道化どうけ の 言葉ことば の ほう が 、 かえって まじめ に 信ぜしんぜ られ まし た 。
「 そう ね 。 私わたし も 、 実はじつは 感心かんしん し て い た の 。 シゲ子しげこ に いつも かい て やっ て いる 漫画まんが 、 つい 私わたし まで 噴き出しふきだし て しまう 。 やっ て み たら 、 どう ? 私わたし の 社しゃ の 編輯へんしゅう 長ちょう 《 へん しゅう ちょう 》 に 、 たのん で み て あげ て も いい わ 」
その 社しゃ で は 、 子供こども 相手あいて の あまり 名前なまえ を 知らしら れ て い ない 月刊げっかん の 雑誌ざっし を 発行はっこう し て い た の でし た 。
… … あなた を 見るみる と 、 たいてい の 女おんな の ひと は 、 何なに か し て あげ たく て 、 たまらなく なる 。 … … いつも 、 おどおど し て い て 、 それでいて 、 滑稽こっけい 家か な ん だ もの 。 … … 時たまときたま 、 ひとり で 、 ひどく 沈んしずん で いる けれども 、 その さま が 、 いっそう 女おんな の ひと の 心こころ を 、 かゆ がら せる 。
シヅ子しづこ に 、 その ほか さまざま の 事こと を 言わいわ れ て 、 おだて られ て も 、 それ が 即そく 《 す な わ 》 ち 男おとこ め かけ の けがらわしい 特質とくしつ な の だ 、 と 思えおもえ ば 、 それ こそ いよいよ 「 沈むしずむ 」 ばかり で 、 一向にいっこうに 元気げんき が 出で ず 、 女おんな より は 金きむ 、 とにかく シヅ子しづこ から のがれ て 自活じかつ し たい と ひそか に 念じねんじ 、 工夫くふう し て いる ものの 、 かえって だんだん シヅ子しづこ に たよら なけれ ば なら ぬ 破やぶ 目め に なっ て 、 家出いえで の 後のち 仕つかまつ 末すえ やら 何やらなにやら 、 ほとんど 全部ぜんぶ 、 この 男おとこ まさり の 甲州こうしゅう 女おんな の 世話せわ を 受けうけ 、 いっそう 自分じぶん は 、 シヅ子しづこ に対しにたいし 、 所ところ 謂いい 「 おどおど 」 し なけれ ば なら ぬ 結果けっか に なっ た の でし た 。
シヅ子しづこ の 取計らいとりはからい で 、 ヒラメひらめ 、 堀木ほりき 、 それに シヅ子しづこ 、 三さん 人にん の 会談かいだん が 成立せいりつ し て 、 自分じぶん は 、 故郷こきょう から 全くまったく 絶縁ぜつえん せら れ 、 そうして シヅ子しづこ と 「 天下てんか 晴れはれ て 」 同棲どうせい 《 どうせい 》 という 事こと に なり 、 これ また 、 シヅ子しづこ の 奔走ほんそう の おかげ で 自分じぶん の 漫画まんが も 案外あんがい お金おかね に なっ て 、 自分じぶん は その お金おかね で 、 お 酒さけ も 、 煙草たばこ も 買いかい まし た が 、 自分じぶん の 心細こころぼそ さ 、 うっとうし さ は 、 いよいよ つのる ばかり な の でし た 。 それ こそ 「 沈みしずみ 」 に 「 沈みしずみ 」 切っきっ て 、 シヅ子しづこ の 雑誌ざっし の 毎月まいつき の 連載れんさい 漫画まんが 「 キンタ さん と オタ さん の 冒険ぼうけん 」 を 画いえがい て いる と 、 ふい と 故郷こきょう の 家いえ が 思い出さおもいださ れ 、 あまり の 侘びわび し さ に 、 ペンぺん が 動かうごか なく なり 、 うつむい て 涙なみだ を こぼし た 事こと も あり まし た 。
そういう 時とき の 自分じぶん にとって 、 幽かかすか な 救いすくい は 、 シゲ子しげこ でし た 。 シゲ子しげこ は 、 その 頃ころ に なっ て 自分じぶん の 事こと を 、 何なに も こだわら ず に 「 お父ちゃんおとうちゃん 」 と 呼んよん で い まし た 。
「 お父ちゃんおとうちゃん 。 お祈りおいのり を する と 、 神様かみさま が 、 何なに でも 下さるくださる って 、 ほんとう ? 」
自分じぶん こそ 、 その お祈りおいのり を し たい と 思いおもい まし た 。
ああ 、 われ に 冷ひや き 意志いし を 与えあたえ 給えたまえ 。 われ に 、 「 人間にんげん 」 の 本質ほんしつ を 知らしら しめ 給えたまえ 。 人ひと が 人ひと を 押しのけおしのけ て も 、 罪つみ なら ず や 。 われ に 、 怒りいかり の マスクますく を 与えあたえ 給えたまえ 。
「 うん 、 そう 。 シゲしげ ちゃん に は 何なに でも 下さるくださる だろ う けれども 、 お父ちゃんおとうちゃん に は 、 駄目だめ かも 知れしれ ない 」
自分じぶん は 神かみ に さえ 、 おびえ て い まし た 。 神かみ の 愛あい は 信ぜしんぜ られ ず 、 神かみ の 罰ばち だけ を 信じしんじ て いる の でし た 。 信仰しんこう 。 それ は 、 ただ 神かみ の 笞むち 《 むち 》 を 受けるうける ため に 、 うなだれ て 審判しんぱん の 台だい に 向うむかう 事こと の よう な 気き が し て いる の でし た 。 地獄じごく は 信ぜしんぜ られ て も 、 天国てんごく の 存在そんざい は 、 どうしても 信ぜしんぜ られ なかっ た の です 。
「 どうして 、 ダメだめ な の ? 」
「 親おや の 言いつけいいつけ に 、 そむい た から 」
「 そう ? お父ちゃんおとうちゃん は とても いい ひと だって 、 みんな 言ういう けど な 」
それ は 、 だまし て いる から だ 、 この アパートあぱあと の 人ひと たち 皆みな に 、 自分じぶん が 好意こうい を 示さしめさ れ て いる の は 、 自分じぶん も 知っしっ て いる 、 しかし 、 自分じぶん は 、 どれほど 皆みな を 恐怖きょうふ し て いる か 、 恐怖きょうふ すれ ば する ほど 好かすか れ 、 そうして 、 こちら は 好かすか れる と 好かすか れる ほど 恐怖きょうふ し 、 皆みな から 離れはなれ て 行かいか ね ば なら ぬ 、 この 不幸ふこう な 病癖びょうへき を 、 シゲ子しげこ に 説明せつめい し て 聞かきか せる の は 、 至難しなん の 事こと でし た 。
「 シゲしげ ちゃん は 、 いったい 、 神様かみさま に 何なに を お ねだり し たい の ? 」
自分じぶん は 、 何気無なにげな さ そう に 話頭わとう を 転じてんじ まし た 。
「 シゲ子しげこ はね 、 シゲ子しげこ の 本当ほんとう の お父ちゃんおとうちゃん が ほしい の 」
ぎょっと し て 、 くらくら 目まいめまい し まし た 。 敵てき 。 自分じぶん が シゲ子しげこ の 敵てき な の か 、 シゲ子しげこ が 自分じぶん の 敵てき な の か 、 とにかく 、 ここ に も 自分じぶん を おびやかす おそろしい 大人おとな が い た の だ 、 他人たにん 、 不可解ふかかい な 他人たにん 、 秘密ひみつ だらけ の 他人たにん 、 シゲ子しげこ の 顔かお が 、 にわかに その よう に 見えみえ て 来き まし た 。
シゲ子しげこ だけ は 、 と 思っおもっ て い た のに 、 やはり 、 この 者もの も 、 あの 「 不意ふい に 虻あぶ 《 あぶ 》 を 叩きはたき 殺すころす 牛うし の しっぽ 」 を 持っもっ て い た の でし た 。 自分じぶん は 、 それ 以来いらい 、 シゲ子しげこ に さえ おどおど し なけれ ば なら なく なり まし た 。
「 色魔しきま 《 しき ま 》 ! いる かい ? 」
堀木ほりき が 、 また 自分じぶん の ところ へ たずね て 来るくる よう に なっ て い た の です 。 あの 家出いえで の 日ひ に 、 あれ ほど 自分じぶん を 淋しくさびしく さ せ た 男おとこ な のに 、 それでも 自分じぶん は 拒否きょひ でき ず 、 幽かかすか に 笑っわらっ て 迎えるむかえる の でし た 。
「 お前おまえ の 漫画まんが は 、 なかなか 人気にんき が 出で て いる そう じゃ ない か 。 アマチュアあまちゅあ に は 、 こわい もの 知らずしらず の 糞度胸くそどきょう 《 くそ どきょう 》 が ある から かなわ ねえ 。 しかし 、 油断ゆだん する な よ 。 デッサンでっさん が 、 ちっとも なっ て や し ない ん だ から 」
お 師匠ししょう みたい な 態度たいど を さえ 示すしめす の です 。 自分じぶん の あの 「 お化けおばけ 」 の 絵え を 、 こいつ に 見せみせ たら 、 どんな 顔かお を する だろ う 、 と れい の 空転くうてん の 身み 悶 《 み も だ 》 え を し ながら 、
「 それ を 言っいっ て くれる な 。 ぎゃっという 悲鳴ひめい が 出るでる 」
堀木ほりき は 、 いよいよ 得意とくい そう に 、
「 世渡りよわたり の 才能さいのう だけ で は 、 いつか は 、 ボロ が 出るでる から な 」
世渡りよわたり の 才能さいのう 。 … … 自分じぶん に は 、 ほんとう に 苦笑くしょう の 他ほか は あり ませ ん でし た 。 自分じぶん に 、 世渡りよわたり の 才能さいのう ! しかし 、 自分じぶん の よう に 人間にんげん を おそれ 、 避けさけ 、 ごまかし て いる の は 、 れい の 俗諺ぞくげん 《 ぞ く げん 》 の 「 さわら ぬ 神かみ に たたり なし 」 とかいう 怜悧れいり 《 れい り 》 狡猾こうかつ 《 こうかつ 》 の 処しょ 生せい 訓くん を 遵奉じゅんぽう し て いる の と 、 同じおなじ 形かたち だ 、 という 事こと に なる の でしょ う か 。 ああ 、 人間にんげん は 、 お互いおたがい 何なに も 相手あいて を わから ない 、 まるっきり 間違っまちがっ て 見み て い ながら 、 無二むに の 親友しんゆう の つもり で い て 、 一生いっしょう 、 それに 気き 附かつか ず 、 相手あいて が 死ねしね ば 、 泣いない て 弔詞ちょうし なんか を 読んよん で いる の で は ない でしょ う か 。
堀木ほりき は 、 何せなにせ 、 ( それ は シヅ子しづこ に 押しおし て たのま れ て しぶしぶ 引受けひきうけ た に 違いちがい ない の です が ) 自分じぶん の 家出いえで の 後のち 仕つかまつ 末すえ に 立ち合ったちあっ た ひと な ので 、 まるで もう 、 自分じぶん の 更生こうせい の 大だい 恩人おんじん か 、 月下氷人げっかひょうじん の よう に 振舞いふるまい 、 もっとも らしい 顔かお を し て 自分じぶん に お 説教せっきょう め いた事いたこと を 言っいっ たり 、 また 、 深夜しんや 、 酔っぱらっよっぱらっ て 訪問ほうもん し て 泊っとまっ たり 、 また 、 五ご 円えん ( きまって 五ご 円えん でし た ) 借りかり て 行っいっ たり する の でし た 。
「 しかし 、 お前おまえ の 、 女じょ 道楽どうらく も この へん で よす ん だ ね 。 これ 以上いじょう は 、 世間せけん が 、 ゆるさ ない から な 」
世間せけん と は 、 いったい 、 何なに の 事こと でしょ う 。 人間にんげん の 複数ふくすう でしょ う か 。 どこ に 、 その 世間せけん という もの の 実体じったい が ある の でしょ う 。 けれども 、 何しろなにしろ 、 強くつよく 、 きびしく 、 こわい もの 、 と ばかり 思っおもっ て これ まで 生きいき て 来き た の です が 、 しかし 、 堀木ほりき に そう 言わいわ れ て 、 ふと 、
「 世間せけん という の は 、 君きみ じゃ ない か 」
という 言葉ことば が 、 舌した の 先さき まで 出で かかっ て 、 堀木ほりき を 怒らおこら せる の が イヤいや で 、 ひっこめ まし た 。
( それ は 世間せけん が 、 ゆるさ ない )
( 世間せけん じゃ ない 。 あなた が 、 ゆるさ ない の でしょ う ? )
( そんな 事こと を する と 、 世間せけん から ひどい め に 逢うあう ぞ )
( 世間せけん じゃ ない 。 あなた でしょ う ? )
( いま に 世間せけん から 葬らほうむら れる )
( 世間せけん じゃ ない 。 葬ほうむ むるのは 、 あなた でしょ う ? )
汝なんじ 《 なん じ 》 は 、 汝なんじ 個人こじん の おそろし さ 、 怪奇かいき 、 悪辣あくらつ 《 あ くら つ 》 、 古狸ふるだぬき 《 ふる だ ぬき 》 性せい 、 妖 婆ばば 《 よう ば 》 性せい を 知れしれ ! など と 、 さまざま の 言葉ことば が 胸中きょうちゅう に 去来きょらい し た の です が 、 自分じぶん は 、 ただ 顔かお の 汗あせ を ハンケチはんけち で 拭いふい て 、
「 冷汗ひやあせ 《 ひ や あせ 》 、 冷汗ひやあせ 」
と 言っいっ て 笑っわらっ た だけ でし た 。
けれども 、 その 時とき 以来いらい 、 自分じぶん は 、 ( 世間せけん と は 個人こじん じゃ ない か ) という 、 思想しそう めい た もの を 持つもつ よう に なっ た の です 。
そうして 、 世間せけん という もの は 、 個人こじん で は なかろ う か と 思いおもい はじめ て から 、 自分じぶん は 、 いま まで より は 多少たしょう 、 自分じぶん の 意志いし で 動くうごく 事こと が 出来るできる よう に なり まし た 。 シヅ子しづこ の 言葉ことば を 借りかり て 言えいえ ば 、 自分じぶん は 少しすこし わがまま に なり 、 おどおど し なく なり まし た 。 また 、 堀木ほりき の 言葉ことば を 借りかり て 言えいえ ば 、 へん に ケチけち に なり まし た 。 また 、 シゲ子しげこ の 言葉ことば を 借りかり て 言えいえ ば 、 あまり シゲ子しげこ を 可愛がらかわいがら なく なり まし た 。
無口むくち で 、 笑わわらわ ず 、 毎日まいにち 々 々 、 シゲ子しげこ の おもり を し ながら 、 「 キンタ さん と オタ さん の 冒険ぼうけん 」 やら 、 また ノンキ な トウとう サンさん の 歴然たるれきぜんたる 亜流ありゅう の 「 ノンキ 和尚おしょう 《 お しょう 》 」 やら 、 また 、 「 セッカチピンチャン 」 という 自分じぶん ながら わけ の わから ぬ ヤケクソ の 題だい の 連載れんさい 漫画まんが やら を 、 各社かくしゃ の 御ご 注文ちゅうもん ( ぽつりぽつり 、 シヅ子しづこ の 社しゃ の 他ほか から も 注文ちゅうもん が 来るくる よう に なっ て い まし た が 、 すべて それ は 、 シヅ子しづこ の 社しゃ より も 、 もっと 下品げひん な 謂わいわ ば 三流さんりゅう 出版しゅっぱん 社しゃ から の 注文ちゅうもん ばかり でし た ) に 応じおうじ 、 実にじつに 実にじつに 陰鬱いんうつ な 気持きもち で 、 のろのろ と 、 ( 自分じぶん の 画が の 運筆うんぴつ は 、 非常ひじょう に おそい ほう でし た ) いま は ただ 、 酒代さかだい が ほしい ばかり に 画いえがい て 、 そうして 、 シヅ子しづこ が 社しゃ から 帰るかえる と それ と 交代こうたい に ぷいと 外そと へ 出で て 、 高円寺こうえんじ の 駅えき 近くちかく の 屋台やたい や スタンド・バア で 安くやすく て 強いつよい 酒さけ を 飲みのみ 、 少しすこし 陽気ようき に なっ て アパートあぱあと へ 帰りかえり 、
「 見れみれ ば 見るみる ほど 、 へん な 顔かお を し て いる ねえ 、 お前おまえ は 。 ノンキ 和尚おしょう の 顔かお は 、 実はじつは 、 お前おまえ の 寝顔ねがお から ヒントひんと を 得え た の だ 」
「 あなた の 寝顔ねがお だって 、 ずいぶん お 老けふけ に なり まし て よ 。 四よん 十じゅう 男なん みたい 」
「 お前おまえ の せい だ 。 吸い取らすいとら れ た ん だ 。 水みず の 流れながれ と 、 人ひと の 身み は あ サ 。 何なに を くよくよ 川端かわばた や なあ ぎい サ 」
「 騒がさわが ない で 、 早くはやく おやすみなさい よ 。 それとも 、 ごはん を あがり ます か ? 」
落ちついおちつい て い て 、 まるで 相手あいて に し ませ ん 。
「 酒さけ なら 飲むのむ が ね 。 水みず の 流れながれ と 、 人ひと の 身み は あ サ 。 人ひと の 流れながれ と 、 いや 、 水みず の 流れながれ えと 、 水みず の 身み は あ サ 」
唄いうたい ながら 、 シヅ子しづこ に 衣服いふく を ぬがせ られ 、 シヅ子しづこ の 胸むね に 自分じぶん の 額がく を 押しつけおしつけ て 眠っねむっ て しまう 、 それ が 自分じぶん の 日常にちじょう でし た 。
✦ Peekし て その 翌日よくじつ 《 あくる ひ 》 も 同じおなじ 事こと を 繰返しくりかえし て 、
昨日きのう 《 きのう 》 に 異こと 《 か わ 》 ら ぬ 慣例かんれい 《 しきたり 》 に 従えしたがえ ば よい 。
即ちすなわち 荒っぽいあらっぽい 大きなおおきな 歓楽かんらく 《 よろこび 》 を 避 《 よ 》 け て さえ いれ ば 、
自然しぜん また 大きなおおきな 悲哀ひあい 《 かなしみ 》 も やって来やってき 《 こ 》 ない の だ 。
ゆく て を 塞 《 ふさ 》 ぐ 邪魔じゃま な 石いし を
蟾蜍ひきがえる 《 ひき が える 》 は 廻っまわっ て 通るとおる 。
✦ Peek上田うえだ 敏さとし 訳やく の ギイ・シャルル・クロオ とかいう ひと の 、 こんな 詩句しく を 見つけみつけ た 時とき 、 自分じぶん は ひとり で 顔かお を 燃えるもえる くらい に 赤くあかく し まし た 。
蟾蜍ひきがえる 。
( それ が 、 自分じぶん だ 。 世間せけん が ゆるす も 、 ゆるさ ぬ も ない 。 葬ほうむ むるも 、 葬ほうむ むら ぬ も ない 。 自分じぶん は 、 犬いぬ より も 猫ねこ より も 劣等れっとう な 動物どうぶつ な の だ 。 蟾蜍ひきがえる 。 のそのそ 動いうごい て いる だけ だ )
自分じぶん の 飲酒いんしゅ は 、 次第にしだいに 量りょう が ふえ て 来き まし た 。 高円寺こうえんじ 駅えき 附近ふきん だけ で なく 、 新宿しんじゅく 、 銀座ぎんざ の ほう に まで 出かけでかけ て 飲みのみ 、 外泊がいはく する 事こと さえ あり 、 ただ もう 「 慣例かんれい 《 しきたり 》 」 に 従わしたがわ ぬ よう 、 バア で 無頼漢ぶらいかん の 振りふり を し たり 、 片端かたわ から キスきす し たり 、 つまり 、 また 、 あの 情死じょうし 以前いぜん の 、 いや 、 あの 頃ころ より さらに 荒あら 《 すさ 》 んで 野卑やひ な 酒飲みさけのみ に なり 、 金きん に 窮きゅう し て 、 シヅ子しづこ の 衣類いるい を 持ち出すもちだす ほど に なり まし た 。
ここ へ 来き て 、 あの 破れやぶれ た 奴凧やっこだこ に 苦笑くしょう し て から 一いち 年ねん 以上いじょう 経ったっ て 、 葉桜はざくら の 頃ころ 、 自分じぶん は 、 またも シヅ子しづこ の 帯おび やら 襦袢じばん 《 じゅばん 》 やら を こっそり 持ち出しもちだし て 質屋しちや に 行きいき 、 お金おかね を 作っつくっ て 銀座ぎんざ で 飲みのみ 、 二に 晩ばん つづけ て 外泊がいはく し て 、 三さん 日にち 目め の 晩ばん 、 さすが に 具合いぐあい 悪いわるい 思いおもい で 、 無意識むいしき に 足音あしおと を しのば せ て 、 アパートあぱあと の シヅ子しづこ の 部屋へや の 前まえ まで 来るくる と 、 中なか から 、 シヅ子しづこ と シゲ子しげこ の 会話かいわ が 聞えきこえ ます 。
「 なぜ 、 お 酒さけ を 飲むのむ の ? 」
「 お父ちゃんおとうちゃん はね 、 お 酒さけ を 好きすき で 飲んのん で いる の で は 、 ない ん です よ 。 あんまり いい ひと だ から 、 だから 、 … … 」
「 いい ひと は 、 お 酒さけ を 飲むのむ の ? 」
「 そう でも ない けど 、 … … 」
「 お父ちゃんおとうちゃん は 、 きっと 、 びっくり する わ ね 」
「 お きらい かも 知れしれ ない 。 ほら 、 ほら 、 箱はこ から 飛び出しとびだし た 」
「 セッカチピンチャン みたい ね 」
「 そう ねえ 」
シヅ子しづこ の 、 しん から 幸福こうふく そう な 低いひくい 笑い声わらいごえ が 聞えきこえ まし た 。
自分じぶん が 、 ドアどあ を 細くほそく あけ て 中なか を のぞい て 見み ます と 、 白兎はくと の 子こ でし た 。 ぴょんぴょん 部屋へや 中ちゅう を 、 はね 廻りまわり 、 親子おやこ は それ を 追っておって い まし た 。
( 幸福こうふく な ん だ 、 この 人ひと たち は 。 自分じぶん という 馬鹿ばか 者しゃ が 、 この 二に 人にん の あいだ に は いっ て 、 いま に 二に 人にん を 滅茶苦茶めちゃくちゃ に する の だ 。 つつましい 幸福こうふく 。 いい 親子おやこ 。 幸福こうふく を 、 ああ 、 もし 神様かみさま が 、 自分じぶん の よう な 者もの の 祈りいのり でも 聞いきい て くれる なら 、 いちど だけ 、 生涯しょうがい に いちど だけ で いい 、 祈るいのる )
自分じぶん は 、 そこ に うずくまっ て 合掌がっしょう し たい 気持きもち でし た 。 そっと 、 ドアどあ を 閉めしめ 、 自分じぶん は 、 また 銀座ぎんざ に 行きいき 、 それ っきり 、 その アパートあぱあと に は 帰りかえり ませ ん でし た 。
そうして 、 京橋きょうばし の すぐ 近くちかく の スタンド・バア の 二に 階かい に 自分じぶん は 、 また も 男おとこ め かけ の 形かたち で 、 寝そべるねそべる 事こと に なり まし た 。
世間せけん 。 どうやら 自分じぶん に も 、 それ が ぼんやり わかり かけ て 来き た よう な 気き が し て い まし た 。 個人こじん と 個人こじん の 争いあらそい で 、 しかも 、 その 場ば の 争いあらそい で 、 しかも 、 その 場ば で 勝てかて ば いい の だ 、 人間にんげん は 決してけっして 人間にんげん に 服従ふくじゅう し ない 、 奴隷どれい で さえ 奴隷どれい らしい 卑屈ひくつ な シッペ が え し を する もの だ 、 だから 、 人間にんげん に は その 場ば の 一本勝負いっぽんしょうぶ に たよる 他ほか 、 生きいき 伸びるのびる 工夫くふう が つか ぬ の だ 、 大義名分たいぎめいぶん らしい もの を 称しょう 《 と な 》 え て い ながら 、 努力どりょく の 目標もくひょう は 必ずかならず 個人こじん 、 個人こじん を 乗り越えのりこえ て また 個人こじん 、 世間せけん の 難解なんかい は 、 個人こじん の 難解なんかい 、 大洋たいよう 《 オーシャンおうしゃん 》 は 世間せけん で なく て 、 個人こじん な の だ 、 と 世の中よのなか という 大海たいかい の 幻影げんえい に おびえる 事こと から 、 多少たしょう 解放かいほう せら れ て 、 以前いぜん ほど 、 あれこれ と 際限さいげん の 無いない 心遣いこころづかい する 事こと なく 、 謂わいわ ば 差し当っさしあたっ て の 必要ひつよう に 応じおうじ て 、 いくぶん 図々しくずうずうしく 振舞うふるまう 事こと を 覚えおぼえ て 来き た の です 。
高円寺こうえんじ の アパートあぱあと を 捨てすて 、 京橋きょうばし の スタンド・バア の マダムまだむ に 、
「 わかれ て 来き た 」
それだけ 言っいっ て 、 それで 充分じゅうぶん 、 つまり 一本勝負いっぽんしょうぶ は きまっ て 、 その 夜よる から 、 自分じぶん は 乱暴らんぼう に も そこ の 二に 階かい に 泊り込むとまりこむ 事こと に なっ た の です が 、 しかし 、 おそろしい 筈はず の 「 世間せけん 」 は 、 自分じぶん に 何なに の 危害きがい も 加えくわえ ませ ん でし た し 、 また 自分じぶん も 「 世間せけん 」 に対してにたいして 何なに の 弁明べんめい も し ませ ん でし た 。 マダムまだむ が 、 その 気き だっ たら 、 それで すべて が いい の でし た 。
自分じぶん は 、 その 店みせ の お客おきゃく の よう で も あり 、 亭主ていしゅ の よう で も あり 、 走りはしり 使いづかい の よう で も あり 、 親戚しんせき の 者もの の よう で も あり 、 はた から 見み て 甚 《 はな は 》 だ 得とく 態たい 《 えたい 》 の 知れしれ ない 存在そんざい だっ た 筈はず な のに 、 「 世間せけん 」 は 少しすこし も あやしま ず 、 そうして その 店みせ の 常連じょうれん たち も 、 自分じぶん を 、 葉よう ちゃん 、 葉は ちゃんと 呼んよん で 、 ひどく 優しくやさしく 扱いあつかい 、 そうして お 酒さけ を 飲まのま せ て くれる の でし た 。
自分じぶん は 世の中よのなか に対してにたいして 、 次第にしだいに 用心ようじん し なく なり まし た 。 世の中よのなか という ところ は 、 そんなに 、 おそろしい ところ で は 無いない 、 と 思うおもう よう に なり まし た 。 つまり 、 これ まで の 自分じぶん の 恐怖きょうふ 感かん は 、 春はる の 風かぜ に は 百日咳ひゃくにちぜき 《 ひ ゃくにちぜき 》 の 黴菌ばいきん 《 ばい きん 》 が 何なん 十じゅう 万まん 、 銭湯せんとう に は 、 目め の つぶれる 黴菌ばいきん が 何なん 十じゅう 万まん 、 床屋とこや に は 禿頭はげあたま 《 とくと う 》 病びょう の 黴菌ばいきん が 何なん 十じゅう 万まん 、 省線しょうせん の 吊つ 皮かわ 《 つり か わ 》 に は 疥癬かいせん 《 かいせ ん 》 の 虫むし が うようよ 、 または 、 お さ しみ 、 牛うし 豚肉ぶたにく の 生焼けなまやけ に は 、 さ な だ 虫むし の 幼虫ようちゅう やら 、 ジストマじすとま やら 、 何やらなにやら の 卵たまご など が 必ずかならず ひそん で い て 、 また 、 はだし で 歩くあるく と 足あし の 裏うら から ガラスがらす の 小さいちいさい 破片はへん が はいっ て 、 その 破片はへん が 体内たいない を 駈けかけ めぐり 眼め 玉だま を 突いつい て 失明しつめい さ せる 事こと も ある とかいう 謂わいわ ば 「 科学かがく の 迷信めいしん 」 に おびやかさ れ て い た よう な もの な の でし た 。 それ は 、 たしかに 何なん 十じゅう 万まん も の 黴菌ばいきん の 浮びうかび 泳ぎおよぎ うごめい て いる の は 、 「 科学かがく 的てき 」 に も 、 正確せいかく な 事こと でしょ う 。 と同時にとどうじに 、 その 存在そんざい を 完全かんぜん に 黙殺もくさつ さえ すれ ば 、 それ は 自分じぶん と みじん の つながり も 無くなっなくなっ て たちまち 消え失せるきえうせる 「 科学かがく の 幽霊ゆうれい 」 に 過ぎすぎ ない の だ という 事こと を も 、 自分じぶん は 知るしる よう に なっ た の です 。 お 弁当べんとう 箱ばこ に 食べたべ 残しのこし の ごはん 三さん 粒つぶ 、 千せん 万まん 人にん が 一いち 日にち に 三さん 粒つぶ ずつ 食べたべ 残しのこし て も 既にすでに それ は 、 米こめ 何なん 俵ひょう を むだ に 捨てすて た 事こと に なる 、 とか 、 或いはあるいは 、 一いち 日にち に 鼻紙はながみ 一いち 枚まい の 節約せつやく を 千せん 万まん 人にん が 行うおこなう なら ば 、 どれ だけ の パルプぱるぷ が 浮くうく か 、 など という 「 科学かがく 的てき 統計とうけい 」 に 、 自分じぶん は 、 どれ だけ おびやかさ れ 、 ごはん を 一いち 粒つぶ でも 食べたべ 残すのこす 度ど 毎ごと に 、 また 鼻はな を かむ 度ど 毎ごと に 、 山やま ほど の 米べい 、 山やま ほど の パルプぱるぷ を 空費くうひ する よう な 錯覚さっかく に 悩みなやみ 、 自分じぶん が いま 重大じゅうだい な 罪つみ を 犯しおかし て いる みたい な 暗いくらい 気持きもち に なっ た もの です が 、 しかし 、 それ こそ 「 科学かがく の 嘘うそ 」 「 統計とうけい の 嘘うそ 」 「 数学すうがく の 嘘うそ 」 で 、 三さん 粒つぶ の ごはん は 集めあつめ られる もの で なく 、 掛算かけざん 割算わりざん の 応用おうよう 問題もんだい として も 、 まことに 原始げんし 的てき で 低能ていのう な テーマてえま で 、 電気でんき の ついて ない 暗いくらい お 便所べんじょ の 、 あの 穴あな に 人ひと は 何なん 度ど に いちど 片へん 脚あし を 踏みはずしふみはずし て 落下らっか さ せる か 、 または 、 省線しょうせん 電車でんしゃ の 出入口でいりぐち と 、 プラットホームぷらっとほうむ の 縁えん 《 へり 》 と の あの 隙間すきま に 、 乗客じょうきゃく の 何なん 人にん 中ちゅう の 何なん 人にん が 足あし を 落とし込むおとしこむ か 、 そんな プロバビリティ を 計算けいさん する の と 同じおなじ 程度ていど に ばからしく 、 それ は 如何いか 《 いか 》 に も 有り得るありえる 事こと の よう で も あり ながら 、 お 便所べんじょ の 穴あな を またぎ そこね て 怪我けが を し た という 例れい は 、 少しすこし も 聞かきか ない し 、 そんな 仮説かせつ を 「 科学かがく 的てき 事実じじつ 」 として 教えおしえ 込まこま れ 、 それ を 全くまったく 現実げんじつ として 受取りうけとり 、 恐怖きょうふ し て い た 昨日きのう まで の 自分じぶん を いとおしく 思いおもい 、 笑いわらい たく 思っおもっ た くらい に 、 自分じぶん は 、 世の中よのなか という もの の 実体じったい を 少しすこし ずつ 知っしっ て 来き た という わけ な の でし た 。
そう は 言っいっ て も 、 やはり 人間にんげん という もの が 、 まだまだ 、 自分じぶん に は おそろしく 、 店みせ の お客おきゃく と 逢うあう の に も 、 お 酒さけ を コップこっぷ で 一杯いっぱい ぐいと 飲んのん で から で なけれ ば いけ ませ ん でし た 。 こわい もの 見み た さ 。 自分じぶん は 、 毎晩まいばん 、 それでも お 店みせ に 出で て 、 子供こども が 、 実はじつは 少しすこし こわがっ て いる 小しょう 動物どうぶつ など を 、 かえって 強くつよく ぎゅっと 握っにぎっ て しまう みたい に 、 店みせ の お客おきゃく に 向っむかっ て 酔っよっ て つたない 芸術げいじゅつ 論ろん を 吹きかけるふきかける よう に さえ なり まし た 。
漫画まんが 家か 。 ああ 、 しかし 、 自分じぶん は 、 大きなおおきな 歓楽かんらく 《 よろこび 》 も 、 また 、 大きなおおきな 悲哀ひあい 《 かなしみ 》 も ない 無名むめい の 漫画まんが 家か 。 いかに 大きなおおきな 悲哀ひあい 《 かなしみ 》 が あと で やって来やってき て も いい 、 荒っぽいあらっぽい 大きなおおきな 歓楽かんらく 《 よろこび 》 が 欲しいほしい と 内心ないしん あせっ て は い て も 、 自分じぶん の 現在げんざい の よろこび たる や 、 お客おきゃく と むだ 事ごと を 言い合いいいあい 、 お客おきゃく の 酒さけ を 飲むのむ 事こと だけ でし た 。
京橋きょうばし へ 来き て 、 こういう くだらない 生活せいかつ を 既にすでに 一いち 年ねん ちかく 続けつづけ 、 自分じぶん の 漫画まんが も 、 子供こども 相手あいて の 雑誌ざっし だけ で なく 、 駅売りえきうり の 粗悪そあく で 卑猥ひわい 《 ひわい 》 な 雑誌ざっし など に も 載るのる よう に なり 、 自分じぶん は 、 上司じょうし 幾いく 太ふとし ( 情死じょうし 、 生きいき た ) という 、 ふざけ 切っきっ た 匿名とくめい で 、 汚いきたない は だ か の 絵え など 画きえがき 、 それに たいてい ルバイヤット の 詩句しく を 插 入いり 《 そうにゅう 》 し まし た 。
✦ Peek無駄むだ な 御ご 祈りいのり なんか 止とめ 《 よ 》 せっ たら
涙なみだ を 誘うさそう もの なんか かなぐりすてろ
まアまあ 一いち 杯はい いこう 好いよい こと ばかり 思 出しだし て
よけい な 心づかいこころづかい なんか 忘れわすれ っ ちまい な
✦ Peek不安ふあん や 恐怖きょうふ もて 人じん を 脅 やかす 奴輩どはい 《 やから 》 は
自じ 《 みずから 》 の 作りつくり し 大だい それ た 罪つみ に 怯 《 おび 》 え
死にしに し もの の 復讐ふくしゅう 《 ふくしゅう 》 に 備えんそなえん と
自じ 《 みずから 》 の 頭あたま に たえず 計けい い を 為ため 《 な 》 す
✦ Peekよべ 酒さけ 充ちみち て 我わが ハートはあと は 喜びよろこび に 充ちみち
けさ さめ て 只ただ 《 ただ 》 に 荒涼こうりょう
いぶかし 一夜いちや 《 ひと よ 》 さ の 中なか
様変りさまがわり たる 此 《 この 》 気分きぶん よ
✦ Peek祟たたり 《 たた 》 り なんて 思うおもう こと 止とめ 《 や 》 め て くれ
遠くとおく から 響くひびく 太鼓たいこ の よう に
何がなしなにがなし そいつ は 不安ふあん だ
屁へ 《 へ 》 ひっ た こと 迄まで 《 まで 》 一々いちいち 罪つみ に 勘定かんじょう さ れ たら 助からたすから ん わい
✦ Peek正義せいぎ は 人生じんせい の 指針ししん たり と や ?
さらば 血ち に 塗らぬら れ たる 戦場せんじょう に
暗殺あんさつ 者しゃ の 切せつ 尖とが 《 きっ さき 》 に
何なに の 正義せいぎ か 宿れるやどれる や ?
✦ Peekい ず こ に 指導原理しどうげんり あり や ?
いかなる 叡智えいち 《 え いち 》 の 光ひかり あり や ?
美よし 《 うる 》 わし くも 怖こわ 《 おそ ろ 》 しき は 浮世うきよ なれ
かよわき 人ひと の 子こ は 背負せおい 切れきれ ぬ 荷に を ば 負わさおわさ れ
✦ Peekどうにも でき ない 情慾じょうよく の 種子しゅし を 植えうえ つけ られ た 許もと 《 ばか 》 り に
善ぜん だ 悪あく だ 罪つみ だ 罰ばっ だ と 呪のろい 《 のろ 》 わ るる ばかり
どうにも でき ない 只ただ まごつく ばかり
抑えおさえ 摧 《 くだ 》 く 力りょく も 意志いし も 授けさづけ られ ぬ 許もと り に
✦ Peekどこ を どう 彷徨ほうこう 《 うろつき 》 まわっ て たん だい
ナニ 批判ひはん 検討けんとう 再さい 認識にんしき ?
ヘッ 空そら 《 むな 》 しき 夢ゆめ を あり も し ない 幻まぼろし を
エヘッ 酒さけ を 忘れわすれ た んで みんな 虚仮こけ 《 こけ 》 の 思案しあん さ
✦ Peekどう だ 此 | 涯 《 はて 》 も ない 大空おおぞら を 御覧ごらん よ
此 中ちゅう に ポッチリ 浮んうかん だ 点てん じゃ い
此 地球ちきゅう が 何なに んで 自転じてん する の か 分るわかる もん か
自転じてん 公転こうてん 反転はんてん も 勝手かって です わい
✦ Peek至るいたる 処しょ 《 ところ 》 に 至高しこう の 力ちから を 感じかんじ
あらゆる 国くに に あらゆる 民族みんぞく に
同一どういつ の 人間にんげん 性せい を 発見はっけん する
我わが は 異端いたん 者しゃ なり とか や
✦ Peekみんな 聖きよし 経けい を よみ 違えちがえ て ん の よ
で なきゃ 常識じょうしき も 智慧ちえ 《 ち え 》 も ない の よ
生身なまみ 《 いきみ 》 の 喜びよろこび を 禁じきんじ たり 酒さけ を 止めとめ たり
いい わ ムスタッファ わたし そんな の 大嫌いだいきらい
✦ Peekけれども 、 その 頃ころ 、 自分じぶん に 酒さけ を 止めよとめよ 、 と すすめる 処女しょじょ が い まし た 。
「 いけ ない わ 、 毎日まいにち 、 お昼おひる から 、 酔っよっ て いらっしゃる 」
バア の 向いむかい の 、 小さいちいさい 煙草たばこ 屋や の 十じゅう 七なな 、 八はち の 娘むすめ でし た 。 ヨシよし ちゃん と 言いいい 、 色いろ の 白いしろい 、 八重歯やえば の ある 子こ でし た 。 自分じぶん が 、 煙草たばこ を 買いかい に 行くいく たび に 、 笑っわらっ て 忠告ちゅうこく する の でし た 。
「 なぜ 、 いけ ない ん だ 。 どうして 悪いわるい ん だ 。 ある だけ の 酒さけ を のん で 、 人ひと の 子こ よ 、 憎悪ぞうお を 消せけせ 消せけせ 消せけせ 、 って ね 、 むかし ペルシャぺるしゃ の ね 、 まあ よそ う 、 悲しみかなしみ 疲れつかれ たる ハートはあと に 希望きぼう を 持ちもち 来すきたす は 、 ただ 微醺びくん 《 びく ん 》 を もたらす 玉杯ぎょくはい なれ 、 って ね 。 わかる かい 」
「 わから ない 」
「 この 野郎やろう 。 キスきす し て やる ぞ 」
「 し て よ 」
ちっとも 悪びれわるびれ ず 下しも 唇くちびる を 突き出すつきだす の です 。
「 馬鹿ばか 野郎やろう 。 貞操ていそう 観念かんねん 、 … … 」
しかし 、 ヨシよし ちゃん の 表情ひょうじょう に は 、 あきらか に 誰だれ に も 汚さよごさ れ て い ない 処女しょじょ の におい が し て い まし た 。
と し が 明けあけ て 厳寒げんかん の 夜よる 、 自分じぶん は 酔っよっ て 煙草たばこ を 買いかい に 出で て 、 その 煙草たばこ 屋や の 前まえ の マンホールまんほうる に 落ちおち て 、 ヨシよし ちゃん 、 たすけ て くれ え 、 と 叫びさけび 、 ヨシよし ちゃん に 引き上げひきあげ られ 、 右腕うわん の 傷きず の 手当てあて を 、 ヨシよし ちゃん に し て もらい 、 その 時とき ヨシよし ちゃん は 、 しみじみ 、
「 飲みのみ すぎ ます わ よ 」
と 笑わわらわ ず に 言いいい まし た 。
自分じぶん は 死ぬしぬ の は 平気へいき な ん だ けど 、 怪我けが を し て 出血しゅっけつ し て そうして 不具ふぐ 者しゃ など に なる の は 、 まっぴら ごめん の ほう です ので 、 ヨシよし ちゃん に 腕うで の 傷きず の 手当てあて を し て もらい ながら 、 酒さけ も 、 もう いい加減いいかげん に よそ う かしら 、 と 思っおもっ た の です 。
「 やめる 。 あした から 、 一滴いってき も 飲まのま ない 」
「 ほんとう ? 」
「 きっと 、 やめる 。 やめ たら 、 ヨシよし ちゃん 、 僕ぼく の お 嫁よめ に なっ て くれる かい ? 」
しかし 、 お 嫁よめ の 件けん は 冗談じょうだん でし た 。
「 モチもち よ 」
モチもち と は 、 「 勿論もちろん 」 の 略語りゃくご でし た 。 モボ だの 、 モガ だの 、 その 頃ころ いろんな 略語りゃくご が はやっ て い まし た 。
「 ようし 。 ゲンげん マンまん しよ う 。 きっと やめる 」
そうして 翌よく 《 あく 》 る 日ひ 、 自分じぶん は 、 やはり 昼ひる から 飲みのみ まし た 。
夕方ゆうがた 、 ふらふら 外そと へ 出で て 、 ヨシよし ちゃん の 店みせ の 前まえ に 立ちたち 、
「 ヨシよし ちゃん 、 ごめん ね 。 飲んのん じゃっ た 」
「 あら 、 いや だ 。 酔っよっ た 振りふり なんか し て 」
ハッはっ と し まし た 。 酔いよい も さめ た 気持きもち でし た 。
「 いや 、 本当ほんとう な ん だ 。 本当にほんとうに 飲んのん だ の だ よ 。 酔っよっ た 振りふり なんか し てる ん じゃ ない 」
「 からかわ ない で よ 。 ひと が わるい 」
てんで 疑おうたがお う と し ない の です 。
「 見れみれ ば わかり そう な もの だ 。 きょう も 、 お昼おひる から 飲んのん だ の だ 。 ゆるし て ね 」
「 お 芝居しばい が 、 うまい の ねえ 」
「 芝居しばい じゃあ ない よ 、 馬鹿ばか 野郎やろう 。 キスきす し て やる ぞ 」
「 し て よ 」
「 いや 、 僕ぼく に は 資格しかく が 無いない 。 お 嫁よめ に もらう の も あきらめ なく ちゃ なら ん 。 顔かお を 見み なさい 、 赤いあかい だろ う ? 飲んのん だ の だ よ 」
「 それ あ 、 夕陽ゆうひ が 当っあたっ て いる から よ 。 かつごう たっ て 、 だめ よ 。 きのう 約束やくそく し た ん です もの 。 飲むのむ 筈はず が 無いない じゃ ない の 。 ゲンげん マンまん し た ん です もの 。 飲んのん だ なんて 、 ウソうそ 、 ウソうそ 、 ウソうそ 」
薄暗いうすぐらい 店みせ の 中なか に 坐っすわっ て 微笑びしょう し て いる ヨシよし ちゃん の 白いしろい 顔かお 、 ああ 、 よごれ を 知らしら ぬ ヴァジニティ は 尊いとうとい もの だ 、 自分じぶん は 今いま まで 、 自分じぶん より も 若いわかい 処女しょじょ と 寝ね た 事こと が ない 、 結婚けっこん しよ う 、 どんな 大きなおおきな 悲哀ひあい 《 かなしみ 》 が その ため に 後ご から やって来やってき て も よい 、 荒っぽいあらっぽい ほど の 大きなおおきな 歓楽かんらく 《 よろこび 》 を 、 生涯しょうがい に いちど で いい 、 処女しょじょ 性せい の 美しうつくし さ と は 、 それ は 馬鹿ばか な 詩人しじん の 甘いあまい 感傷かんしょう の 幻まぼろし に 過ぎすぎ ぬ と 思っおもっ て い た けれども 、 やはり この 世の中よのなか に 生きいき て 在るある もの だ 、 結婚けっこん し て 春はる に なっ たら 二に 人にん で 自転車じてんしゃ で 青葉あおば の 滝たき を 見み に 行こいこ う 、 と 、 その 場ば で 決意けつい し 、 所ところ 謂いい 「 一本勝負いっぽんしょうぶ 」 で 、 その 花はな を 盗むぬすむ の に ためらう 事こと を し ませ ん でし た 。
そうして 自分じぶん たち は 、 やがて 結婚けっこん し て 、 それ に 依っよっ て 得え た 歓楽かんらく 《 よろこび 》 は 、 必ずしもかならずしも 大きくおおきく は あり ませ ん でし た が 、 その後そのご に 来き た 悲哀ひあい 《 かなしみ 》 は 、 凄惨せいさん 《 せいさん 》 と 言っいっ て も 足りたり ない くらい 、 実にじつに 想像そうぞう を 絶ぜっ し て 、 大きくおおきく やって来やってき まし た 。 自分じぶん にとって 、 「 世の中よのなか 」 は 、 やはり 底そこ 知れしれ ず 、 おそろしい ところ でし た 。 決してけっして 、 そんな 一本勝負いっぽんしょうぶ など で 、 何なに から 何なに まで きまっ て しまう よう な 、 なまやさしい ところ で も 無かっなかっ た の でし た 。
✦ Peek堀木ほりき と 自分じぶん 。
互いにたがいに 軽蔑けいべつ 《 けいべつ 》 し ながら 附きつき 合いあい 、 そうして 互いにたがいに 自じ 《 み ず か 》 ら を くだらなく し て 行くいく 、 それ が この世このよ の 所ところ 謂いい 「 交友こうゆう 」 という もの の 姿すがた だ と する なら 、 自分じぶん と 堀木ほりき と の 間柄あいだがら も 、 まさしく 「 交友こうゆう 」 に 違いちがい あり ませ ん でし た 。
自分じぶん が あの 京橋きょうばし の スタンド・バア の マダムまだむ の 義侠ぎきょう 心しん 《 ぎきょうしん 》 に すがり 、 ( 女おんな の ひと の 義侠ぎきょう 心しん なんて 、 言葉ことば の 奇妙きみょう な 遣いつかい 方かた です が 、 しかし 、 自分じぶん の 経験けいけん に 依るよる と 、 少くすくなく とも 都会とかい の 男女だんじょ の 場合ばあい 、 男おとこ より も 女おんな の ほう が 、 その 、 義侠ぎきょう 心しん と で も いう べき もの を たっぷり と 持っもっ て い まし た 。 男おとこ は たいてい 、 おっかなびっくり で 、 お てい さい ばかり 飾りかざり 、 そうして 、 ケチけち でし た ) あの 煙草たばこ 屋や の ヨシ子よしこ を 内縁ないえん の 妻つま に する 事こと が 出来でき て 、 そうして 築地つきじ 《 つき じ 》 、 隅田川すみだがわ の 近くちかく 、 木造もくぞう の 二に 階かい 建てだて の 小さいちいさい アパートあぱあと の 階下かいか の 一室いっしつ を 借りかり 、 ふたり で 住みすみ 、 酒さけ は 止めとめ て 、 そろそろ 自分じぶん の 定じょう っ た 職業しょくぎょう に なり かけ て 来き た 漫画まんが の 仕事しごと に 精せい を 出しだし 、 夕食ゆうしょく 後ご は 二に 人にん で 映画えいが を 見み に 出かけでかけ 、 帰りかえり に は 、 喫茶店きっさてん など に はいり 、 また 、 花はな の 鉢はち を 買っかっ たり し て 、 いや 、 それ より も 自分じぶん を しん から 信頼しんらい し て くれ て いる この 小さいちいさい 花嫁はなよめ の 言葉ことば を 聞ききき 、 動作どうさ を 見み て いる の が 楽しくたのしく 、 これ は 自分じぶん も ひょっとしたら 、 いま に だんだん 人間らしいにんげんらしい もの に なる 事こと が 出来でき て 、 悲惨ひさん な 死にしに 方かた など せ ず に すむ の で は なかろ う か という 甘いあまい 思いおもい を 幽かかすか に 胸むね に あたため はじめ て い た 矢先やさき に 、 堀木ほりき が また 自分じぶん の 眼前がんぜん に 現われあらわれ まし た 。
「 よう ! 色魔しきま 。 おや ? これ でも 、 いくら か 分別ふんべつ くさい 顔かお に なり や がっ た 。 きょう は 、 高円寺こうえんじ 女史じょし から の お 使者ししゃ な ん だ が ね 」
と 言いいい かけ て 、 急きゅう に 声こえ を ひそめ 、 お勝手おかって で お茶おちゃ の 仕度したく を し て いる ヨシ子よしこ の ほう を 顎あご 《 あご 》 で しゃくっ て 、 大丈夫だいじょうぶ かい ? と たずね ます ので 、
「 かまわ ない 。 何なに を 言っいっ て も いい 」
と 自分じぶん は 落ちついおちつい て 答えこたえ まし た 。
じっさい 、 ヨシ子よしこ は 、 信頼しんらい の 天才てんさい と 言いいい たい くらい 、 京橋きょうばし の バア の マダムまだむ と の 間ま は もとより 、 自分じぶん が 鎌倉かまくら で 起しおこし た 事件じけん を 知らせしらせ て やっ て も 、 ツネ子つねこ と の 間ま を 疑わうたがわ ず 、 それ は 自分じぶん が 嘘うそ が うまい から と いう わけ で は 無くなく 、 時にときに は 、 あからさま な 言い方いいかた を する 事こと さえ あっ た のに 、 ヨシ子よしこ に は 、 それ が みな 冗談じょうだん と しか 聞ききき とれ ぬ 様子ようす でし た 。
「 相あい 変らかわら ず 、 しょっ て いやがる 。 なに 、 たいした 事こと じゃ ない が ね 、 たま に は 、 高円寺こうえんじ の ほう へ も 遊びあそび に 来き て くれ っていう 御ご 伝言でんごん さ 」
忘れかけるわすれかける と 、 怪かい 鳥とり が 羽ばたいはばたい て やっ て 来き て 、 記憶きおく の 傷口きずぐち を その 嘴くちばし 《 くちばし 》 で 突き破りつきやぶり ます 。 たちまち 過去かこ の 恥はじ と 罪つみ の 記憶きおく が 、 ありあり と 眼前がんぜん に 展開てんかい せら れ 、 わあ っと 叫びさけび たい ほど の 恐怖きょうふ で 、 坐っすわっ て おら れ なく なる の です 。
「 飲ものも う か 」
と 自分じぶん 。
「 よし 」
と 堀木ほりき 。
自分じぶん と 堀木ほりき 。 形かたち は 、 ふたり 似に て い まし た 。 そっくり の 人間にんげん の よう な 気き が する 事こと も あり まし た 。 もちろん それ は 、 安いやすい 酒さけ を あちこち 飲みのみ 歩いあるい て いる 時とき だけ の 事こと でし た が 、 とにかく 、 ふたり 顔がお を 合せるあわせる と 、 みるみる 同じおなじ 形かたち の 同じおなじ 毛並けなみ の 犬いぬ に 変りかわり 降雪こうせつ の ちまた を 駈けかけ めぐる という 具合いぐあい に なる の でし た 。
その 日ひ 以来いらい 、 自分じぶん たち は 再びふたたび 旧交きゅうこう を あたため た という 形かたち に なり 、 京橋きょうばし の あの 小さいちいさい バア に も 一緒いっしょ に 行きいき 、 そうして 、 とうとう 、 高円寺こうえんじ の シヅ子しづこ の アパートあぱあと に も その 泥酔でいすい の 二に 匹ひき の 犬いぬ が 訪問ほうもん し 、 宿泊しゅくはく し て 帰るかえる など という 事こと に さえ なっ て しまっ た の です 。
忘れわすれ も 、 し ませ ん 。 むし暑いむしあつい 夏なつ の 夜よる でし た 。 堀木ほりき は 日暮ひぐれ 頃ごろ 、 よれよれ の 浴衣ゆかた を 着き て 築地つきじ の 自分じぶん の アパートあぱあと に やって来やってき て 、 きょう 或ある る 必要ひつよう が あっ て 夏服なつふく を 質しつ 入にゅう し た が 、 その 質しつ 入いり が 老母ろうぼ に 知れるしれる と まことに 具合いぐあい が 悪いわるい 、 すぐ 受け出しうけだし たい から 、 とにかく 金きん を 貸しかし て くれ 、 という 事こと でし た 。 あいにく 自分じぶん の ところ に も 、 お金おかね が 無かっなかっ た ので 、 例れい に 依っよっ て 、 ヨシ子よしこ に 言いつけいいつけ 、 ヨシ子よしこ の 衣類いるい を 質屋しちや に 持っもっ て 行かいか せ て お金おかね を 作りつくり 、 堀木ほりき に 貸しかし て も 、 まだ 少しすこし 余るあまる ので その 残金ざんきん で ヨシ子よしこ に 焼酎しょうちゅう 《 し ょうちゅう 》 を 買わかわ せ 、 アパートあぱあと の 屋上おくじょう に 行きいき 、 隅田川すみだがわ から 時たまときたま 幽かかすか に 吹いふい て 来るくる ど ぶ 臭いくさい 風かぜ を 受けうけ て 、 まことに 薄汚いうすぎたない 納涼のうりょう の 宴うたげ を 張りはり まし た 。
自分じぶん たち は その 時とき 、 喜劇きげき 名詞めいし 、 悲劇ひげき 名詞めいし の 当とう てっ こ を はじめ まし た 。 これ は 、 自分じぶん の 発明はつめい し た 遊戯ゆうぎ で 、 名詞めいし に は 、 すべて 男性だんせい 名詞めいし 、 女性じょせい 名詞めいし 、 中性ちゅうせい 名詞めいし など の 別べつ が ある けれども 、 それ と 同時にどうじに 、 喜劇きげき 名詞めいし 、 悲劇ひげき 名詞めいし の 区別くべつ が あっ て 然るべきしかるべき だ 、 たとえば 、 汽船きせん と 汽車きしゃ は いずれ も 悲劇ひげき 名詞めいし で 、 市電しでん と バスばす は 、 いずれ も 喜劇きげき 名詞めいし 、 なぜ そう な の か 、 それ の わから ぬ 者もの は 芸術げいじゅつ を 談ずるだんずる に 足らたら ん 、 喜劇きげき に 一いち 個こ でも 悲劇ひげき 名詞めいし を さしはさん で いる 劇げき 作家さっか は 、 既にすでに それ だけ で 落第らくだい 、 悲劇ひげき の 場合ばあい も また 然しか り 、 といった よう な わけ な の でし た 。
「 いい かい ? 煙草たばこ は ? 」
と 自分じぶん が 問いとい ます 。
「 トラとら 。 ( 悲劇ひげき 《 トラジディ 》 の 略りゃく ) 」
と 堀木ほりき が 言下げんか に 答えこたえ ます 。
「 薬くすり は ? 」
「 粉薬こぐすり かい ? 丸薬がんやく かい ? 」
「 注射ちゅうしゃ 」
「 トラとら 」
「 そう か な ? ホルモンほるもん 注射ちゅうしゃ も ある し ねえ 」
「 いや 、 断然だんぜん トラとら だ 。 針はり が 第だい 一いち 、 お前おまえ 、 立派りっぱ な トラとら じゃ ない か 」
「 よし 、 負けまけ て 置こおこ う 。 しかし 、 君きみ 、 薬くすり や 医者いしゃ はね 、 あれ で 案外あんがい 、 コメこめ ( 喜劇きげき 《 コメディこめでぃ 》 の 略りゃく ) な ん だ ぜ 。 死し は ? 」
「 コメこめ 。 牧師ぼくし も 和尚おしょう 《 お しょう 》 も 然しか り じゃ ね 」
「 大だい 出来でき 。 そうして 、 生なま は トラとら だ なあ 」
「 ちがう 。 それ も 、 コメこめ 」
「 いや 、 それでは 、 何でもかでもなんでもかでも 皆みな コメこめ に なっ て しまう 。 では ね 、 もう 一つひとつ お たずね する が 、 漫画まんが 家か は ? よもや 、 コメこめ と は 言えいえ ませ ん でしょ う ? 」
「 トラとら 、 トラとら 。 大だい 悲劇ひげき 名詞めいし ! 」
「 なん だ 、 大だい トラとら は 君きみ の ほう だ ぜ 」
こんな 、 下手へた な 駄洒落だじゃれ 《 だ じゃ れ 》 みたい な 事こと に なっ て しまっ て は 、 つまらない の です けど 、 しかし 自分じぶん たち は その 遊戯ゆうぎ を 、 世界せかい の サロンさろん に も 嘗 《 か 》 つて 存そん し なかっ た 頗 《 すこ ぶ 》 る 気き の きい た もの だ と 得意とくい がっ て い た の でし た 。
また もう 一つひとつ 、 これ に 似に た 遊戯ゆうぎ を 当時とうじ 、 自分じぶん は 発明はつめい し て い まし た 。 それ は 、 対義語たいぎご 《 アントニム 》 の 当とう てっ こ でし た 。 黒くろ の アント ( 対義語たいぎご 《 アントニム 》 の 略りゃく ) は 、 白しろ 。 けれども 、 白しろ の アント は 、 赤あか 。 赤あか の アント は 、 黒くろ 。
「 花はな の アント は ? 」
と 自分じぶん が 問うとう と 、 堀木ほりき は 口くち を 曲げまげ て 考えかんがえ 、
「 ええ っと 、 花月かげつ という 料理りょうり 屋や が あっ た から 、 月つき だ 」
「 いや 、 それ は アント に なっ て い ない 。 むしろ 、 同義どうぎ 語ご 《 シノニムしのにむ 》 だ 。 星ほし と 菫すみれ 《 すみれ 》 だって 、 シノニムしのにむ じゃ ない か 。 アント で ない 」
「 わかっ た 、 それ はね 、 蜂はち 《 は ち 》 だ 」
「 ハチはち ? 」
「 牡丹ぼたん 《 ぼ たん 》 に 、 … … 蟻あり 《 あり 》 か ? 」
「 なあんだ 、 それ は 画題がだい 《 モチイフ 》 だ 。 ごまかし ちゃ いけ ない 」
「 わかっ た ! 花はな に むら 雲くも 、 … … 」
「 月つき に むら 雲くも だろ う 」
「 そう 、 そう 。 花はな に 風かぜ 。 風かぜ だ 。 花はな の アント は 、 風かぜ 」
「 まずい なあ 、 それ は 浪花節なにわぶし 《 なにわ ぶし 》 の 文句もんく じゃ ない か 。 お さ と が 知れるしれる ぜ 」
「 いや 、 琵琶びわ 《 びわ 》 だ 」
「 なお いけ ない 。 花はな の アント はね 、 … … およそ この世このよ で 最ももっとも 花はな らしく ない もの 、 それ を こそ 挙げるあげる べき だ 」
「 だから 、 その 、 … … 待てまて よ 、 なあんだ 、 女おんな か 」
「 ついで に 、 女おんな の シノニムしのにむ は ? 」
「 臓物ぞうもつ 」
「 君きみ は 、 どうも 、 詩し 《 ポエジイ 》 を 知らしら ん ね 。 それ じゃあ 、 臓物ぞうもつ の アント は ? 」
「 牛乳ぎゅうにゅう 」
「 これ は 、 ちょっと うまい な 。 その 調子ちょうし で もう 一つひとつ 。 恥はじ 。 オント の アント 」
「 恥知らずはじしらず さ 。 流行りゅうこう 漫画まんが 家か 上司じょうし 幾いく 太ふとし 」
「 堀木ほりき 正雄まさお は ? 」
この 辺あたり から 二に 人にん だんだん 笑えわらえ なく なっ て 、 焼酎しょうちゅう の 酔いよい 特有とくゆう の 、 あの ガラスがらす の 破片はへん が 頭あたま に 充満じゅうまん し て いる よう な 、 陰鬱いんうつ な 気分きぶん に なっ て 来き た の でし た 。
「 生意気なまいき 言ういう な 。 おれ は まだ お前おまえ の よう に 、 繩 目め の 恥辱ちじょく など 受けうけ た 事こと が 無む えん だ 」
ぎょっと し まし た 。 堀木ほりき は 内心ないしん 、 自分じぶん を 、 真人間まにんげん あつかい に し て い なかっ た の だ 、 自分じぶん を ただ 、 死にぞこないしにぞこない の 、 恥知らずはじしらず の 、 阿呆あほ の ばけ ものの 、 謂いい 《 い 》 わ ば 「 生けるいける 屍かばね 《 し かばね 》 」 と しか 解しかいし て くれ ず 、 そうして 、 彼かれ の 快楽かいらく の ため に 、 自分じぶん を 利用りよう できる ところ だけ は 利用りよう する 、 それ っきり の 「 交友こうゆう 」 だっ た の だ 、 と 思っおもっ たら 、 さすが に いい 気持きもち は し ませ ん でし た が 、 しかし また 、 堀木ほりき が 自分じぶん を その よう に 見み て いる の も 、 もっとも な 話はなし で 、 自分じぶん は 昔むかし から 、 人間にんげん の 資格しかく の 無いない みたい な 子供こども だっ た の だ 、 やっぱり 堀木ほりき に さえ 軽蔑けいべつ せら れ て 至当しとう な の かも 知れしれ ない 、 と 考え直しかんがえなおし 、
「 罪つみ 。 罪つみ の アントニム は 、 何なに だろ う 。 これ は 、 むずかしい ぞ 」
と 何気無なにげな さ そう な 表情ひょうじょう を 装っよそおっ て 、 言ういう の でし た 。
「 法律ほうりつ さ 」
堀木ほりき が 平然とへいぜんと そう 答えこたえ まし た ので 、 自分じぶん は 堀木ほりき の 顔かお を 見直しみなおし まし た 。 近くちかく の ビルびる の 明滅めいめつ する ネオンサインねおんさいん の 赤いあかい 光ひかり を 受けうけ て 、 堀木ほりき の 顔かお は 、 鬼おに 刑事けいじ の 如くごとく 威厳いげん あり げ に 見えみえ まし た 。 自分じぶん は 、 つくづく 呆 《 あき 》 れ かえり 、
「 罪つみ って の は 、 君きみ 、 そんな もの じゃ ない だろ う 」
罪つみ の 対義語たいぎご が 、 法律ほうりつ と は ! しかし 、 世間せけん の 人ひと たち は 、 みんな それ くらい に 簡単かんたん に 考えかんがえ て 、 澄ましすまし て 暮しくらし て いる の かも 知れしれ ませ ん 。 刑事けいじ の い ない ところ に こそ 罪つみ が うごめい て いる 、 と 。
「 それ じゃあ 、 なん だい 、 神かみ か ? お前おまえ に は 、 どこ か ヤソやそ 坊主ぼうず くさい ところ が ある から な 。 いや 味あじ だ ぜ 」
「 まあ そんなに 、 軽くかるく 片づけるかたづける な よ 。 も 少しすこし 、 二に 人にん で 考えかんがえ て 見よみよ う 。 これ は でも 、 面白いおもしろい テーマてえま じゃ ない か 。 この テーマてえま に対するにたいする 答こたえ 一つひとつ で 、 その ひと の 全部ぜんぶ が わかる よう な 気き が する の だ 」
「 まさか 。 … … 罪つみ の アント は 、 善よ さ 。 善良ぜんりょう なる 市民しみん 。 つまり 、 おれ みたい な もの さ 」
「 冗談じょうだん は 、 よそ う よ 。 しかし 、 善ぜん は 悪あく の アント だ 。 罪つみ の アント で は ない 」
「 悪あく と 罪つみ と は 違うちがう の かい ? 」
「 違うちがう 、 と 思うおもう 。 善悪ぜんあく の 概念がいねん は 人間にんげん が 作っつくっ た もの だ 。 人間にんげん が 勝手かって に 作っつくっ た 道徳どうとく の 言葉ことば だ 」
「 うる せ え なあ 。 それ じゃ 、 やっぱり 、 神かみ だろ う 。 神かみ 、 神かみ 。 なん でも 、 神かみ に し て 置けおけ ば 間違いまちがい ない 。 腹はら が へっ た なあ 」
「 いま 、 した で ヨシ子よしこ が そら豆そらまめ を 煮に て いる 」
「 あり が てえ 。 好物こうぶつ だ 」
両手りょうて を 頭あたま の うし ろ に 組んくん で 、 仰おっしゃ 向むかい 《 あおむけ 》 に ごろりと 寝ね まし た 。
「 君きみ に は 、 罪つみ という もの が 、 まるで 興味きょうみ ない らしい ね 」
「 そりゃ そう さ 、 お前おまえ の よう に 、 罪人ざいにん で は 無いない ん だ から 。 おれ は 道楽どうらく は し て も 、 女おんな を 死なしな せ たり 、 女おんな から 金きん を 巻き上げまきあげ たり なん か は し ねえ よ 」
死なしな せ た の で は ない 、 巻き上げまきあげ た の で は ない 、 と 心こころ の 何処どこ 《 どこ 》 か で 幽かかすか な 、 けれども 必死ひっし の 抗議こうぎ の 声こえ が 起っおこっ て も 、 しかし 、 また 、 いや 自分じぶん が 悪いわるい の だ と すぐ に 思いかえしおもいかえし て しまう この 習癖しゅうへき 。
自分じぶん に は 、 どうしても 、 正面しょうめん 切っきっ て の 議論ぎろん が 出来でき ませ ん 。 焼酎しょうちゅう の 陰鬱いんうつ な 酔いよい の ため に 刻こく 一刻いっこく 、 気持きもち が 険しくけわしく なっ て 来るくる の を 懸命けんめい に 抑えおさえ て 、 ほとんど 独りひとり ごと の よう に し て 言いいい まし た 。
「 しかし 、 牢屋ろうや 《 ろう や 》 に いれ られる 事こと だけ が 罪つみ じゃ ない ん だ 。 罪つみ の アント が わかれ ば 、 罪つみ の 実体じったい も つかめる よう な 気き が する ん だ けど 、 … … 神かみ 、 … … 救いすくい 、 … … 愛あい 、 … … 光ひかり 、 … … しかし 、 神かみ に は サタンさたん という アント が ある し 、 救いすくい の アント は 苦悩くのう だろ う し 、 愛あい に は 憎しみにくしみ 、 光ひかり に は 闇やみ という アント が あり 、 善ぜん に は 悪あく 、 罪つみ と 祈りいのり 、 罪つみ と 悔いくい 、 罪つみ と 告白こくはく 、 罪つみ と 、 … … 嗚呼ああ 《 ああ 》 、 みんな シノニムしのにむ だ 、 罪つみ の 対語たいご は 何なに だ 」
「 ツミ の 対語たいご は 、 ミツみつ さ 。 蜜みつ 《 みつ 》 の 如くごとく 甘しあまし だ 。 腹はら が へっ た なあ 。 何なに か 食うくう もの を 持っもっ て 来いこい よ 」
「 君きみ が 持っもっ て 来き たら いい じゃ ない か ! 」
ほとんど 生れうまれ て はじめ て と 言っいっ て いい くらい の 、 烈しいはげしい 怒りいかり の 声こえ が 出で まし た 。
「 ようし 、 それ じゃ 、 した へ 行っいっ て 、 ヨシよし ちゃん と 二に 人にん で 罪つみ を 犯しおかし て 来よこよ う 。 議論ぎろん より 実地じっち 検分けんぶん 。 罪つみ の アント は 、 蜜豆みつまめ 、 いや 、 そら豆そらまめ か 」
ほとんど 、 ろれつ の 廻らまわら ぬ くらい に 酔っよっ て いる の でし た 。
「 勝手かって に しろ 。 どこ か へ 行っいっ ちまえ ! 」
「 罪つみ と 空腹くうふく 、 空腹くうふく と そら豆そらまめ 、 いや 、 これ は シノニムしのにむ か 」
出鱈目でたらめ 《 でたらめ 》 を 言いいい ながら 起きおき 上りのぼり ます 。
罪つみ と 罰ばっ 。 ドストイエフスキイ 。 ちら と それ が 、 頭脳ずのう の 片隅かたすみ を かすめ て 通りとおり 、 はっと 思いおもい まし た 。 もしも 、 あの ドスト 氏し が 、 罪つみ と 罰ばち を シノニムしのにむ と 考えかんがえ ず 、 アントニム として 置きおき 並べならべ た もの と し たら ? 罪つみ と 罰ばっ 、 絶対ぜったい に 相あい 通ぜつうぜ ざる もの 、 氷炭ひょうたん | 相あい 容よう 《 あい い 》 れ ざる もの 。 罪つみ と 罰ばち を アント として 考えかんがえ た ドスト の 青みあおみ どろ 、 腐っくさっ た 池いけ 、 乱麻らんま の 奥底おくそこ の 、 … … ああ 、 わかり かけ た 、 いや 、 まだ 、 … … など と 頭脳ずのう に 走馬燈そうまとう が くるくる 廻っまわっ て い た 時とき に 、
「 おい ! とんだ 、 そら豆そらまめ だ 。 来いこい ! 」
堀木ほりき の 声こえ も 顔色かおいろ も 変っかわっ て い ます 。 堀木ほりき は 、 たった いま ふらふら 起きおき て し た へ 行っいっ た 、 か と 思うおもう と また 引返しひきかえし て 来き た の です 。
「 なん だ 」
異様いよう に 殺気立ちさっきだち 、 ふたり 、 屋上おくじょう から 二に 階かい へ 降りふり 、 二に 階かい から 、 さらに 階下かいか の 自分じぶん の 部屋へや へ 降りるおりる 階段かいだん の 中途ちゅうと で 堀木ほりき は 立ち止りたちどまり 、
「 見ろみろ ! 」
と 小声こごえ で 言っいっ て 指ゆび 差しさし ます 。
自分じぶん の 部屋へや の 上うえ の 小しょう 窓まど が あい て い て 、 そこ から 部屋へや の 中なか が 見えみえ ます 。 電気でんき が つい た まま で 、 二に 匹ひき の 動物どうぶつ が い まし た 。
自分じぶん は 、 ぐらぐら 目まいめまい し ながら 、 これ も また 人間にんげん の 姿すがた だ 、 これ も また 人間にんげん の 姿すがた だ 、 おどろく 事こと は 無いない 、 など 劇げき 《 はげ 》 しい 呼吸こきゅう と共にとともに 胸むね の 中なか で 呟 《 つぶ や 》 き 、 ヨシ子よしこ を 助けるたすける 事こと も 忘れわすれ 、 階段かいだん に 立ちつくしたちつくし て い まし た 。
堀木ほりき は 、 大きいおおきい 咳せき 《 せき 》 ば らい を し まし た 。 自分じぶん は 、 ひとり 逃げるにげる よう に また 屋上おくじょう に 駈けかけ 上りのぼり 、 寝ころびねころび 、 雨あめ を 含んふくん だ 夏なつ の 夜空よぞら を 仰ぎあおぎ 、 その とき 自分じぶん を 襲っおそっ た 感情かんじょう は 、 怒りいかり で も 無くなく 、 嫌悪けんお で も 無くなく 、 また 、 悲しみかなしみ で も 無くなく 、 もの凄ものすご 《 すさ 》 ま じい 恐怖きょうふ でし た 。 それ も 、 墓地ぼち の 幽霊ゆうれい など に対するにたいする 恐怖きょうふ で は なく 、 神社じんじゃ の 杉すぎ 木立こだち で 白衣はくい の 御ご 神体しんたい に 逢っあっ た 時とき に 感ずるかんずる かも 知れしれ ない よう な 、 四よん の 五ご の 言わさいわさ ぬ 古代こだい の 荒々しいあらあらしい 恐怖きょうふ 感かん でし た 。 自分じぶん の 若白髪わかしらが は 、 その 夜よる から はじまり 、 いよいよ 、 すべて に 自信じしん を 失いうしない 、 いよいよ 、 ひと を 底そこ 知れしれ ず 疑いうたがい 、 この世このよ の 営みいとなみ に対するにたいする 一いち さい の 期待きたい 、 よろこび 、 共鳴きょうめい など から 永遠えいえん に は なれる よう に なり まし た 。 実にじつに 、 それ は 自分じぶん の 生涯しょうがい に 於いおい て 、 決定的けっていてき な 事件じけん でし た 。 自分じぶん は 、 まっ こう から 眉間みけん 《 み けん 》 を 割らわら れ 、 そうして それ 以来いらい その 傷きず は 、 どんな 人間にんげん に でも 接近せっきん する 毎ごと に 痛むいたむ の でし た 。
「 同情どうじょう は する が 、 しかし 、 お前おまえ も これ で 、 少しすこし は 思い知っおもいしっ たろ う 。 もう 、 おれ は 、 二度とにどと ここ へ は 来こ ない よ 。 まるで 、 地獄じごく だ 。 … … でも 、 ヨシよし ちゃん は 、 ゆるし て やれ 。 お前おまえ だって 、 どうせ 、 ろくな 奴やつ じゃ ない ん だ から 。 失敬しっけい する ぜ 」
気まずいきまずい 場所ばしょ に 、 永くながく とどまっ て いる ほど 間ま 《 ま 》 の 抜けぬけ た 堀木ほりき で は あり ませ ん でし た 。
自分じぶん は 起きおき 上っのぼっ て 、 ひとり で 焼酎しょうちゅう を 飲みのみ 、 それから 、 おいおい 声こえ を 放っはなっ て 泣きなき まし た 。 いくら で も 、 いくら でも 泣けるなける の でし た 。
いつのまにか 、 背後はいご に 、 ヨシ子よしこ が 、 そら豆そらまめ を 山盛りやまもり に し た お 皿さら を 持っもっ て ぼんやり 立ったっ て い まし た 。
「 なんにも 、 し ない から って 言っいっ て 、 … … 」
「 いい 。 何なに も 言ういう な 。 お前おまえ は 、 ひと を 疑ううたがう 事こと を 知らしら なかっ た ん だ 。 お 坐りすわり 。 豆まめ を 食べよたべよ う 」
並んならん で 坐っすわっ て 豆まめ を 食べたべ まし た 。 嗚呼ああ 、 信頼しんらい は 罪つみ なり や ? 相手あいて の 男おとこ は 、 自分じぶん に 漫画まんが を かか せ て は 、 わずか な お金おかね を もっ たい 振っふっ て 置いおい て 行くいく 三さん 十じゅう 歳さい 前後ぜんご の 無学むがく な 小男こおとこ の 商人しょうにん な の でし た 。
さすが に その 商人しょうにん は 、 その後そのご やっ て は 来き ませ ん でし た が 、 自分じぶん に は 、 どうして だ か 、 その 商人しょうにん に対するにたいする 憎悪ぞうお より も 、 さい しょ に 見つけみつけ た すぐ その 時とき に 大きいおおきい 咳ばらいせきばらい も 何なに も せ ず 、 そのまま 自分じぶん に 知らせしらせ に また 屋上おくじょう に 引返しひきかえし て 来き た 堀木ほりき に対するにたいする 憎しみにくしみ と 怒りいかり が 、 眠らねむら れ ぬ 夜よる など に むらむら 起っおこっ て 呻 《 うめ 》 き まし た 。
ゆるす も 、 ゆるさ ぬ も あり ませ ん 。 ヨシ子よしこ は 信頼しんらい の 天才てんさい な の です 。 ひと を 疑ううたがう 事こと を 知らしら なかっ た の です 。 しかし 、 それ ゆえ の 悲惨ひさん 。
神かみ に 問うとう 。 信頼しんらい は 罪つみ なり や 。
ヨシ子よしこ が 汚さよごさ れ た という 事こと より も 、 ヨシ子よしこ の 信頼しんらい が 汚さよごさ れ た という 事こと が 、 自分じぶん にとって その のち 永くながく 、 生きいき て おら れ ない ほど の 苦悩くのう の 種たね に なり まし た 。 自分じぶん の よう な 、 いやらしく おどおど し て 、 ひと の 顔かお いろ ばかり 伺いうかがい 、 人ひと を 信じるしんじる 能力のうりょく が 、 ひび割れひびわれ て しまっ て いる もの にとって 、 ヨシ子よしこ の 無垢むく 《 むく 》 の 信頼しんらい 心しん は 、 それ こそ 青葉あおば の 滝たき の よう に すがすがしく 思わおもわ れ て い た の です 。 それ が 一夜いちや で 、 黄色いきいろい 汚水おすい に 変っかわっ て しまい まし た 。 見よみよ 、 ヨシ子よしこ は 、 その 夜よる から 自分じぶん の 一いち 顰ひそみ 《 いっ ぴん 》 一笑いっしょう に さえ 気き を 遣うつかう よう に なり まし た 。
「 おい 」
と 呼ぶよぶ と 、 ぴくっとして 、 もう 眼め の やり場やりば に 困っこまっ て いる 様子ようす です 。 どんなに 自分じぶん が 笑わせよわらわせよ う として 、 お 道化どうけ を 言っいっ て も 、 おろおろ し 、 びく びく し 、 やたら に 自分じぶん に 敬語けいご を 遣うつかう よう に なり まし た 。
果してはたして 、 無垢むく の 信頼しんらい 心しん は 、 罪つみ の 原泉げんせん なり や 。
自分じぶん は 、 人妻ひとづま の 犯さおかさ れ た 物語ものがたり の 本ほん を 、 いろいろ 捜しさがし て 読んよん で み まし た 。 けれども 、 ヨシ子よしこ ほど 悲惨ひさん な 犯さおかさ れ 方かた を し て いる 女おんな は 、 ひとり も 無いない と 思いおもい まし た 。 どだい 、 これ は 、 てんで 物語ものがたり に も 何なに も なり ませ ん 。 あの 小男こおとこ の 商人しょうにん と 、 ヨシ子よしこ と の あいだ に 、 少しすこし でも 恋こい に 似に た 感情かんじょう でも あっ た なら 、 自分じぶん の 気持きもち も かえって たすかる かも 知れしれ ませ ん が 、 ただ 、 夏なつ の 一夜いちや 、 ヨシ子よしこ が 信頼しんらい し て 、 そうして 、 それ っきり 、 しかも その ため に 自分じぶん の 眉間みけん は 、 まっ こう から 割らわら れ 声こえ が 嗄れしゃがれ て 若白髪わかしらが が はじまり 、 ヨシ子よしこ は 一生いっしょう おろおろ し なけれ ば なら なく なっ た の です 。 たいてい の 物語ものがたり は 、 その 妻つま の 「 行為こうい 」 を 夫おっと が 許すゆるす か どう か 、 そこ に 重点じゅうてん を 置いおい て い た よう でし た が 、 それ は 自分じぶん にとって は 、 そんなに 苦しいくるしい 大だい 問題もんだい で は 無いない よう に 思わおもわ れ まし た 。 許すゆるす 、 許さゆるさ ぬ 、 その よう な 権利けんり を 留保りゅうほ し て いる 夫おっと こそ 幸いさいわい なる 哉 《 かな 》 、 とても 許すゆるす 事こと が 出来でき ぬ と 思っおもっ た なら 、 何なに も そんなに 大騒ぎおおさわぎ せ ず とも 、 さっさと 妻つま を 離縁りえん し て 、 新しいあたらしい 妻つま を 迎えむかえ たら どう だろ う 、 それ が 出来でき なかっ たら 、 所ところ 謂いい 《 いわゆる 》 「 許しゆるし て 」 我慢がまん する さ 、 いずれ に し て も 夫おっと の 気持きもち 一つひとつ で 四方八方しほうはっぽう が まるく 収おさむ る だろ う に 、 という 気き さえ する の でし た 。 つまり 、 その よう な 事件じけん は 、 たしかに 夫おっと にとって 大いなるおおいなる ショックしょっく で あっ て も 、 しかし 、 それ は 「 ショックしょっく 」 で あっ て 、 いつ まで も 尽きるつきる こと 無くなく 打ち返しうちかえし 打ち寄せるうちよせる 波なみ と 違いちがい 、 権利けんり の ある 夫おっと の 怒りいかり で もっ て どう に でも 処理しょり できる トラブルとらぶる の よう に 自分じぶん に は 思わおもわ れ た の でし た 。 けれども 、 自分じぶん たち の 場合ばあい 、 夫おっと に 何なに の 権利けんり も 無くなく 、 考えるかんがえる と 何もかもなにもかも 自分じぶん が わるい よう な 気き が し て 来き て 、 怒るおこる どころか 、 おこ ごと 一つひとつ も 言えいえ ず 、 また 、 その 妻つま は 、 その 所有しょゆう し て いる 稀まれ 《 まれ 》 な 美質びしつ に 依っよっ て 犯さおかさ れ た の です 。 しかも 、 その 美質びしつ は 、 夫おっと の かね て あこがれ の 、 無垢むく の 信頼しんらい 心しん という たまらなく 可憐かれん 《 かれん 》 な もの な の でし た 。
無垢むく の 信頼しんらい 心しん は 、 罪つみ なり や 。
唯一ゆいいつ の たのみ の 美質びしつ に さえ 、 疑惑ぎわく を 抱きいだき 、 自分じぶん は 、 もはや 何もかもなにもかも 、 わけ が わから なく なり 、 おもむく ところ は 、 ただ アルコールあるこうる だけ に なり まし た 。 自分じぶん の 顔かお の 表情ひょうじょう は 極度きょくど に いやしく なり 、 朝あさ から 焼酎しょうちゅう を 飲みのみ 、 歯は が ぼろぼろ に 欠けかけ て 、 漫画まんが も ほとんど 猥 画が 《 わい が 》 に 近いちかい もの を 画くえがく よう に なり まし た 。 いいえ 、 はっきり 言いいい ます 。 自分じぶん は その 頃ころ から 、 春画しゅんが の コピイ を し て 密売みつばい し まし た 。 焼酎しょうちゅう を 買うかう お金おかね が ほしかっ た の です 。 いつも 自分じぶん から 視線しせん を はずし て おろおろ し て いる ヨシ子よしこ を 見るみる と 、 こいつ は 全くまったく 警戒けいかい を 知らしら ぬ 女おんな だっ た から 、 あの 商人しょうにん と いちど だけ で は 無かっなかっ た の で は なかろ う か 、 また 、 堀木ほりき は ? いや 、 或いはあるいは 自分じぶん の 知らしら ない 人ひと とも ? と 疑惑ぎわく は 疑惑ぎわく を 生みうみ 、 さりとて 思い切っおもいきっ て それ を 問いとい 正すただす 勇気ゆうき も 無くなく 、 れい の 不安ふあん と 恐怖きょうふ に のたうち 廻るめぐる 思いおもい で 、 ただ 焼酎しょうちゅう を 飲んのん で 酔っよっ て は 、 わずか に 卑屈ひくつ な 誘導ゆうどう | 訊問じんもん 《 じん もん 》 みたい な もの を おっかなびっくり 試みこころみ 、 内心ないしん おろかしく 一喜一憂いっきいちゆう し 、 うわべ は 、 やたら に お 道化どうけ て 、 そうして 、 それから 、 ヨシ子よしこ に いまわしい 地獄じごく の 愛撫あいぶ 《 あいぶ 》 を 加えくわえ 、 泥どろ の よう に 眠りこけるねむりこける の でし た 。
その 年とし の 暮くれ 、 自分じぶん は 夜よる おそく 泥酔でいすい し て 帰宅きたく し 、 砂糖さとう 水すい を 飲みのみ たく 、 ヨシ子よしこ は 眠っねむっ て いる よう でし た から 、 自分じぶん で お勝手おかって に 行きいき 砂糖さとう 壺つぼ を 捜し出しさがしだし 、 ふた を 開けあけ て み たら 砂糖さとう は 何なに も はいっ て なく て 、 黒くくろく 細長いほそながい 紙かみ の 小しょう 箱はこ が はいっ て い まし た 。 何気なくなにげなく 手て に 取りとり 、 その 箱はこ に はら れ て ある レッテルれってる を 見み て 愕然がくぜん 《 がく ぜん 》 と し まし た 。 その レッテルれってる は 、 爪つめ で 半分はんぶん 以上いじょう も 掻 《 か 》 き は が さ れ て い まし た が 、 洋よう 字じ の 部分ぶぶん が 残っのこっ て い て 、 それに はっきり 書かかか れ て い まし た 。 DIAL 。
ジアール 。 自分じぶん は その 頃ころ もっぱら 焼酎しょうちゅう で 、 催眠さいみん 剤ざい を 用いもちい て は い ませ ん でし た が 、 しかし 、 不眠ふみん は 自分じぶん の 持病じびょう の よう な もの でし た から 、 たいてい の 催眠さいみん 剤ざい に は お 馴染なじみ 《 なじ 》 み でし た 。 ジアール の この 箱はこ 一つひとつ は 、 たしかに 致死ちし 量りょう 以上いじょう の 筈はず でし た 。 まだ 箱はこ の 封ふう を 切っきっ て は い ませ ん でし た が 、 しかし 、 いつか は 、 やる気やるき で こんな ところ に 、 しかも レッテルれってる を 掻きかき はがし たり など し て 隠しかくし て い た のに 違いちがい あり ませ ん 。 可哀想かわいそう に 、 あの 子こ に は レッテルれってる の 洋よう 字じ が 読めよめ ない ので 、 爪つめ で 半分はんぶん 掻きかき はがし て 、 これ で 大丈夫だいじょうぶ と 思っおもっ て い た の でしょ う 。 ( お前おまえ に 罪つみ は 無いない )
自分じぶん は 、 音おと を 立てたて ない よう に そっと コップこっぷ に 水みず を 満たしみたし 、 それから 、 ゆっくり 箱はこ の 封ふう を 切っきっ て 、 全部ぜんぶ 、 一気にいっきに 口くち の 中なか に ほうり 、 コップこっぷ の 水みず を 落ちついおちつい て 飲みほしのみほし 、 電でん 燈 を 消しけし て そのまま 寝ね まし た 。
三さん 昼夜ちゅうや 、 自分じぶん は 死んしん だ よう に なっ て い た そう です 。 医者いしゃ は 過失かしつ と 見なしみなし て 、 警察けいさつ に とどける の を 猶予ゆうよ し て くれ た そう です 。 覚醒かくせい 《 かくせい 》 しかけ て 、 一いち ばん さき に 呟いつぶやい た うわ ごと は 、 うち へ 帰るかえる 、 という 言葉ことば だっ た そう です 。 うち と は 、 どこ の 事こと を 差しさし て 言っいっ た の か 、 当のとうの 自分じぶん に も 、 よく わかり ませ ん が 、 とにかく 、 そう 言っいっ て 、 ひどく 泣いない た そう です 。
次第にしだいに 霧きり が はれ て 、 見るみる と 、 枕元まくらもと に ヒラメひらめ が 、 ひどく 不機嫌ふきげん な 顔かお を し て 坐っすわっ て い まし た 。
「 この まえ も 、 年とし の 暮くれ の 事こと でし て ね 、 お互いおたがい もう 、 目め が 廻るめぐる くらい いそがしい のに 、 いつも 、 年とし の 暮くれ を ねらっ て 、 こんな 事こと を やら れ た ひ に は 、 こっち の 命いのち が たまらない 」
ヒラメひらめ の 話はなし の 聞き手ききて に なっ て いる の は 、 京橋きょうばし の バア の マダムまだむ でし た 。
「 マダムまだむ 」
と 自分じぶん は 呼びよび まし た 。
「 うん 、 何なに ? 気き が つい た ? 」
マダムまだむ は 笑いわらい 顔がお を 自分じぶん の 顔かお の 上うえ に かぶせる よう に し て 言いいい まし た 。
自分じぶん は 、 ぽろぽろ 涙なみだ を 流しながし 、
「 ヨシ子よしこ と わかれ させ て 」
自分じぶん で も 思いがけなかっおもいがけなかっ た 言葉ことば が 出で まし た 。
マダムまだむ は 身み を 起しおこし 、 幽かかすか な 溜息ためいき を もらし まし た 。
それから 自分じぶん は 、 これ も また 実にじつに 思いがけないおもいがけない 滑稽こっけい とも 阿呆あほ らしい と も 、 形容けいよう に 苦しむくるしむ ほど の 失言しつげん を し まし た 。
「 僕ぼく は 、 女おんな の い ない ところ に 行くいく ん だ 」
うわっ はっ は 、 と まず 、 ヒラメひらめ が 大声おおごえ を 挙げあげ て 笑いわらい 、 マダムまだむ も クスくす クスくす 笑いわらい 出しだし 、 自分じぶん も 涙なみだ を 流しながし ながら 赤面せきめん の 態たい 《 てい 》 に なり 、 苦笑くしょう し まし た 。
「 うん 、 その ほう が いい 」
と ヒラメひらめ は 、 いつ まで も だらし 無くなく 笑いわらい ながら 、
「 女おんな の い ない ところ に 行っいっ た ほう が よい 。 女おんな が いる と 、 どうも いけ ない 。 女おんな の い ない ところ と は 、 いい 思いつきおもいつき です 」
女おんな の い ない ところ 。 しかし 、 この 自分じぶん の 阿呆あほ くさい うわ ごと は 、 のち に 到っいたっ て 、 非常ひじょう に 陰惨いんさん に 実現じつげん せら れ まし た 。
ヨシ子よしこ は 、 何なに か 、 自分じぶん が ヨシ子よしこ の 身代りみがわり に なっ て 毒どく を 飲んのん だ と でも 思い込んおもいこん で いる らしく 、 以前いぜん より も 尚なお 《 なお 》 いっそう 、 自分じぶん に対してにたいして 、 おろおろ し て 、 自分じぶん が 何なに を 言っいっ て も 笑わわらわ ず 、 そうして ろくに 口くち も きけ ない よう な 有様ありさま な ので 、 自分じぶん も アパートあぱあと の 部屋へや の 中なか に いる の が 、 うっとうしく 、 つい 外そと へ 出で て 、 相あい 変らかわら ず 安いやすい 酒さけ を あおる 事こと に なる の でし た 。 しかし 、 あの ジアール の 一いち 件けん 以来いらい 、 自分じぶん の からだ が めっきり 痩 《 や 》 せ 細っほそっ て 、 手足てあし が だるく 、 漫画まんが の 仕事しごと も 怠けなまけ がち に なり 、 ヒラメひらめ が あの 時とき 、 見舞いみまい として 置いおい て 行っいっ た お金おかね ( ヒラメひらめ は それ を 、 渋田しぶた の 志こころざし です 、 と 言っいっ て いかにも ご 自身じしん から 出で た お金おかね の よう に し て 差出しさしだし まし た が 、 これ も 故郷こきょう の 兄たちあにたち から の お金おかね の よう でし た 。 自分じぶん も その 頃ころ に は 、 ヒラメひらめ の 家いえ から 逃げ出しにげだし た あの 時とき と ちがっ て 、 ヒラメひらめ の そんな もっ たい 振っふっ た 芝居しばい を 、 おぼろ げ ながら 見抜くみぬく 事こと が 出来るできる よう に なっ て い まし た ので 、 こちら も ずるく 、 全くまったく 気づかきづか ぬ 振りふり を し て 、 神妙しんみょう に その お金おかね の お礼おれい を ヒラメひらめ に 向っむかっ て 申し上げもうしあげ た の でし た が 、 しかし 、 ヒラメひらめ たち が 、 なぜ 、 そんな ややこしい カラクリからくり を やらかす の か 、 わかる よう な 、 わから ない よう な 、 どうしても 自分じぶん に は 、 へん な 気き が し て なり ませ ん でし た ) その お金おかね で 、 思い切っおもいきっ て ひとり で 南伊豆みなみいず の 温泉おんせん に 行っいっ て み たり など し まし た が 、 とても そんな 悠長ゆうちょう な 温泉おんせん めぐり など 出来るできる 柄え 《 がら 》 で は なく 、 ヨシ子よしこ を 思えおもえ ば 侘わび 《 わ 》 びしさ 限りかぎり なく 、 宿やど の 部屋へや から 山やま を 眺めるながめる など の 落ちついおちつい た 心境しんきょう に は 甚だはなはだ 遠くとおく 、 ドど テラてら に も 着き 換えかえ ず 、 お湯おゆ に も はいら ず 、 外そと へ 飛び出しとびだし て は 薄汚いうすぎたない 茶店ちゃみせ みたい な ところ に 飛び込んとびこん で 、 焼酎しょうちゅう を 、 それ こそ 浴びるあびる ほど 飲んのん で 、 から だ 具合いぐあい を 一いち そう 悪くわるく し て 帰京ききょう し た だけ の 事こと でし た 。
東京とうきょう に 大雪おおゆき の 降っふっ た 夜よる でし た 。 自分じぶん は 酔っよっ て 銀座ぎんざ 裏うら を 、 ここ は お 国くに を 何なん 百ひゃく 里さと 、 ここ は お 国くに を 何なん 百ひゃく 里さと 、 と 小声こごえ で 繰り返しくりかえし 繰り返しくりかえし 呟くつぶやく よう に 歌いうたい ながら 、 なおも 降りおり つもる 雪ゆき を 靴くつ 先さき で 蹴け 散ち 《 けち 》 らし て 歩いあるい て 、 突然とつぜん 、 吐きはき まし た 。 それ は 自分じぶん の 最初さいしょ の 喀血かっけつ 《 かっけつ 》 でし た 。 雪ゆき の 上うえ に 、 大きいおおきい 日の丸ひのまる の 旗はた が 出来でき まし た 。 自分じぶん は 、 しばらく しゃがん で 、 それから 、 よごれ て い ない 個所かしょ の 雪ゆき を 両手りょうて で 掬きく 《 すく 》 い 取っとっ て 、 顔かお を 洗いあらい ながら 泣きなき まし た 。
こうこ は 、 どう この 細道ほそみち じゃ ?
こうこ は 、 どう この 細道ほそみち じゃ ?
哀れあわれ な 童女どうじょ の 歌声うたごえ が 、 幻聴げんちょう の よう に 、 かすか に 遠くとおく から 聞えきこえ ます 。 不幸ふこう 。 この世このよ に は 、 さまざま の 不幸ふこう な 人ひと が 、 いや 、 不幸ふこう な 人ひと ばかり 、 と 言っいっ て も 過言かごん で は ない でしょ う が 、 しかし 、 その 人ひと たち の 不幸ふこう は 、 所ところ 謂いい 世間せけん に対してにたいして 堂々どうどう と 抗議こうぎ が 出来でき 、 また 「 世間せけん 」 も その 人ひと たち の 抗議こうぎ を 容易ようい に 理解りかい し 同情どうじょう し ます 。 しかし 、 自分じぶん の 不幸ふこう は 、 すべて 自分じぶん の 罪悪ざいあく から な ので 、 誰だれ に も 抗議こうぎ の 仕様しよう が 無いない し 、 また 口ごもりくちごもり ながら 一言ひとこと で も 抗議こうぎ め いた事いたこと を 言いいい かける と 、 ヒラメひらめ なら ず とも 世間せけん の 人ひと たち 全部ぜんぶ 、 よくもまあ そんな 口くち が きけ た もの だ と 呆 《 あき 》 れ かえる に 違いちがい ない し 、 自分じぶん は いったい 俗ぞく に いう 「 わがまま も の 」 な の か 、 または その 反対はんたい に 、 気き が 弱よわ すぎる の か 、 自分じぶん で も わけ が わから ない けれども 、 とにかく 罪悪ざいあく の かたまり らしい ので 、 どこ まで も 自じ 《 おの ず か 》 ら どんどん 不幸ふこう に なる ばかり で 、 防ぎふせぎ 止めるとめる 具体ぐたい 策さく など 無いない の です 。
自分じぶん は 立ったっ て 、 取り敢えずとりあえず 何なに か 適当てきとう な 薬くすり を と 思いおもい 、 近くちかく の 薬屋くすりや に は いっ て 、 そこ の 奥さんおくさん と 顔かお を 見合せみあわせ 、 瞬間しゅんかん 、 奥さんおくさん は 、 フラッシュふらっしゅ を 浴びあび た みたい に 首くび を あげ 眼め を 見み はり 、 棒立ちぼうだち に なり まし た 。 しかし 、 その 見み はっ た 眼め に は 、 驚愕きょうがく の 色いろ も 嫌悪けんお の 色いろ も 無くなく 、 ほとんど 救いすくい を 求めるもとめる よう な 、 慕うしたう よう な 色いろ が あらわれ て いる の でし た 。 ああ 、 この ひと も 、 きっと 不幸ふこう な 人ひと な の だ 、 不幸ふこう な 人ひと は 、 ひと の 不幸ふこう に も 敏感びんかん な もの な の だ から 、 と 思っおもっ た 時とき 、 ふと 、 その 奥さんおくさん が 松葉杖まつばづえ 《 まつ ば づえ 》 を つい て 危 かしく 立ったっ て いる の に 気がつききがつき まし た 。 駈けかけ 寄りより たい 思いおもい を 抑えおさえ て 、 なおも その 奥さんおくさん と 顔かお を 見合せみあわせ て いる うち に 涙なみだ が 出で て 来き まし た 。 すると 、 奥さんおくさん の 大きいおおきい 眼め から も 、 涙なみだ が ぽろぽろ と あふれ て 出で まし た 。
それ っきり 、 一言ひとこと も 口くち を きか ず に 、 自分じぶん は その 薬屋くすりや から 出で て 、 よろめい て アパートあぱあと に 帰りかえり 、 ヨシ子よしこ に 塩水えんすい を 作らつくら せ て 飲みのみ 、 黙っだまっ て 寝ね て 、 翌よく る 日ひ も 、 風邪かぜ 気味ぎみ だ と 嘘うそ を つい て 一いち 日にち 一ぱいいっぱい 寝ね て 、 夜よる 、 自分じぶん の 秘密ひみつ の 喀血かっけつ が どうにも 不安ふあん で たまら ず 、 起きおき て 、 あの 薬屋くすりや に 行きいき 、 こんど は 笑いわらい ながら 、 奥さんおくさん に 、 実にじつに 素直すなお に 今いま 迄まで の からだ 具合いぐあい を 告白こくはく し 、 相談そうだん し まし た 。
「 お 酒さけ を お よし に なら なけれ ば 」
自分じぶん たち は 、 肉にく 身み の よう でし た 。
「 アル中あるちゅう に なっ て いる かも 知れしれ ない ん です 。 いま でも 飲みのみ たい 」
「 いけ ませ ん 。 私わたし の 主人しゅじん も 、 テーベ の くせ に 、 菌きん を 酒さけ で 殺すころす ん だ なんて 言っいっ て 、 酒びたりさけびたり に なっ て 、 自分じぶん から 寿命じゅみょう を ちぢめ まし た 」
「 不安ふあん で いけ ない ん です 。 こわく て 、 とても 、 だめ な ん です 」
「 お 薬くすり を 差し上げさしあげ ます 。 お 酒さけ だけ は 、 お よし なさい 」
奥さんおくさん ( 未亡人みぼうじん で 、 男の子おとこのこ が ひとり 、 それ は 千葉ちば だ か どこ だ か の 医大いだい に は いっ て 、 間もなくまもなく 父ちち と 同じおなじ 病やまい いに かかり 、 休学きゅうがく 入院にゅういん 中ちゅう で 、 家いえ に は 中風ちゅうぶ の 舅しゅうと 《 しゅうと 》 が 寝ね て い て 、 奥さんおくさん 自身じしん は 五ご 歳さい の 折おり 、 小児しょうに | 痲 痺 《 まひ 》 で 片方かたほう の 脚あし が 全然ぜんぜん だめ な の でし た ) は 、 松葉杖まつばづえ を コトコトことこと と 突きつき ながら 、 自分じぶん の ため に あっち の 棚たな 、 こっち の 引出しひきだし 、 いろいろ と 薬品やくひん を 取と そろえ て くれる の でし た 。
これ は 、 造血ぞうけつ 剤ざい 。
これ は 、 ヴィタミンゔぃたみん の 注射ちゅうしゃ 液えき 。 注射ちゅうしゃ 器き は 、 これ 。
これ は 、 カルシウムかるしうむ の 錠剤じょうざい 。 胃腸いちょう を こわさ ない よう に 、 ジアスターゼじあすたあぜ 。
これ は 、 何なに 。 これ は 、 何なに 、 と 五ご 、 六ろく 種しゅ の 薬品やくひん の 説明せつめい を 愛情あいじょう こめ て し て くれ た の です が 、 しかし 、 この 不幸ふこう な 奥さんおくさん の 愛情あいじょう も また 、 自分じぶん にとって 深ふか すぎ まし た 。 最後さいご に 奥さんおくさん が 、 これ は 、 どうしても 、 なんと し て も お 酒さけ を 飲みのみ たく て 、 たまらなく なっ た 時とき の お 薬くすり 、 と 言っいっ て 素早くすばやく 紙し に 包んつつん だ 小しょう 箱はこ 。
モルヒネもるひね の 注射ちゅうしゃ 液えき でし た 。
酒さけ より は 、 害がい に なら ぬ と 奥さんおくさん も 言いいい 、 自分じぶん も それ を 信じしんじ て 、 また 一つひとつ に は 、 酒さけ の 酔いよい も さすが に 不潔ふけつ に 感ぜかんぜ られ て 来き た 矢先やさき でも あっ た し 、 久し振りひさしぶり に アルコールあるこうる という サタンさたん から のがれる 事こと の 出来るできる 喜びよろこび も あり 、 何なに の 躊躇ちゅうちょ 《 ちゅうちょ 》 も 無くなく 、 自分じぶん は 自分じぶん の 腕うで に 、 その モルヒネもるひね を 注射ちゅうしゃ し まし た 。 不安ふあん も 、 焦燥しょうそう 《 しょうそう 》 も 、 はにかみ も 、 綺麗きれい 《 きれい 》 に 除去じょきょ せら れ 、 自分じぶん は 甚だはなはだ 陽気ようき な 能弁のうべん 家か に なる の でし た 。 そうして 、 その 注射ちゅうしゃ を する と 自分じぶん は 、 からだ の 衰弱すいじゃく も 忘れわすれ て 、 漫画まんが の 仕事しごと に 精せい が 出で て 、 自分じぶん で 画きえがき ながら 噴き出しふきだし て しまう ほど 珍妙ちんみょう な 趣向しゅこう が 生れるうまれる の でし た 。
一いち 日にち 一いち 本ほん の つもり が 、 二に 本ほん に なり 、 四よん 本ほん に なっ た 頃ころ に は 、 自分じぶん は もう それ が 無けれなけれ ば 、 仕事しごと が 出来でき ない よう に なっ て い まし た 。
「 いけ ませ ん よ 、 中毒ちゅうどく に なっ たら 、 そりゃ もう 、 たいへん です 」
薬屋くすりや の 奥さんおくさん に そう 言わいわ れる と 、 自分じぶん は もう 可か 成りなり の 中毒ちゅうどく 患者かんじゃ に なっ て しまっ た よう な 気き が し て 来き て 、 ( 自分じぶん は 、 ひと の 暗示あんじ に 実にじつに もろく ひっかかる たち な の です 。 この お金おかね は 使っつかっ ちゃ いけ ない よ 、 と 言っいっ て も 、 お前おまえ の 事こと だ もの なあ 、 なんて 言わいわ れる と 、 何だかなんだか 使わつかわ ない と 悪いわるい よう な 、 期待きたい に そむく よう な 、 へん な 錯覚さっかく が 起っおこっ て 、 必ずかならず すぐ に その お金おかね を 使っつかっ て しまう の でし た ) その 中毒ちゅうどく の 不安ふあん の ため 、 かえって 薬品やくひん を たくさん 求めるもとめる よう に なっ た の でし た 。
「 たのむ ! もう 一いち 箱はこ 。 勘定かんじょう は 月末げつまつ に きっと 払いはらい ます から 」
「 勘定かんじょう なんて 、 いつ でも かまい ませ ん けど 、 警察けいさつ の ほう が 、 うるさい の で ねえ 」
ああ 、 いつ でも 自分じぶん の 周囲しゅうい に は 、 何やらなにやら 、 濁っにごっ て 暗くくらく 、 うさん 臭いくさい 日蔭ひかげ 者しゃ の 気配けはい が つきまとう の です 。
「 そこ を 何とかなんとか 、 ごまかし て 、 たのむ よ 、 奥さんおくさん 。 キスきす し て あげよ う 」
奥さんおくさん は 、 顔かお を 赤らめあからめ ます 。
自分じぶん は 、 いよいよ つけ込みつけこみ 、
「 薬くすり が 無いない と 仕事しごと が ちっとも 、 はかどら ない ん だ よ 。 僕ぼく に は 、 あれ は 強精剤きょうせいざい みたい な もの な ん だ 」
「 それ じゃ 、 いっそ 、 ホルモンほるもん 注射ちゅうしゃ が いい でしょ う 」
「 ばか に し ちゃ いけ ませ ん 。 お 酒さけ か 、 そう で なけれ ば 、 あの 薬くすり か 、 どっち か で 無けれなけれ ば 仕事しごと が 出来でき ない ん だ 」
「 お 酒さけ は 、 いけ ませ ん 」
「 そう でしょ う ? 僕ぼく はね 、 あの 薬くすり を 使うつかう よう に なっ て から 、 お 酒さけ は 一滴いってき も 飲まのま なかっ た 。 おかげ で 、 からだ の 調子ちょうし が 、 とても いい ん だ 。 僕ぼく だって 、 いつ まで も 、 下手くそへたくそ な 漫画まんが など を かい て いる つもり は 無いない 、 これから 、 酒さけ を やめ て 、 からだ を 直しなおし て 、 勉強べんきょう し て 、 きっと 偉いえらい 絵え 画きえがき に なっ て 見せるみせる 。 いま が 大事だいじ な ところ な ん だ 。 だから さ 、 ね 、 おねがい 。 キスきす し て あげよ う か 」
奥さんおくさん は 笑いわらい 出しだし 、
「 困るこまる わ ねえ 。 中毒ちゅうどく に なっ て も 知りしり ませ ん よ 」
コトコトことこと と 松葉杖まつばづえ の 音おと を さ せ て 、 その 薬品やくひん を 棚たな から 取り出しとりだし 、
「 一いち 箱はこ は 、 あげ られ ませ ん よ 。 すぐ 使っつかっ て しまう の だ もの 。 半分はんぶん ね 」
「 ケチけち だ なあ 、 まあ 、 仕方しかた が 無いない や 」
家いえ へ 帰っかえっ て 、 すぐ に 一いち 本ほん 、 注射ちゅうしゃ を し ます 。
「 痛くいたく ない ん です か ? 」
ヨシ子よしこ は 、 おどおど 自分じぶん に たずね ます 。
「 それ あ 痛いいたい さ 。 でも 、 仕事しごと の 能率のうりつ を あげる ため に は 、 いや でも これ を やら なけれ ば いけ ない ん だ 。 僕ぼく は この 頃ころ 、 とても 元気げんき だろ う ? さあ 、 仕事しごと だ 。 仕事しごと 、 仕事しごと 」
と はしゃぐ の です 。
深夜しんや 、 薬屋くすりや の 戸と を たたい た 事こと も あり まし た 。 寝巻ねまき 姿すがた で 、 コトコトことこと 松葉杖まつばづえ を つい て 出で て 来き た 奥さんおくさん に 、 いきなり 抱きついだきつい て キスきす し て 、 泣くなく 真似まね を し まし た 。
奥さんおくさん は 、 黙っだまっ て 自分じぶん に 一いち 箱はこ 、 手渡してわたし まし た 。
薬品やくひん も また 、 焼酎しょうちゅう 同様どうよう 、 いや 、 それ 以上いじょう に 、 いまわしく 不潔ふけつ な もの だ と 、 つくづく 思い知っおもいしっ た 時とき に は 、 既にすでに 自分じぶん は 完全かんぜん な 中毒ちゅうどく 患者かんじゃ に なっ て い まし た 。 真にしんに 、 恥知らずはじしらず の 極きょく 《 きわみ 》 でし た 。 自分じぶん は その 薬品やくひん を 得え たい ばかり に 、 また も 春画しゅんが の コピイ を はじめ 、 そうして 、 あの 薬屋くすりや の 不具ふぐ の 奥さんおくさん と 文字どおりもじどおり の 醜みにく 関係かんけい を さえ 結びむすび まし た 。
死にしに たい 、 いっそ 、 死にしに たい 、 もう 取返しとりかえし が つか ない ん だ 、 どんな 事こと を し て も 、 何なに を し て も 、 駄目だめ に なる だけ な ん だ 、 恥はじ の 上塗りうわぬり を する だけ な ん だ 、 自転車じてんしゃ で 青葉あおば の 滝たき など 、 自分じぶん に は 望むのぞむ べく も 無いない ん だ 、 ただ けがらわしい 罪つみ に あさましい 罪つみ が 重なりかさなり 、 苦悩くのう が 増大ぞうだい し 強烈きょうれつ に なる だけ な ん だ 、 死にしに たい 、 死なしな なけれ ば なら ぬ 、 生きいき て いる の が 罪つみ の 種たね な の だ 、 など と 思いつめおもいつめ て も 、 やっぱり 、 アパートあぱあと と 薬屋くすりや の 間ま を 半はん 狂乱きょうらん の 姿すがた で 往復おうふく し て いる ばかり な の でし た 。
いくら 仕事しごと を し て も 、 薬くすり の 使用しよう 量りょう も したがって ふえ て いる ので 、 薬代くすりだい の 借りかり が おそろしい ほど の 額がく に のぼり 、 奥さんおくさん は 、 自分じぶん の 顔かお を 見るみる と 涙なみだ を 浮べうかべ 、 自分じぶん も 涙なみだ を 流しながし まし た 。
地獄じごく 。
この 地獄じごく から のがれる ため の 最後さいご の 手段しゅだん 、 これ が 失敗しっぱい し たら 、 あと は もう 首くび を くくる ばかり だ 、 という 神かみ の 存在そんざい を 賭と 《 か 》 ける ほど の 決意けつい を 以 《 もっ 》 て 、 自分じぶん は 、 故郷こきょう の 父ちち あて に 長いながい 手紙てがみ を 書いかい て 、 自分じぶん の 実情じつじょう 一いち さい を ( 女おんな の 事こと は 、 さすが に 書けかけ ませ ん でし た が ) 告白こくはく する 事こと に し まし た 。
しかし 、 結果けっか は 一いち そう 悪くわるく 、 待てまて ど 暮せくらせ ど 何なに の 返事へんじ も 無くなく 、 自分じぶん は その 焦燥しょうそう と 不安ふあん の ため に 、 かえって 薬くすり の 量りょう を ふやし て しまい まし た 。
今夜こんや 、 十じゅう 本ほん 、 一気にいっきに 注射ちゅうしゃ し 、 そうして 大川おおかわ に 飛び込もとびこも う と 、 ひそか に 覚悟かくご を 極めきわめ た その 日ひ の 午後ごご 、 ヒラメひらめ が 、 悪魔あくま の 勘かん で 嗅 《 か 》 ぎつけたみたいに 、 堀木ほりき を 連れつれ て あらわれ まし た 。
「 お前おまえ は 、 喀血かっけつ し た ん だ ってな 」
堀木ほりき は 、 自分じぶん の 前まえ に あぐら を かい て そう 言いいい 、 いま まで 見み た 事こと も 無いない くらい に 優しくやさしく 微笑びしょう 《 ほほ え 》 み まし た 。 その 優しいやさしい 微笑びしょう が 、 ありがたく て 、 うれしく て 、 自分じぶん は つい 顔かお を そむけ て 涙なみだ を 流しながし まし た 。 そうして 彼かれ の その 優しいやさしい 微笑びしょう 一つひとつ で 、 自分じぶん は 完全かんぜん に 打ち破らうちやぶら れ 、 葬りほうむり 去らさら れ て しまっ た の です 。
自分じぶん は 自動車じどうしゃ に 乗せのせ られ まし た 。 とにかく 入院にゅういん し なけれ ば なら ぬ 、 あと は 自分じぶん たち に まかせ なさい 、 と ヒラメひらめ も 、 しんみり し た 口調くちょう で 、 ( それ は 慈悲じひ 深いふかい と でも 形容けいよう し たい ほど 、 もの静かものしずか な 口調くちょう でし た ) 自分じぶん に すすめ 、 自分じぶん は 意志いし も 判断はんだん も 何なに も 無いない 者もの の 如くごとく 、 ただ メソメソ 泣きなき ながら 唯々いい 諾々だくだく と 二に 人にん の 言いつけいいつけ に 従うしたがう の でし た 。 ヨシ子よしこ も いれ て 四よん 人にん 、 自分じぶん たち は 、 ずいぶん 永いながい こと 自動車じどうしゃ に ゆら れ 、 あたり が 薄暗くうすぐらく なっ た 頃ころ 、 森もり の 中なか の 大きいおおきい 病院びょういん の 、 玄関げんかん に 到着とうちゃく し まし た 。
サナトリアム と ばかり 思っおもっ て い まし た 。
自分じぶん は 若いわかい 医師いし の いや に 物やわらかものやわらか な 、 鄭重ていちょう 《 ていちょう 》 な 診察しんさつ を 受けうけ 、 それから 医師いし は 、
「 まあ 、 しばらく ここ で 静養せいよう する ん です ね 」
と 、 まるで 、 はにかむ よう に 微笑びしょう し て 言いいい 、 ヒラメひらめ と 堀木ほりき と ヨシ子よしこ は 、 自分じぶん ひとり を 置いおい て 帰るかえる こと に なり まし た が 、 ヨシ子よしこ は 着き 換 の 衣類いるい を いれ て ある 風呂敷ふろしき 包つつみ を 自分じぶん に 手渡してわたし 、 それ から 黙っだまっ て 帯おび の 間ま から 注射ちゅうしゃ 器き と 使いつかい 残りのこり の あの 薬品やくひん を 差し出しさしだし まし た 。 やはり 、 強精剤きょうせいざい だ と ばかり 思っおもっ て い た の でしょ う か 。
「 いや 、 もう 要らいら ない 」
実にじつに 、 珍ちん らしい 事こと でし た 。 すすめ られ て 、 それ を 拒否きょひ し た の は 、 自分じぶん の それ まで の 生涯しょうがい に 於いおい て 、 その 時とき ただ 一いち 度ど 、 と いっ て も 過言かごん で ない くらい な の です 。 自分じぶん の 不幸ふこう は 、 拒否きょひ の 能力のうりょく の 無いない 者もの の 不幸ふこう でし た 。 すすめ られ て 拒否きょひ する と 、 相手あいて の 心こころ に も 自分じぶん の 心こころ に も 、 永遠えいえん に 修繕しゅうぜん し 得え ない 白々しいしらじらしい ひび割れひびわれ が 出来るできる よう な 恐怖きょうふ に おびやかさ れ て いる の でし た 。 けれども 、 自分じぶん は その 時とき 、 あれ ほど 半はん 狂乱きょうらん に なっ て 求めもとめ て い た モルヒネもるひね を 、 実にじつに 自然しぜん に 拒否きょひ し まし た 。 ヨシ子よしこ の 謂わいわ ば 「 神かみ の 如きごとき 無む 智さとし 」 に 撃たうた れ た の でしょ う か 。 自分じぶん は 、 あの 瞬間しゅんかん 、 すでに 中毒ちゅうどく で なく なっ て い た の で は ない でしょ う か 。
けれども 、 自分じぶん は それ から すぐ に 、 あの はにかむ よう な 微笑びしょう を する 若いわかい 医師いし に 案内あんない せら れ 、 或ある る 病棟びょうとう に いれ られ て 、 ガが チャンちゃん と 鍵かぎ 《 かぎ 》 を おろさ れ まし た 。 脳のう 病院びょういん でし た 。
女おんな の い ない ところ へ 行くいく という 、 あの ジアール を 飲んのん だ 時とき の 自分じぶん の 愚かおろか な うわ ごと が 、 まことに 奇妙きみょう に 実現じつげん せら れ た わけ でし た 。 その 病棟びょうとう に は 、 男おとこ の 狂人きょうじん ばかり で 、 看護かんご 人じん も 男おとこ でし た し 、 女おんな は ひとり も い ませ ん でし た 。
いま は もう 自分じぶん は 、 罪人ざいにん どころ で は なく 、 狂人きょうじん でし た 。 いいえ 、 断じてだんじて 自分じぶん は 狂っくるっ て など い なかっ た の です 。 一いち 瞬間しゅんかん と いえ ども 、 狂っくるっ た 事こと は 無いない ん です 。 けれども 、 ああ 、 狂人きょうじん は 、 たいてい 自分じぶん の 事こと を そう 言ういう もの だ そう です 。 つまり 、 この 病院びょういん に いれ られ た 者もの は 気違いきちがい 、 いれ られ なかっ た 者もの は 、 ノーマルのうまる という 事こと に なる よう です 。
神かみ に 問うとう 。 無抵抗むていこう は 罪つみ なり や ?
堀木ほりき の あの 不思議ふしぎ な 美しいうつくしい 微笑びしょう に 自分じぶん は 泣きなき 、 判断はんだん も 抵抗ていこう も 忘れわすれ て 自動車じどうしゃ に 乗りのり 、 そうして ここ に 連れつれ て 来らきたら れ て 、 狂人きょうじん という 事こと に なり まし た 。 いま に 、 ここ から 出で て も 、 自分じぶん は やっぱり 狂人きょうじん 、 いや 、 癈人はいじん 《 はい じん 》 という 刻印こくいん を 額がく に 打たうた れる 事こと でしょ う 。
人間にんげん 、 失格しっかく 。
もはや 、 自分じぶん は 、 完全かんぜん に 、 人間にんげん で 無くなりなくなり まし た 。
ここ へ 来き た の は 初夏しょか の 頃ころ で 、 鉄てつ の 格子こうし の 窓まど から 病院びょういん の 庭にわ の 小さいちいさい 池いけ に 紅べに 《 あか 》 い 睡蓮すいれん の 花はな が 咲いさい て いる の が 見えみえ まし た が 、 それから 三さん つき 経ちたち 、 庭にわ に コスモスこすもす が 咲きさき はじめ 、 思いがけなくおもいがけなく 故郷こきょう の 長兄ちょうけい が 、 ヒラメひらめ を 連れつれ て 自分じぶん を 引き取りひきとり に やって来やってき て 、 父ちち が 先月せんげつ 末まつ に 胃潰瘍いかいよう 《 いか いよ う 》 で なく なっ た こと 、 自分じぶん たち は もう お前おまえ の 過去かこ は 問わとわ ぬ 、 生活せいかつ の 心配しんぱい も かけ ない つもり 、 何なに も し なく て いい 、 その 代りかわり 、 いろいろ 未練みれん も ある だろ う が すぐ に 東京とうきょう から 離れはなれ て 、 田舎いなか で 療養りょうよう 生活せいかつ を はじめ て くれ 、 お前おまえ が 東京とうきょう で しでかし た 事こと の 後のち 仕つかまつ 末すえ は 、 だいたい 渋田しぶた が やっ て くれ た 筈はず だ から 、 それ は 気き に し ない で いい 、 と れい の 生真面目きまじめ な 緊張きんちょう し た よう な 口調くちょう で 言ういう の でし た 。
故郷こきょう の 山河さんが が 眼前がんぜん に 見えるみえる よう な 気き が し て 来き て 、 自分じぶん は 幽かかすか に うなずき まし た 。
まさに 癈人はいじん 。
父ちち が 死んしん だ 事こと を 知っしっ て から 、 自分じぶん は いよいよ 腑ふ 抜 《 ふ ぬ 》 けた よう に なり まし た 。 父ちち が 、 もう い ない 、 自分じぶん の 胸中きょうちゅう から 一刻いっこく も 離れはなれ なかっ た あの 懐しくなつかしく おそろしい 存在そんざい が 、 もう い ない 、 自分じぶん の 苦悩くのう の 壺つぼ が からっぽ に なっ た よう な 気き が し まし た 。 自分じぶん の 苦悩くのう の 壺つぼ が やけに 重かっおもかっ た の も 、 あの 父ちち の せい だっ た の で は なかろ う か と さえ 思わおもわ れ まし た 。 まるで 、 張合いはりあい が 抜けぬけ まし た 。 苦悩くのう する 能力のうりょく を さえ 失いうしない まし た 。
長兄ちょうけい は 自分じぶん に対するにたいする 約束やくそく を 正確せいかく に 実行じっこう し て くれ まし た 。 自分じぶん の 生れうまれ て 育っそだっ た 町まち から 汽車きしゃ で 四よん 、 五ご 時間じかん 、 南下なんか し た ところ に 、 東北とうほく に は 珍ちん らしい ほど 暖かいあたたかい 海辺うみべ の 温泉おんせん 地ち が あっ て 、 その 村むら はずれ の 、 間ま 数すう は 五ついつつ も ある の です が 、 かなり 古いふるい 家いえ らしく 壁かべ は 剥 《 は 》 げ 落ちおち 、 柱はしら は 虫むし に 食わくわ れ 、 ほとんど 修理しゅうり の 仕様しよう も 無いない ほど の 茅屋ぼうおく 《 ぼう おく 》 を 買いかい とっ て 自分じぶん に 与えあたえ 、 六ろく 十じゅう に 近いちかい ひどい 赤毛あかげ の 醜いみにくい 女中じょちゅう を ひとり 附けつけ て くれ まし た 。
それから 三さん 年ねん と 少しすこし 経ちたち 、 自分じぶん は その間そのかん に その テツてつ という 老ろう 女中じょちゅう に 数すう 度ど へん な 犯さおかさ れ 方かた を し て 、 時たまときたま 夫婦ふうふ | 喧嘩けんか 《 げんか 》 みたい な 事こと を はじめ 、 胸むね の 病気びょうき の ほう は 一進一退いっしんいったい 、 痩せやせ たり ふとっ たり 、 血痰けったん 《 けっ た ん 》 が 出で たり 、 きのう 、 テツてつ に カルモチン を 買っかっ て おい で 、 と 言っいっ て 、 村むら の 薬屋くすりや に お 使いつかい に やっ たら 、 いつも の 箱はこ と 違うちがう 形かたち の 箱はこ の カルモチン を 買っかっ て 来き て 、 べつに 自分じぶん も 気き に とめ ず 、 寝るねる 前まえ に 十じゅう 錠じょう の ん で も 一向にいっこうに 眠くねむく なら ない ので 、 おかしい な と 思っおもっ て いる うち に 、 おなか の 具合ぐあい が へん に なり 急いいそい で 便所べんじょ へ 行っいっ たら 猛烈もうれつ な 下痢げり で 、 しかも 、 それから 引続きひきつづき 三さん 度ど も 便所べんじょ に かよっ た の でし た 。 不審ふしん に 堪えこたえ ず 、 薬くすり の 箱はこ を よく 見るみる と 、 それ は ヘノモチン という 下剤げざい でし た 。
自分じぶん は 仰向けあおむけ に 寝ね て 、 おなか に 湯たんぽゆたんぽ を 載せのせ ながら 、 テツてつ に こ ごと を 言っいっ て やろ う と 思いおもい まし た 。
「 これ は 、 お前おまえ 、 カルモチン じゃ ない 。 ヘノモチン 、 という 」
と 言いいい かけ て 、 うふふ ふと 笑っわらっ て しまい まし た 。 「 癈人はいじん 」 は 、 どうやら これ は 、 喜劇きげき 名詞めいし の よう です 。 眠ろねむろ う として 下剤げざい を 飲みのみ 、 しかも 、 その 下剤げざい の 名前なまえ は 、 ヘノモチン 。
いま は 自分じぶん に は 、 幸福こうふく も 不幸ふこう も あり ませ ん 。
ただ 、 一いち さい は 過ぎすぎ て 行きいき ます 。
自分じぶん が いま まで 阿鼻叫喚あびきょうかん で 生きいき て 来き た 所ところ 謂いい 「 人間にんげん 」 の 世界せかい に 於いおい て 、 たった 一つひとつ 、 真理しんり らしく 思わおもわ れ た の は 、 それだけ でし た 。
ただ 、 一いち さい は 過ぎすぎ て 行きいき ます 。
自分じぶん は ことし 、 二に 十じゅう 七なな に なり ます 。 白髪はくはつ が めっきり ふえ た ので 、 たいてい の 人ひと から 、 四よん 十じゅう 以上いじょう に 見み られ ます 。
✦ Peekこの 手記しゅき を 書きかき 綴っつづっ た 狂人きょうじん を 、 私わたし は 、 直接ちょくせつ に は 知らしら ない 。 けれども 、 この 手記しゅき に 出で て 来るくる 京橋きょうばし の スタンド・バア の マダムまだむ とも おぼしき 人物じんぶつ を 、 私わたし は ちょっと 知っしっ て いる の で ある 。 小柄こがら で 、 顔色かおいろ の よく ない 、 眼め が 細くほそく 吊つ 《 つ 》 り 上っのぼっ て い て 、 鼻はな の 高いたかい 、 美人びじん と いう より は 、 美よし 青年せいねん といった ほう が いい くらい の 固いかたい 感じかんじ の ひと で あっ た 。 この 手記しゅき に は 、 どうやら 、 昭和しょうわ 五ご 、 六ろく 、 七なな 年ねん 、 あの 頃ころ の 東京とうきょう の 風景ふうけい が おもに 写さうつさ れ て いる よう に 思わおもわ れる が 、 私わたし が 、 その 京橋きょうばし の スタンド・バア に 、 友人ゆうじん に 連れつれ られ て 二に 、 三さん 度ど 、 立ち寄りたちより 、 ハイボールはいぼうる など 飲んのん だ の は 、 れい の 日本にっぽん の 「 軍部ぐんぶ 」 が そろそろ 露骨ろこつ に あばれ はじめ た 昭和しょうわ 十じゅう 年ねん 前後ぜんご の 事こと で あっ た から 、 この 手記しゅき を 書いかい た 男おとこ に は 、 おめにかかる 事こと が 出来でき なかっ た わけ で ある 。
然るにしかるに 、 ことし の 二月にがつ 、 私わたし は 千葉ちば 県けん 船橋ふなばし 市し に 疎開そかい し て いる 或ある る 友人ゆうじん を たずね た 。 その 友人ゆうじん は 、 私わたし の 大学だいがく 時代じだい の 謂わいわ ば 学友がくゆう で 、 いま は 某ぼう 女子大じょしだい の 講師こうし を し て いる の で ある が 、 実はじつは 私わたし は この 友人ゆうじん に 私わたし の 身内みうち の 者もの の 縁談えんだん を 依頼いらい し て い た ので 、 その 用事ようじ も あり 、 かたがた 何なに か 新鮮しんせん な 海産物かいさんぶつ で も 仕入れしいれ て 私わたし の 家いえ の 者もの たち に 食わくわ せ て やろ う と 思いおもい 、 リュックサックりゅっくさっく を 背負っせおっ て 船橋ふなばし 市し へ 出かけでかけ て 行っいっ た の で ある 。
船橋ふなばし 市し は 、 泥海どろうみ に 臨んのぞん だ か なり 大きいおおきい まち で あっ た 。 新しん 住民じゅうみん たる その 友人ゆうじん の 家いえ は 、 その 土地とち の 人ひと に 所ところ 番地ばんち を 告げつげ て たずね て も 、 なかなか わから ない の で ある 。 寒いさむい 上うえ に 、 リュックサックりゅっくさっく を 背負っせおっ た 肩かた が 痛くいたく なり 、 私わたし は レコードれこうど の 提琴ていきん の 音おと に ひか れ て 、 或ある る 喫茶店きっさてん の ドアどあ を 押しおし た 。
そこ の マダムまだむ に 見覚えみおぼえ が あり 、 たずね て み たら 、 まさに 、 十じゅう 年ねん 前まえ の あの 京橋きょうばし の 小さいちいさい バア の マダムまだむ で あっ た 。 マダムまだむ も 、 私わたし を すぐ に 思い出しおもいだし て くれ た 様子ようす で 、 互いにたがいに 大袈裟おおげさ 《 おおげさ 》 に 驚きおどろき 、 笑いわらい 、 それから こんな 時とき の お きまり の 、 れい の 、 空襲くうしゅう で 焼け出さやけださ れ た お互いおたがい の 経験けいけん を 問わとわ れ も せ ぬ のに 、 いかにも 自慢じまん らしく 語り合いかたりあい 、
「 あなた は 、 しかし 、 かわら ない 」
「 いいえ 、 もう お婆さんおばあさん 。 から だ が 、 がたぴし です 。 あなた こそ 、 お 若いわかい わ 」
「 とんでも ない 、 子供こども が もう 三さん 人にん も ある ん だ よ 。 きょう は そいつ ら の ため に 買い出しかいだし 」
など と 、 これ も また 久し振りひさしぶり で 逢っあっ た 者もの 同志どうし の お きまり の 挨拶あいさつ を 交しかわし 、 それから 、 二に 人にん に 共通きょうつう の 知人ちじん の その後そのご の 消息しょうそく を たずね 合っあっ たり し て 、 その うち に 、 ふと マダムまだむ は 口調くちょう を 改めあらため 、 あなた は 葉よう ちゃん を 知っしっ て い た かしら 、 と 言ういう 。 それ は 知らしら ない 、 と 答えるこたえる と 、 マダムまだむ は 、 奥おく へ 行っいっ て 、 三さん 冊さつ の ノートブックのうとぶっく と 、 三さん 葉よう の 写真しゃしん を 持っもっ て 来き て 私わたし に 手渡してわたし 、
「 何なに か 、 小説しょうせつ の 材料ざいりょう に なる かも 知れしれ ませ ん わ 」
と 言っいっ た 。
私わたし は 、 ひと から 押しつけおしつけ られ た 材料ざいりょう で もの を 書けかけ ない たち な ので 、 すぐ に その 場ば で かえそ う か と 思っおもっ た が 、 ( 三さん 葉よう の 写真しゃしん 、 その 奇怪きかい さ に 就いつい て は 、 はし が き に も 書いかい て 置いおい た ) その 写真しゃしん に 心こころ を ひか れ 、 とにかく ノートのうと を あずかる 事こと に し て 、 帰りかえり に は また ここ へ 立ち寄りたちより ます が 、 何なに 町まち 何なん 番地ばんち の 何なに さん 、 女子大じょしだい の 先生せんせい を し て いる ひと の 家いえ を ご存じごぞんじ ない か 、 と 尋ねるたずねる と 、 やはり 新しん 住民じゅうみん 同志どうし 、 知っしっ て い た 。 時たまときたま 、 この 喫茶店きっさてん に も お 見えみえ に なる と いう 。 すぐ 近所きんじょ で あっ た 。
その 夜よる 、 友人ゆうじん と わずか なお 酒さけ を 汲 《 く 》 み 交しかわし 、 泊めとめ て もらう 事こと に し て 、 私わたし は 朝あさ まで 一睡いっすい も せ ず に 、 れい の ノートのうと に 読みふけっよみふけっ た 。
その 手記しゅき に 書かかか れ て ある の は 、 昔むかし の 話はなし で は あっ た が 、 しかし 、 現代げんだい の 人ひと たち が 読んよん で も 、 かなり の 興味きょうみ を 持つもつ に 違いちがい ない 。 下手へた に 私わたし の 筆ふで を 加えるくわえる より は 、 これ は この まま 、 どこ か の 雑誌ざっし 社しゃ に たのん で 発表はっぴょう し て もらっ た ほう が 、 なお 、 有意義ゆういぎ な 事こと の よう に 思わおもわ れ た 。
子供こども たち へ の 土産みやげ の 海産物かいさんぶつ は 、 干物ほしもの 《 ひも の 》 だけ 。 私わたし は 、 リュックサックりゅっくさっく を 背負っせおっ て 友人ゆうじん の 許もと 《 もと 》 を 辞しじし 、 れい の 喫茶店きっさてん に 立ち寄りたちより 、
「 きのう は 、 どうも 。 ところで 、 … … 」
と すぐ に 切り出しきりだし 、
「 この ノートのうと は 、 しばらく 貸しかし て い た だけ ませ ん か 」
「 ええ 、 どうぞ 」
「 この ひと は 、 まだ 生きいき て いる の です か ? 」
「 さあ 、 それ が 、 さっぱり わから ない ん です 。 十じゅう 年ねん ほど 前まえ に 、 京橋きょうばし の お 店みせ あて に 、 その ノートのうと と 写真しゃしん の 小包こづつみ が 送らおくら れ て 来き て 、 差し出しさしだし 人じん は 葉よう ちゃん に きまっ て いる の です が 、 その 小包こづつみ に は 、 葉よう ちゃん の 住所じゅうしょ も 、 名前なまえ さえ も 書いかい て い なかっ た ん です 。 空襲くうしゅう の 時とき 、 ほか の もの に まぎれ て 、 これ も 不思議ふしぎ に たすかっ て 、 私わたし は こないだ はじめて 、 全部ぜんぶ 読んよん で み て 、 … … 」
「 泣きなき まし た か ? 」
「 いいえ 、 泣くなく と いう より 、 … … だめ ね 、 人間にんげん も 、 ああ なっ て は 、 もう 駄目だめ ね 」
「 それ から 十じゅう 年ねん 、 と する と 、 もう 亡くなっなくなっ て いる かも 知れしれ ない ね 。 これ は 、 あなた へ の お礼おれい の つもり で 送っおくっ て よこし た の でしょ う 。 多少たしょう 、 誇張こちょう し て 書いかい て いる よう な ところ も ある けど 、 しかし 、 あなた も 、 相当そうとう ひどい 被害ひがい を こうむっ た よう です ね 。 もし 、 これ が 全部ぜんぶ 事実じじつ だっ たら 、 そうして 僕ぼく が この ひと の 友人ゆうじん だっ たら 、 やっぱり 脳のう 病院びょういん に 連れつれ て 行きいき たく なっ た かも 知れしれ ない 」
「 あの ひと の お父さんおとうさん が 悪いわるい の です よ 」
何気ななにげな さ そう に 、 そう 言っいっ た 。
「 私わたし たち の 知っしっ て いる 葉よう ちゃん は 、 とても 素直すなお で 、 よく 気き が きい て 、 あれ で お 酒さけ さえ 飲まのま なけれ ば 、 いいえ 、 飲んのん で も 、 … … 神様かみさま みたい な いい 子こ でし た 」
✦ Peek