隴 《 ろう 》 西にし の 李り 徴しるし は 博ひろし 學まなぶ | 才さい 穎 《 さ いえ い 》 、 天てん 寶 の 末すえ 年とし 、 若くしてわかくして 名な を 虎とら 榜 《 こ ぼう 》 に 連ねつらね 、 ついで 江南こうなん 尉じょう に 補せほせ られ た が 、 性せい 、 狷介けんかい 、 自らみずから 恃 む 所しょ 頗るすこぶる 厚くあつく 、 賤 吏 に 甘んずるあまんずる を 潔しいさぎよし と し なかつ た 。 いくばく も なく 官かん を 退いしりぞい た 後のち は 、 故山こざん 、 ※ 《 く わく 》 略りゃく に 歸 臥しふし 、 人ひと と 交 を 絶つたつ て 、 ひたすら 詩作しさく に 耽ふけ つ た 。 下しも 吏 と な つて 長くながく 膝ひざ を 俗ぞく 惡 な 大官たいかん の 前まえ に 屈するくっする より は 、 詩家しか として の 名な を 死後しご 百ひゃく 年ねん に 遺さのこさ う と し た の で ある 。 しかし 、 文名ぶんめい は 容易ようい に 揚らあがら ず 、 生活せいかつ は 日ひ を 逐うおう て 苦しくくるしく なる 。 李り 徴しるし は 漸くようやく 焦躁しょうそう に 驅 られ て 來 た 。 この 頃ころ から 其のその 容貌ようぼう も 峭 刻こく と なり 、 肉にく 落ちおち 骨ぼね 秀でひいで 、 眼光がんこう のみ 徒と ら に 烱 々 として 、 曾 て 進士しんし に 登とう 第だい し た 頃ころ の 豐 頬ほお の 美少年びしょうねん の 俤おもかげ は 、 何なに 處 に 求めもとめ やう も ない 。 數 年ねん の 後のち 、 貧窮ひんきゅう に 堪へたへ ず 、 妻子さいし の 衣食いしょく の ため に 遂についに 節ふし を 屈しくっし て 、 再びふたたび 東ひがし へ 赴きおもむき 、 一いち 地方ちほう 官吏かんり の 職しょく を 奉ずるほうずる こと に なつ た 。 一方いっぽう 、 之これ は 、 己おのれ 《 を のれ 》 の 詩し 業ぎょう に 半ばなかば 絶望ぜつぼう し た ため で も ある 。 曾 て の 同輩どうはい は 既にすでに 遙 か 高位こうい に 進みすすみ 、 彼かれ が 昔むかし 、 鈍物どんぶつ として 齒 牙きば に も かけ なかつ た 其のその 連中れんちゅう の 下命かめい を 拜 さ ね ば なら ぬ こと が 、 往年おうねん の 秀才しゅうさい 李り 徴しるし の 自尊心じそんしん を 如何いかが に 傷つけきずつけ た か は 、 想像そうぞう に 難くかたく ない 。 彼かれ は 怏々おうおう として 樂 しま ず 、 狂きょう | 悖もと 《 はい 》 の 性せい は 愈いよいよ ※ 抑そもそも へ 難くかたく な つ た 。 一いち 年ねん の 後のち 、 公用こうよう で 旅たび に 出で 、 汝なんじ 水すい 《 ぢ よ す ゐ 》 の ほとり に 宿やど つた 時じ 、 遂についに 發 狂きょう し た 。 或ある 夜半やはん 、 急きゅう に 顏 色しょく を 變 へ て 寢 床ゆか から 起おこし 上るのぼる と 、 何なに か 譯 の 分らわから ぬ こと を 叫びさけび つつ 其のその 儘 下か に とび 下りおり て 、 闇やみ の 中なか へ 駈か 出しだし た 。 彼かれ は 二度とにどと 戻もど つて 來 なかつ た 。 附近ふきん の 山野さんや を 搜 索さく し て も 、 何なに の 手掛りてがかり も ない 。 その後そのご 李り 徴しるし が どう なつ た か を 知るしる 者もの は 、 誰だれ も なかつ た 。
翌年よくねん 、 監察かんさつ 御ご 史し 、 陳ちん 郡ぐん の 袁 ※ 《 えんさ ん 》 と いふ 者しゃ 、 勅命ちょくめい を 奉じほうじ て 嶺みね 南みなみ に 使し し 、 途と に 商しょう 於 《 し やう を 》 の 地ち に 宿やど つ た 。 次つぎ の 朝あさ 未だいまだ 暗いくらい 中なか に 出で 發 しよ う と し た 所ところ 、 驛 吏 が 言げん ふ こと に 、 これから 先さき の 道みち に 人ひと 喰 虎とら が 出るでる 故ゆえ 、 旅人たびびと は 白しろ 晝 で なけれ ば 、 通れとおれ ない 。 今いま は まだ 朝あさ が 早いはやい から 、 今いま 少しすこし 待たまた れ た が 宜しいよろしい で せ う と 。 袁 ※ は 、 しかし 、 供廻りともまわり の 多勢たぜい な の を 恃 み 、 驛 吏 の 言葉ことば を 斥けしりぞけ て 、 出で 發 し た 。 殘 月つき の 光ひかり を たより に 林はやし 中ちゅう の 草地くさち を 通つう つて 行くだり つた 時じ 、 果してはたして 一いち 匹ひき の 猛虎もうこ が 叢くさむら の 中なか から 躍り出おどりで た 。 虎とら は 、 あ はや 袁 ※ に 躍りかかるおどりかかる か と 見えみえ た が 、 忽ちたちまち 身み を 飜 し て 、 元もと の 叢くさむら に 隱 れ た 。 叢くさむら の 中なか から 人間にんげん の 聲 で 「 あぶない 所ところ だ つた 」 と 繰返しくりかえし 呟くつぶやく の が 聞えきこえ た 。 其のその 聲 に 袁 ※ は 聞ききき 憶えおぼえ が あつ た 。 驚おどろき 懼 の 中なか に も 、 彼かれ は 咄嗟とっさ に 思ひおもひ あ たつ て 、 叫んさけん だ 。 「 其のその 聲 は 、 我がわが 友とも 、 李り 徴ちょう 子こ で は ない か ? 」 袁 ※ は 李り 徴しるし と 同年どうねん に 進士しんし の 第だい に 登りのぼり 、 友人ゆうじん の 少しょう かつ た 李り 徴しるし に と つて は 、 最ももっとも 親しいしたしい 友とも で あつ た 。 温和おんわ な 袁 ※ の 性格せいかく が 、 峻たかし 峭 な 李り 徴しるし の 性情せいじょう と 衝突しょうとつ し なかつ た ため で あらう 。
叢くさむら の 中なか から は 、 暫くしばらく 返かえ 辭 が 無む かつ た 。 しのび 泣きなき か と 思はおもは れる 微かかすか な 聲 が 時々ときどき 洩れるもれる ばかり で ある 。 やや あつ て 、 低いひくい 聲 が 答こたえ へ た 。 「 如何にもいかにも 自分じぶん は 隴 西にし の 李り 徴しるし で ある 」 と 。
袁 ※ は 恐怖きょうふ を 忘れわすれ 、 馬うま から 下りおり て 叢くさむら に 近づきちかづき 、 懷 かしげ に 久ひさ 濶 を 叙じょ し た 。 そして 、 何故なぜ 叢くさむら から 出で て 來 ない の か と 問うとう た 。 李り 徴しるし の 聲 が 答こたえ へ て 言げん ふ 。 自分じぶん は 今やいまや 異類いるい の 身み と なつ て ゐる 。 どうして 、 お め / \ と 故人こじん の 前まえ に あさましい 姿すがた を さらせよ う か 。 且つかつ 又また 、 自分じぶん が 姿すがた を 現せあらわせ ば 、 必ずかならず 君きみ に 畏怖いふ 嫌いや 厭いや の 情じょう を 起さおこさ せる に 決けつ つて ゐる から だ 。 しかし 、 今いま 、 圖 ら ず も 故人こじん に 遇ぐう ふ こと を 得え て 、 愧 赧 《 きたん 》 の 念ねん を も 忘れるわすれる 程ほど に 懷 かしい 。 どう か 、 ほんの 暫くしばらく で いい から 、 我がわが 醜みにく 惡 な 今いま の 外形がいけい を 厭いや はず 、 曾 て 君きみ の 友とも 李り 徴しるし で あつ た 此 の 自分じぶん と 話はなし を 交しかわし て 呉れくれ ない だら う か 。
後ご 《 あと 》 で 考へれかんがへれ ば 不思議ふしぎ だ つ た が 、 其のその 時とき 、 袁 ※ は 、 この 超自然ちょうしぜん の 怪異かいい を 、 實みのる に 素直すなお に 受容じゅよう れ て 、 少しすこし も 怪かい まう と し なかつ た 。 彼かれ は 部下ぶか に 命じめいじ て 行列ぎょうれつ の 進行しんこう を 停めとめ 、 自分じぶん は 叢くさむら の 傍はた に 立つたつ て 、 見えみえ ざる 聲 と 對 談だん し た 。 都と の 噂うわさ 、 舊 友とも の 消息しょうそく 、 袁 ※ が 現在げんざい の 地位ちい 、 それに 對 する 李り 徴しるし の 祝しゅく 辭 。 青年せいねん 時代じだい に 親おや しか つた 者しゃ 同志どうし の 、 あの 隔てへだて の ない 語調ごちょう で 、 それ 等とう が 語らかたら れ た 後のち 、 袁 ※ は 、 李り 徴しるし が どうして 今いま の 身み と なる に 至いたり つ た か を 訊ねたずね た 。 草くさ 中ちゅう の 聲 は 次つぎ の やう に 語かたり つ た 。
今いま から 一いち 年ねん 程ほど 前まえ 、 自分じぶん が 旅たび に 出で て 汝なんじ 水すい の ほとり に 泊とまり つた 夜よる の こと 、 一睡いっすい し て から 、 ふと 眼め を 覺さとる ます と 、 戸外こがい で 誰だれ か が 我がわが 名な を 呼んよん で ゐる 。 聲 に 應 じ て 外そと へ 出で て 見るみる と 、 聲 は 闇やみ の 中なか から 頻りにしきりに 自分じぶん を 招くまねく 。 覺さとる え ず 、 自分じぶん は 聲 を 追うおう て 走り出しはしりだし た 。 無我夢中むがむちゅう で 駈けかけ て 行くいく 中なか に 、 何時しかいつしか 途と は 山林さんりん に 入りはいり 、 しかも 、 知らしら ぬ 間ま に 自分じぶん は 左右さゆう の 手て で 地ち を 攫 《 つか 》 んで 走はし つて ゐ た 。 何なに か 身み 體 中ちゅう に 力ちから が 充ちみち 滿みつる ち た やう な 感じかんじ で 、 輕 々 と 岩石がんせき を 跳 《 と 》 び 越えこえ て 行くだり つ た 。 氣 が 付くつく と 、 手先てさき や 肱ひじ の あたり に 毛け を 生じしょうじ て ゐる らしい 。 少しすこし 明るくあかるく な つて から 、 谷川たにがわ に 臨んのぞん で 姿すがた を 映しうつし て 見るみる と 、 既にすでに 虎とら と なつ て ゐ た 。 自分じぶん は 初めはじめ 眼め を 信じしんじ なかつ た 。 次につぎに 、 之これ は 夢ゆめ に 違 ひ ない と 考へかんがへ た 。 夢ゆめ の 中なか で 、 之これ は 夢ゆめ だ ぞ と 知ち つて ゐる やう な 夢ゆめ を 、 自分じぶん は それ 迄まで に 見み た こと が あつ た から 。 どうしても 夢ゆめ で ない と 悟らさとら ね ば なら なかつ た 時とき 、 自分じぶん は 茫然ぼうぜん と し た 。 さ うし て 、 懼 れ た 。 全くまったく 、 どんな 事こと で も 起りおこり 得るえる の だ と 思うおもう て 、 深くふかく 懼 れ た 。 しかし 、 何故なぜ こんな 事こと に なつ た の だら う 。 分らわから ぬ 。 全くまったく 何事なにごと も 我々われわれ に は 判らわから ぬ 。 理由りゆう も 分らわから ず に 押付けおしつけ られ た もの を 大人しくおとなしく 受取うけとり つて 、 理由りゆう も 分らわから ず に 生きいき て 行くいく の が 、 我々われわれ 生きものいきもの の さだめ だ 。 自分じぶん は 直ぐすぐ に 死し を 想うおもう た 。 しかし 、 其のその 時とき 、 眼め の 前まえ を 一いち 匹ひき の 兎うさぎ が 駈けかけ 過ぎるすぎる の を 見み た 途端とたん に 、 自分じぶん の 中なか の 人間にんげん は 忽ちたちまち 姿すがた を 消しけし た 。 再びふたたび 自分じぶん の 中なか の 人間にんげん が 目め を 覺さとる まし た 時とき 、 自分じぶん の 口くち は 兎うさぎ の 血ち に 塗ぬり 《 まみ 》 れ 、 あたり に は 兎の毛うのけ が 散らばちらば つて ゐ た 。 之これ が 虎とら として の 最初さいしょ の 經 驗 で あつ た 。 それ 以 來 今いま 迄まで に どんな 所行しょぎょう を し 續 け て 來 た か 、 それ は 到底とうてい 語るかたる に 忍びしのび ない 。 ただ 、 一いち 日にち の 中なか に 必ずかならず 數 時間じかん は 、 人間にんげん の 心こころ が 還かえ つて 來 る 。 さ う いふ 時じ に は 、 曾 て の 日ひ と 同じくおなじく 、 人語じんご も 操れれあやつれれ ば 、 複ふく 雜 な 思考しこう に も 堪へたへ 得るえる し 、 經 書しょ の 章句しょうく を も 誦 ずる こと も 出で 來 る 。 その 人間にんげん の 心こころ で 、 虎とら として の 己おのれ の 殘 虐 な 行くだり の あと を 見み 、 己おのれ の 運命うんめい を ふり か へる 時とき が 、 最ももっとも 情なくなさけなく 、 恐おそれ しく 、 憤いきどお 《 いき ど ほ 》 ろ し い 。 しかし 、 その 、 人間にんげん に か へる 數 時間じかん も 、 日ひ を 經 る に 從 つて 次第にしだいに 短くみじかく な つ て 行くいく 。 今いま 迄まで は 、 どうして 虎とら など に なつ た か と 怪しんあやしん で ゐ た のに 、 此の間このかん ひ よい と 氣 が 付いつい て 見み たら 、 己おのれ 《 おれ 》 は どうして 以前いぜん 、 人間にんげん だ つたの か と 考へかんがへ て ゐ た 。 之これ は 恐しこわし い こと だ 。 今いま 少しすこし 經 《 た 》 て ば 、 己おのれ 《 おれ 》 の 中なか の 人間にんげん の 心こころ は 、 獸 として の 習慣しゅうかん の 中なか に す つかり 埋うま 《 うも 》 れ て 消えきえ て 了りょう ふ だら う 。 恰 度ど 、 古いふるい 宮殿きゅうでん の 礎いしずえ が 次第にしだいに 土砂どしゃ に 埋うま 沒 する やう に 。 さ う すれ ば 、 し まひ に 己おのれ は 自分じぶん の 過去かこ を 忘れわすれ 果てはて 、 一いち 匹ひき の 虎とら として 狂きょう ひ 廻りまわり 、 今日きょう の 樣 に 途と で 君きみ と 出で 會 つて も 故人こじん 《 とも 》 と 認めるみとめる こと なく 、 君きみ を 裂きさき 喰 《 くら 》 う て 何なに の 悔 も 感じかんじ ない だら う 。 一いち 體 、 獸 で も 人間にんげん で も 、 もと は 何なに か 他た の もの だ つ た ん だら う 。 初めはじめ は それ を 憶えおぼえ て ゐ た が 、 次第にしだいに 忘れわすれ て 了りょう ひ 、 初めはじめ から 今いま の 形かたち の もの だ つた と 思ひおもひ 込んこん で ゐる の で は ない か ? いや 、 そんな 事こと は どう でも いい 。 己おのれ の 中なか の 人間にんげん の 心こころ が す つかり 消えきえ て 了りょう へ ば 、 恐らくおそらく 、 その 方ほう が 、 己おのれ は し あ は せ に なれる だら う 。 だ のに 、 己おのれ の 中なか の 人間にんげん は 、 その 事こと を 、 此 の 上うえ なく 恐しこわし く 感じかんじ て ゐる の だ 。 ああ 、 全くまったく 、 どんなに 、 恐おそれ しく 、 哀しくかなしく 、 切なくせつなく 思 つて ゐる だら う ! 己おのれ が 人間にんげん だ つた 記憶きおく の なくなる こと を 。 この 氣 持じ は 誰だれ に も 分らわから ない 。 誰だれ に も 分らわから ない 。 己おのれ と 同じおなじ 身の上みのうえ に 成なる つた 者しゃ で なけれ ば 。 所ところ で 、 さ う だ 。 己おのれ が す つかり 人間にんげん で なく な つて 了りょう ふ 前まえ に 、 一つひとつ 頼んたのん で 置きおき 度ど い こと が ある 。
袁 ※ はじめ 一いち 行こう は 、 息いき を のん で 、 叢くさむら 中ちゅう の 聲 の 語るかたる 不思議ふしぎ に 聞 入にゅう つて ゐ た 。 聲 は 續 け て 言げん ふ 。
他た で も ない 。 自分じぶん は 元もと 來 詩人しじん として 名な を 成すなす 積りつもり で ゐ た 。 しかも 、 業ぎょう 未だいまだ 成らなら ざる に 、 この 運命うんめい に 立至たちいた つ た 。 曾 て 作るつくる 所ところ の 詩し 數 百ひゃく 篇へん 、 固かた より 、 まだ 世よ に 行くだり はれ て を ら ぬ 。 遺稿いこう の 所在しょざい も 最早もはや 判らわから なく な つて ゐよ う 。 所ところ で 、 その 中なか 、 今いま も 尚なお 記き 誦せしょうせ る もの が 數 十じゅう ある 。 之これ を 我がわが 爲 に 傳つとう 録ろく し て 戴きいただき 度ど い の だ 。 何なに も 、 之これ に 仍 つて 一いち 人前にんまえ の 詩人しじん | 面めん 《 づら 》 を し たい の で は ない 。 作さく の 巧拙こうせつ は 知らしら ず 、 とにかく 、 産さん を 破りやぶり 心しん を 狂きょう はせ て 迄まで 自分じぶん が 生涯しょうがい それ に 執と 著しあらわし た 所ところ の もの を 、 一部いちぶ なり とも 後代こうだい に 傳つとう へ ない で は 、 死んしん で も 死にしに 切れきれ ない の だ 。
袁 ※ は 部下ぶか に 命じめいじ 、 筆ふで を 執と つて 叢くさむら 中ちゅう の 聲 に 隨 つて 書きとらかきとら せ た 。 李り 徴しるし の 聲 は 叢くさむら の 中なか から 朗々ろうろう と 響いひびい た 。 長短ちょうたん 凡そおよそ 三さん 十じゅう 篇へん 、 格調かくちょう 高雅こうが 、 意趣いしゅ 卓たく 逸いっ 、 一いち 讀 し て 作者さくしゃ の 才さい の 非凡ひぼん を 思はおもは せる もの ばかり で ある 。 しかし 、 袁 ※ は 感嘆かんたん し ながら も 漠然とばくぜんと 次つぎ の 樣 に 感じかんじ て ゐ た 。 成なる 程ほど 、 作者さくしゃ の 素質そしつ が 第だい 一流いちりゅう に 屬 する もの で ある こと は 疑うたぐ ひ ない 。 しかし 、 この 儘 で は 、 第だい 一流いちりゅう の 作品さくひん と なる の に は 、 何なに 處 か ( 非常ひじょう に 微妙びみょう な 點 に 於 て ) 缺 ける 所ところ が ある の で は ない か 、 と 。
舊 詩し を 吐きはき 終おわり つた 李り 徴しるし の 聲 は 、 突然とつぜん 調子ちょうし を 變 へ 、 自らみずから を 嘲るあざける が 如くごとく に 言げん つ た 。
羞 《 は づか 》 し い こと だ が 、 今いま でも 、 こんな あさましい 身み と 成りなり 果てはて た 今いま でも 、 己おのれ は 、 己おのれ の 詩集ししゅう が 長安ながやす 風流ふりゅう 人士じんし の 机つくえ の 上うえ に 置かおか れ て ゐる 樣 《 さま 》 を 、 夢ゆめ に 見るみる こと が ある の だ 。 岩窟がんくつ の 中なか に 横よこ た はつ て 見るみる 夢ゆめ に だ よ 。 嗤 《 わら 》 つて 呉れくれ 。 詩人しじん に 成りなり そこ な つて 虎とら に なつ た 哀れあわれ な 男おとこ を 。 ( 袁 ※ は 昔むかし の 青年せいねん 李り 徴しるし の 自嘲じちょう 癖へき を 思 出しだし ながら 、 哀しくかなしく 聞いきい て ゐ た 。 ) さ う だ 。 お 笑えみ ひ 草くさ ついで に 、 今いま の 懷 《 お も ひ 》 を 即席そくせき の 詩し に 述べのべ て 見よみよ う か 。 この 虎とら の 中なか に 、 まだ 、 曾 て の 李り 徴しるし が 生きいき て ゐる しるし に 。
袁 ※ は 又また 下しも 吏 に 命じめいじ て 之これ を 書きとらかきとら せ た 。 その 詩し に 言げん ふ 。
✦ Peek偶因ぐういん 狂疾きょうしつ 成なる 殊こと 類るい 災わざわい 患 相しょう 仍 不可ふか 逃
今日きょう 爪牙そうが 誰だれ 敢 敵てき 當 時じ 聲 跡あと 共ども 相しょう 高だか
我わが 爲 異物いぶつ 蓬よもぎ 茅かや 下か 君きみ 已 乘 ※ 氣 勢ぜい 豪ごう
此 夕ゆう 溪 山やま 對 明月めいげつ 不ふ 成なる 長嘯ちょうしょう 但ただし 成しげる ※
✦ Peek時にときに 、 殘 月つき 、 光ひかり 冷やかひややか に 、 白露しらつゆ は 地ち に 滋しげる く 、 樹き 間かん を 渡るわたる 冷風れいふう は 既にすでに 曉あかつき の 近きちかき を 告げつげ て ゐ た 。 人々ひとびと は 最早もはや 、 事こと の 奇異きい を 忘れわすれ 、 肅 然しか として 、 この 詩人しじん の 薄倖はっこう を 嘆 じ た 。 李り 徴しるし の 聲 は 再びふたたび 續 ける 。
何故なぜ こんな 運命うんめい に なつ た か 判らわから ぬ と 、 先刻せんこく は 言げん つ た が 、 しかし 、 考こう へ やう に 依れよれ ば 、 思ひおもひ 當 る こと が 全然ぜんぜん ない でも ない 。 人間にんげん で あつ た 時とき 、 己おのれ は 努めつとめ て 人ひと と の 交 を 避けさけ た 。 人々ひとびと は 己おのれ を 倨傲きょごう だ 、 尊大そんだい だ と い つ た 。 實みのる は 、 それ が 殆どほとんど 羞恥心しゅうちしん に 近いちかい もの で ある こと を 、 人々ひとびと は 知らしら なかつ た 。 勿論もちろん 、 曾 て の 郷さと 黨 の 秀才しゅうさい だ つた 自分じぶん に 、 自尊心じそんしん が 無む かつ た と は 云うん は ない 。 しかし 、 それ は 臆病おくびょう な 自尊心じそんしん と で も いふ べき もの で あつ た 。 己おのれ 《 を れ 》 は 詩し に よ つて 名めい を 成さなさ う と 思ひおもひ ながら 、 進んすすん で 師し に 就いつい たり 、 求めもとめ て 詩し 友とも と 交 つて 切磋琢磨せっさたくま に 努めつとめ たり する こと を し なかつ た 。 か と い つ て 、 又また 、 己おのれ は 俗物ぞくぶつ の 間ま に 伍するごする こと も 潔しいさぎよし と し なかつ た 。 共にともに 、 我がわが 臆病おくびょう な 自尊心じそんしん と 、 尊大そんだい な 羞恥心しゅうちしん と の 所ところ 爲 で ある 。 己おのれ 《 を のれ 》 の 珠たま に 非ひ ざる こと を 惧 れる が 故にゆえに 、 敢 て 刻苦こっく し て 磨かみがか う と も せ ず 、 又また 、 己おのれ 《 おのれ 》 の 珠たま なる べき を 半ばなかば 信ずるしんずる が 故にゆえに 、 碌々ろくろく として 瓦かわら に 伍するごする こと も 出で 來 なかつ た 。 己おのれ 《 おれ 》 は 次第にしだいに 世よ と 離れはなれ 、 人ひと と 遠ざかりとおざかり 、 憤いきどお 悶 と 慙 恚 《 ざんい 》 と によ つて 益えき ※ 己おのれ の 内うち なる 臆病おくびょう な 自尊心じそんしん を 飼 ひ ふとら せる 結果けっか に なつ た 。 人間にんげん は 誰だれ でも 猛もう 獸 使し で あり 、 その 猛もう 獸 に 當 る の が 、 各人かくじん の 性情せいじょう だ と いふ 。 己おのれ 《 おれ 》 の 場合ばあい 、 この 尊大そんだい な 羞恥心しゅうちしん が 猛もう 獸 だ つ た 。 虎とら だ つたの だ 。 之これ が 己おのれ を 損そん ひ 、 妻子さいし を 苦しめくるしめ 、 友人ゆうじん を 傷つけきずつけ 、 果てはて は 、 己おのれ の 外形がいけい を 斯くかく の 如くごとく 、 内心ないしん に ふさ は し い もの に 變 へ て 了りょう つたの だ 。 今いま 思へおもへ ば 、 全くまったく 、 己おのれ 《 おれ 》 は 、 己おのれ の 有ゆう 《 も 》 つて ゐ た 僅かわずか ばかり の 才能さいのう を 空費くうひ し て 了りょう つた 譯 だ 。 人生じんせい は 何事なにごと を も 爲 さ ぬ に は 餘 り に 長いながい が 、 何事なにごと か を 爲 す に は 餘 り に 短いみじかい など と 口先くちさき ばかり の 警句けいく を 弄ろう し ながら 、 事こと 實みのる は 、 才能さいのう の 不足ふそく を 暴露ばくろ する かも 知れしれ ない と の 卑怯ひきょう な 危惧きぐ と 、 刻苦こっく を 厭いや ふ 怠惰たいだ と が 己おのれ の 凡てすべて だ つたの だ 。 己おのれ より も 遙 か に 乏しいとぼしい 才能さいのう で あり ながら 、 それ を 專 一いち に 磨いみがい た が ため に 、 堂々たるどうどうたる 詩家しか と な つた 者しゃ が 幾らいくら でも ゐる の だ 。 虎とら と 成りなり 果てはて た 今いま 、 己おのれ は 漸くようやく それ に 氣 が 付いつい た 。 それ を 思ふおもふ と 、 己おのれ は 今いま も 胸むね を 灼かやか れる やう な 悔 を 感じるかんじる 、 己おのれ に は 最早もはや 人間にんげん として の 生活せいかつ は 出で 來 ない 。 たと へ 、 今いま 、 己おのれ が 頭あたま の 中なか で 、 どんな 優れすぐれ た 詩し を 作さく つた に し た 所ところ で 、 どう いふ 手段しゅだん で 發 表ひょう できよ う 。 まして 、 己おのれ 《 おれ 》 の 頭あたま は 日毎ひごと に 虎とら に 近づいちかづい て 行くいく 。 どう すれ ば いい の だ 。 己おのれ の 空費くうひ さ れ た 過去かこ は ? 己おのれ は 堪らたまら なく なる 。 さ う いふ 時じ 、 己おのれ は 、 向うむこう の 山やま の 頂いただき の 巖いわお に 上りのぼり 、 空谷くうこく に 向こう つて 吼えるほえる 。 この 胸むね を 灼くやく 悲しみかなしみ を 誰だれ か に 訴 へ たい の だ 。 己おのれ は 昨夕さくゆう も 、 彼かれ 處 で 月つき に 向こう つて 咆 え た 。 誰だれ か に 此 の 苦しみくるしみ が 分つわかつ て 貰もらい へ ない か と 。 しかし 、 獸 ども は 己おのれ の 聲 を 聞いきい て 、 唯ただ 、 懼 れ 、 ひれ伏すひれふす ばかり 。 山やま も 樹き も 月つき も 露あらわ も 、 一いち 匹ひき の 虎とら が 怒りいかり 狂きょう つて 、 哮たけ 《 たけ 》 つて ゐる と しか 考へかんがへ ない 。 天てん に 躍りおどり 地ち に 伏しふし て 嘆いなげい て も 、 誰だれ 一いち 人にん 己おのれ の 氣 持じ を 分つわかつ て 呉れるくれる 者もの は ない 。 恰 度ど 、 人間にんげん だ つた 頃ごろ 、 己おのれ の 傷つききずつき 易いやすい 内心ないしん を 誰だれ も 理解りかい し て 呉れくれ なかつ た やう に 。 己おのれ の 毛皮けがわ の 濡れぬれ た の は 、 夜露よつゆ の ため ばかり で は ない 。
漸くようやく 四よん 邊 《 あたり 》 の 暗くら さ が 薄らいうすらい で 來 た 。 木の間このま を 傳つとう つて 、 何なに 處 から か 、 曉あかつき 角かく が 哀しかなし げ に 響きひびき 始めはじめ た 。
最早もはや 、 別れわかれ を 告げつげ ね ば なら ぬ 。 醉 は ね ば なら ぬ 時とき が 、 ( 虎とら に 還らかえら ね ば なら ぬ 時とき が ) 近づいちかづい た から 、 と 、 李り 徴しるし の 聲 が 言げん つ た 。 だが 、 お 別れわかれ する 前まえ に もう 一つひとつ 頼みたのみ が ある 。 それ は 我がわが 妻子さいし の こと だ 。 彼等かれら は 未だいまだ ※ 《 く わく 》 略りゃく に ゐる 。 固かた より 、 己おのれ の 運命うんめい に 就いつい て は 知るしる 筈はず が ない 。 君きみ が 南みなみ から 歸 つ たら 、 己おのれ は 既にすでに 死んしん だ と 彼等かれら に 告げつげ て 貰もらい へ ない だら う か 。 決してけっして 今日きょう の こと だけ は 明かさあかさ ない で 欲しいほしい 。 厚かましいあつかましい お 願ねがい だ が 、 彼等かれら の 孤こ 弱じゃく を 憐れんあわれん で 、 今後こんご とも 道みち 塗ぬり 《 だ う と 》 に 飢 凍こお 《 きとう 》 する こと の ない やう に は から つて 戴けるいただける なら ば 、 自分じぶん に とつ て 、 恩おん | 倖 《 かう 》 、 之これ に 過ぎすぎ たる は 莫 《 な 》 い 。
言げん 終おわり つて 、 叢くさむら 中ちゅう から 慟哭どうこく の 聲 が 聞えきこえ た 。 袁 も 亦また 涙なみだ を 泛 べ 、 欣 んで 李り 徴しるし の 意い に 副ふく ひ 度ど い 旨むね を 答こたえ へ た 。 李り 徴しるし の 聲 は 併 し 忽ちたちまち 又また 先刻せんこく の 自嘲じちょう 的てき な 調子ちょうし に 戻もど つ て 、 言げん つ た 。
本ほん 當 は 、 先せん づ 、 この 事こと の 方ほう を 先さき に お 願ねがい ひす べき だ つたの だ 、 己おのれ が 人間にんげん だ つた なら 。 飢 ゑ 凍えよこごえよ う と する 妻子さいし の こと より も 、 己おのれ 《 おのれ 》 の 乏しいとぼしい 詩し 業ぎょう の 方ほう を 氣 にかけて ゐる 樣 な 男おとこ だ から 、 こんな 獸 に 身み を 墮 《 おと 》 す の だ 。
さ うし て 、 附加ふか へ て 言げん ふ こと に 、 袁 ※ が 嶺みね 南みなみ から の 歸 途と に は 決してけっして 此 の 途と 《 みち 》 を 通らとおら ない で 欲しいほしい 、 其のその 時とき に は 自分じぶん が 醉 つて ゐ て 故人こじん を 認めみとめ ず に 襲かさね ひ かかる かも 知れしれ ない から 。 又また 、 今いま 別れわかれ て から 、 前方ぜんぽう 百ひゃく 歩ほ の 所ところ に ある 、 あの 丘おか に 上うえ つ たら 、 此 方かた を 振りふり か へ つて 見み て 貰もらい ひ 度ど い 。 自分じぶん は 今いま の 姿すがた を もう一度もういちど お 目め に 掛けよかけよ う 。 勇いさむ に 誇らほこら う と し て で は ない 。 我がわが 醜みにく 惡 な 姿すがた を 示ししめし て 、 以 て 、 再びふたたび 此 處 を 過ぎすぎ て 自分じぶん に 會 は う と の 氣 持じ を 君きみ に 起さおこさ せ ない 爲 で ある と 。
袁 ※ は 叢くさむら に 向こう つて 、 懇ろねんごろ に 別れわかれ の 言葉ことば を 述べのべ 、 馬うま に 上うえ つた 。 叢くさむら の 中なか から は 、 又また 、 堪へたへ 得え ざる が 如きごとき 悲 泣 の 聲 が 洩れもれ た 。 袁 ※ も 幾度いくど か 叢くさむら を 振ふ 返りかえり ながら 、 涙なみだ の 中なか に 出で 發 し た 。
一行いっこう が 丘おか の 上うえ に つい た 時とき 、 彼等かれら は 、 言げん はれ た 通りとおり に 振ふ 返かえ つ て 、 先程さきほど の 林間りんかん の 草地くさち を 眺めながめ た 。 忽ちたちまち 、 一いち 匹ひき の 虎とら が 草くさ の 茂みしげみ から 道みち の 上うえ に 躍り出おどりで た の を 彼等かれら は 見み た 。 虎とら は 、 既にすでに 白くしろく 光ひかり を 失しつ つた 月つき を 仰いあおい で 、 二に 聲 三さん 聲 咆哮ほうこう し た か と 思ふおもふ と 、 又また 、 元もと の 叢くさむら に 躍りおどり 入にゅう つて 、 再びふたたび 其のその 姿すがた を 見み なかつ た 。
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